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第十部・ニセコ 編

失敗を経て人間は成長していくんです

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「……っ、す、……すみませんでしたっ!」

 香澄が息をついた時、真奈美も頭を下げる。

「ごめんなさい」

 彼女は決して香澄に目を合わせようとしなかったが、それでもこうやって謝罪するに至るまで、秋山に厳しく説教されたのだろう。

 香澄はしばらく頭を下げた二人を見てから、厳しい顔をして頷く秋山、そして叔父夫婦を見る。

 隣に立っている佑をチラッと見たあと、香澄はスッと息を吸った。

「お互い、今回の事は社会勉強だと思いましょう。私にも、もしかしたら悪い所があったかもしれません。でもお二人に悪意を持って接していたつもりはありません。私は私の人生を歩んでいるなか、どうしても東京で働き続けるのがつらくなって、リフレッシュ目的で親戚を頼らせてもらいました」

 秋風が頬を撫で、香澄は息を吐く。

「自分が恵まれた環境にいるのは自覚しているので、もしかしたらそれを見てイラッとしたかもしれません。でもね、世の中には色んな人がいます。セレブと呼ばれる人たちは、私たちと価値観すら違います。けど、その〝色んな人〟に会って視野を広げていくのが、自分の成長に繋がるんじゃないかなって思います。『自分とは合わない、なら排除しよう』だと人は成長しません。同じ場所で留まるだけです」

 香澄自身、双子に初めて会った時は、どうしたらいいか分からなくて困り果てた。
 アドラーや節子の金銭感覚には今でも困っている。

 エミリアに至っては〝嫉妬〟という誰もが持つ感情が理由で、とんでもない事件に発展してしまった。

 けれどそれらの出来事に巻き込まれ、「もうやだ。ついていけない」と諦めてしまえば、佑の手すら離して今頃一人で札幌に戻っていただろう。

「世の中は優しくありません。自分には合わない人や出来事、社会経験が沢山あります。でも皆同じです。皆つらい事に立ち向かっています。つらくない仕事なんてありません。恋愛だって、愛されてニコニコしていればいい訳じゃありません。不幸自慢はしたくないから言っていないだけですが、私こう見えて割と酷い目に遭っているんですよ」

 苦笑すると、和也は信じられないという目でこちらを見てくる。

「二人は私と出会った事で、ここにつらい思い出ができてしまいました。これを大きな失敗だと思い、どん底だと感じるなら、這い上がってもっといい自分になるために頑張ってください。失敗を経て人間は成長していくんですから。そして失敗しない人はいません」

 恨み言を言うでもなく、香澄は二人を励ます。
 そんな彼女を『甘い』と思っているのか、佑が隣で溜め息をついた。

「謝ってもらえましたから、これ以上何も言いません。色々された事については、厳しく見れば犯罪になると思います。婚約者が法的に解決したいと言っているなら、私は彼の言葉に従いたいと思います」

 和也と真奈美が、ガックリと項垂れる。

「ネガティブな感情を持つのは自由です。でもそれを実際行動に移してしまった時点で、犯罪となってしまいます。きっかけがどう、じゃないんです。行動したらアウトなんです」

 香澄は疲れたように言ったあと、深い溜め息をつく。

「もうお二人に会う事はありません。お互い、それぞれの人生を歩んでいきましょう」

 ペコリと頭を下げたあと、香澄は叔父夫婦と秋山に笑いかけた。

「お世話になりました」

「次に香澄ちゃんが来る時は、本当に安らげるところになるようにしておく」

 秋成が言い、香澄は悲しげに笑う。

「秋山さんも、ありがとうございました」

「俺はただ、けじめをつけさせたかっただけだ。悪い事をしたら謝る。基本的な事ができなければ、社会人なんてできない。赤松さんが気にする事は何もない」

 キッパリと言い切った秋山に、香澄は微妙な表情で笑いかける。

「こういう場を設けてくださり、婚約者である私からも秋山さんにお礼を申し上げます」

 佑が言い、秋山は首を左右に振る。

「また今度、改めてお会いしましょう。私たちはこれからスペインに向かいますので」

「スペイン!?」

 聞いていなかった香澄は、目を丸くして佑を見る。

「……あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてない!」

「出張だよ」

「あ、あー……」

 言われて、そんなスケジュールがあったような……? と首をひねる。
 なにせ佑の出張は毎週のようにあり、めまぐるしい予定変更の中でいつどこ行きが入ってもおかしくない。

「そういう事だから、同行よろしく」

 ポンと頭を撫でられ、香澄はクシャッと笑った。
 そんな二人を、和也と真奈美は呆然として見ている。

「早く荷物を纏めてしまおう」

「あ、うん」

 佑に促され、香澄は「では!」と叔父たちに頭を下げたあと、彼と一緒に母屋に向かった。





 荷物を纏めながら、香澄はポツンと呟く。

「……スペイン」

 闘牛とフラメンコのイメージがある、情熱の国だ。

「悪いけど、香澄のパスポートを持ってきた」

「う、うん。それはいいんだけど」

 札幌の実家から持ってきたリュックに、ギュッギュッと着替えや洗面道具を詰め込み、香澄は困った表情で言う。

「私、海外行くほどの用意はできてないよ。服も下着も何もかも……」

 それに佑と行動すれば、きっとドレスコードが必要なレストランにも入るだろう。
 手持ちの服で五つ星ホテルに入れる勇気はないし、入れてくれないだろう。

「着の身着のままでいいと思うけど。一回札幌に戻るし、必要な物があれば買い足せばいいし。それにあの別荘のクローゼットには、色んなジャンルの服を置いてもらっているから、コーディネートに困る事はないと思うよ」

「そう? ……じゃあ、一応現物を見てから……」

(さすが佑さんだなぁ……)

 彼と一緒にいると、服に困る事はないような気がする。

 荷物をすべて大きなリュックに詰めて背負おうとすると、佑が「持つよ」と言ってヒョイッと持ってくれた。
 香澄からすれば大きな荷物なのに、軽々と持たれると力の差を感じる。

 そしてジワッと「カッコイイ……」と赤面してしまう。

 階段を下りる時、真奈美に突き落とされた事を思いだし、何とも言えない表情になる。
 お世話になったリビングやキッチンを見回し、自分がここで過ごした数週間を振り替えった。

「お世話になりました!」

 スニーカーを履いて玄関を出る前、香澄は家の中に向かって頭を下げた。

「……運動部に見えないけど、香澄ってそういうところあるよな」

 少し感傷に浸っていたのに佑にそう言われ、香澄は「もぉ~」と笑み崩れた。



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