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第十一部・スペイン 編

既視感

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(おいしそ……)

 時差もあるので今が何時なのかも忘れ、香澄はチョコレートをチラチラ気にする。

「た……」

 佑にチョコレートを食べていいか尋ねようとした時、フッと既視感を覚えた。

(あれ? 私……。このホテルに来た事がある?)

 そう思ってから、「そんなはずはない」と内心で首を横に振る。

(じゃあ、何でこう感じたんだろう? スペインに来たのは初めて。ヨーロッパに来たのは、ドイツへ行って以来。……エミリアさんとイギリスに行った時の事は覚えていなくて……)

 既視感の理由は分からないが、お城のようなホテルにいると堪らなく不安になってくる。

「香澄?」

 佑は固まっていた香澄を不審に思い、声を掛けてくる。

 何とも言えず、香澄は彼に抱きついた。

「……ちょっと、ギュッてして」

「ん……」

 佑は何も言わず抱き締めてくれ、その体の温もりが香澄を落ち着かせていく。

「どうした?」

 落ち着いた頃、佑が穏やかな声で尋ねてくる。

「ううん、何でも……」

「言って。ほんの些細な事でもいいから、すべて教えて」

 言われて、ニセコで「何でも話し合っていこう」と言ったのを思いだした。

「大した事はないんだけど、こういう……お城みたいな内装のホテルにいると、『来た事あったっけ?』っていう気持ちになって、それで何でかちょっと不安……、怖さみたいなものも感じて……。……変だよね」

 笑って誤魔化そうとしたが、佑は目を見開いて香澄を凝視していた。

「……佑さん?」

「……いや」

 そういったあと、佑はしばし何かを考える。

「ホテルを変えるか?」

「えっ!? 何でそうなるの!? こんな立派なホテルにチェックインしたんだから、勿体ない事しないで」

 香澄は弾かれたように顔を上げ、佑の服を掴む。

「だが……」

「本当に気にしないで。お友達のホテルだし、お知り合いの方が納得するグレード、地理的な利便性、警備、あらゆる面で選んで利用しているホテルだって言う事は、秘書だから分かっています。だから、私一人のために『変える』なんて言わないで」

 そう訴えたからか、佑は息をつく。

「……バルセロナでの仕事を終えたら場所を変える。それまで我慢してくれるか?」

「勿論!」

 微笑んだあと、香澄は話題を変える。

「ねぇ、チョコ食べていい?」

「どうぞ。ここのウェルカムチョコレートは、スペイン王室御用達の『カカオ・タンパカ』だよ」

「美味しそう。いただきます」

 香澄はソファに座り、チョコレートに手を伸ばす。

 まだまだ香澄の頭の中はセレブに染まっておらず、世界的に有名なショコラトリーの名前を出されても、いまいち分かっていない。

 ピラミッドのような形をしたチョコレートを口の中に入れると、品のいい甘さに「んん!」と目を見開いた。

「んふぅ~……」

 軽く噛み、舌の上で溶かしていく時間が幸せだ。
 佑はその顔を満足げに見ている。

「おいひい……」

 食べ終わって幸せの声を出すと、クスクス笑った佑がいつものように尋ねてくる。

「美味いか?」

「うまい」

 んふ、と笑ってピースすると、佑も笑ってピースしてくれた。

 佑も香澄の隣に腰を下ろし、ソファの背もたれに腕を預けてこちらを見てくる。

(……た、食べづらい……)

 舌の上でチョコレートを転がして味わっているが、右側から視線を感じて恥ずかしい。
 ぷい、と横を向こうとすると、後ろから抱き締められた。

「分けて」

 欲のこもった声がしたかと思うと、抱き寄せられてキスをされた。

「……ん」

 まだ口の中にチョコレートが残っているのに、佑は舌を差し入れて香澄の口内を舐め回してきた。
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