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第十部・ニセコ 編

第十部・終章 男同士の握手

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『で、君らは仲直りしたの? 戻ってくるまで丸一日かかったけど』

 ルカに言われ、香澄はぶわっと頬を赤くして俯く。

『お陰様で』

 いっぽうで佑は平然として答える。

 香澄は俯いたまま、チラッチラッと河野や護衛、運転手を伺った。
 だが彼らにとっては「いつもの事」なので、特に揶揄されないし呆れられてもいない。

 完全に「私たちは空気です」という表情をしている。

 それが逆に恥ずかしく、顔を上げられない。

『カスミはちゃんと言いたい事を伝えられたの?』

 だがルカに話しかけられ、彼を見て頷く。

『はい。何とか』

 ルカは二人の雰囲気を見て、温かく笑う。

『君たちは二人揃うといい雰囲気だね。カップルだってよく分かる。タスクはカスミがいて落ち着きを取り戻せて、カスミはタスクに落ち着かされてる。やっぱり二人はくっついてバランスを取り合ったほうがいいよ』

『俺もそう思う』

「わっ……」

 ぐいっと肩を抱き寄せられ、香澄は慌てて河野たちを見る。
 だが彼らは相変わらず「何も見ていません」という雰囲気だ。

『僕はマリアについていく感じなんだ。尻に敷かれてるのとは違うけどね。君らの場合は矢印向が引き合っていて、磁石のS極とN極みたいな印象だ。カップルには色んな形があるけど、君ら二人はくっついているのが理想だと思うね』

 照れた香澄は、チラッと佑を見る。

(おや、ご機嫌な顔をしてる。……分かりやすい……)

 香澄は佑が上機嫌になった事で、河野たちが胸を撫で下ろしているなど、知るよしもなかった。





 香澄がいない間、河野は白金台の家で、佑が死体のように床に転がっているのを見ていた。

 酷い時は夜に帰った姿のまま、翌朝もほとんど同じ場所で転がっている。

 そんな佑を叩き起こしてバスルームまで引っ張り、シャワーを浴びさせるのが、ここのところの役目になっていた。

 松井は「歳なので力がありません」と笑って、河野に丸投げした。

 河野は人柄も含め、佑を尊敬している。
 だが女一人でこんなに脆くなる姿を見て、香澄の存在は諸刃の剣だと思っていた。

 無気力なあの姿を思いだすと、香澄がいるだけで生き生きしている今の佑がありがたくて堪らない。

 大企業のトップを生かすのも殺すのも、香澄次第だ。

 それを河野が香澄に説教するのは、スペインに向かう飛行機の中での事だ。





 話が落ち着いた頃、すっかり友好的になった佑がルカに告げる。

『俺はこれから出張でバルセロナに向かう。十日ほど滞在してから、翌週には野暮用でパリに寄る。そのあとローマへマルコに会いに行くつもりだが、ルカはいつローマに戻る予定だ?』

 不思議な事に、彼らはもう昔からの友人のように話している。
 もしかしたら、香澄が気絶している間に何かがあったのかもしれない。

(これが男性同士の付き合いなのかな)

 勿論、自分と麻衣の友情だって自慢だ。
 それとは別に、男性同士のサラッとした友情を見ると、後腐れのなさに憧れを抱く。

 佑の言葉を聞き、ルカは明るく笑う。

『僕もその頃にはローマに戻ってるよ。十一月に入ったら日本を発つ予定だから、すぐ会えるね。それまでにノンノにここでの話をたっぷりしておくから』

 ルカの言葉に佑は苦い顔をする。

『君を殴ってしまった事については、お手柔らかに頼むよ。マルコは俺の恩人なんだ』

 弱った佑の反応に、彼は朗らかに笑った。

『勿論! ノンノに言いつけるような真似はしないよ。ノンノは〝タスク・ミツルギと運命の恋人にぜひ会いたい〟とも言ってた。喜んでフィオーレ家に招待するとも』

 茶目っ気たっぷりに言うルカも楽しそうだ。
 ひとしきり笑ったあと、佑が神妙な顔になった。

『改めて香澄を守ってくれてありがとう。そして殴ってしまってすまない。これから友人として、宜しく頼む』

 握手を求めた佑の手を見て、ルカは明るい笑みを浮かべる。
 彼はガシッと手を握って佑を引き寄せ、バンバンと背中を叩いた。

《好きな女の子と一か月も離れていて、気が狂いそうになったのは理解するよ。後悔しないように、もう手を離さないで前へ進むんだ》

 佑だけに聞こえるように励まし、ルカは微笑む。

《恩に着る》

 佑とルカが熱いやり取りをしているのを、香澄は微笑ましく見ていた。

「さて、明日には予定通り発つから、準備をしないとな」

 佑が河野たちに言い、スルメを噛み続けていた五人がビシッと背筋を伸ばす。

「ふぁいっ」

 締まりのない返事に香澄は噴きだし、佑も呆れた顔をする。

『僕の淹れたエスプレッソ飲む人ー! カプチーノでも可!』

 明るいルカの声に、全員が笑って手を挙げた。



 第十部・完
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