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第十一部・スペイン 編

バルセロナ・エル・プラット空港

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「…………ちん●痛ぇ」

「我慢しろ。赤松さんで抜いたって知られたら、殺されるぞ」

 最前部のシートで、そんな会話が交わされていたのを香澄は知らない。

 この場にいるほぼ全員が、もれなく勃起していると考えると笑えるのだが、いかんせんおかずにする相手が悪すぎて笑えない。

「社長いいなぁ。赤松さん可愛いよな。性格もいいし外見も申し分ないし、何よりいい匂いがする」

「死にたくなかったらそれ以上しゃべるな」

 薄闇の中で誰かの声がし、それまで泣き言を言っていた別の誰かはピタッと口を噤んだ。



 バルセロナまでは、まだ長い――。



**



 翌朝、佑と一緒にラウンジに向かったが、誰とも視線が合わない。

(あああああああああああああああ!! やっぱり聞かれてた!!)

 この場から逃げ出して、どこかに閉じこもり、二度と顔を出したくない気持ちになる。

 豪華な朝食も、真っ赤になって涙目で食べていたので、ほとんど味を覚えていない。
 佑は隣で、やけにスッキリした顔で旺盛な食欲を見せている。

(食欲戻って良かったなぁ)

 そう思いながら、香澄はどこか釈然としない気持ちでフォークとナイフを動かすのだった。





 バルセロナ・エル・プラット空港に着いたのは、現地時間の二十時前だ。

「さむっ」

 空調の効いた飛行機から外に出ると、もう十月も終わろうとしている気温に体が震える。

「だからマフラーいるか? って言っただろ」

 佑が自分のマフラーを外し、香澄の首にぐるぐると巻き付ける。

「手はこっち」

 片手を握られると、佑のコートのポケットの中に入れられる。
 彼の温もりを感じた香澄は、思わず顔を緩ませる。

 それを護衛たちが生ぬるく見ているとは知らず、二人は車に乗り込んだ。

 車は現地の物で、運転手は国際免許を持っている瀬尾なのでぬかりない。
 二台に分かれて乗り、佑と香澄が乗っている一台に小山内が乗り、残る護衛三人と河野は後続の車に乗った。

「スペイン、初めて来た」

「どこか見たい場所あるか? ガウディ関係とか。アルハンブラ宮殿やメスキータとか」

「うん。お仕事が終わってからね」

「……じゃあ、考えておいて」

「はい」

 佑がガッカリしたのは分かったが、出張でこちらに来たのを忘れてはいけない。

「いつも使っているホテルまでは、二十分ぐらいだ」

「うん」

 バルセロナは海沿いの街で、空港もすぐ横が海だ。
 空がとてつもなく広く思え、香澄は目に入る地上の風景より夜空をジッと見上げていた。

「スペインって何が美味しい?」

「ん? んー、そうだな。パエリアはやっぱり本場だから美味いと思う。でも香澄が作ってくれたパエリアが一番うま」

「そ、そういうのはいいから!」

 自分の作ったパエリアなど、真似事だと分かっている。
 それでも褒めてくれるのは嬉しく、香澄はニヤつきながら怒ってしまった。

「でもパエリア……。美味しそう。本場のはどういう具が入ってるのかな」

 機内で食事をしたのに、もう食べる事を考えている自分に呆れつつも、未知のグルメへの期待で微笑んでいた。

「起源とされるパエリアは、ウサギの肉を使っていると聞いたな」

「うさっ……」

 ギョッとして佑を見るが、彼は平然としている。

「海外に行くとそこの食文化がある。日本では食べない物を普通に食べるし、逆に日本で食べる物は別の国で忌避されている場合もある」

「そう言われたら……。そうだね」

 フランスのエスカルゴはいい例だろう。

 今でこそ店に行けば食べられるが、皆が好んでいて馴染んでいるとは言えない。
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