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第十部・ニセコ 編
沙汰
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「君は和也という従業員が好きだ。彼が香澄を気にしていたから、嫉妬して俺との間でも誤解が生まれればいいと思ったんじゃないか? それに君は〝浮気〟と言って俺を焚き付けた。まんまと乗ってしまった俺も俺だが、少し本人に話を聞けば嘘だと分かるのに、よく言えたな?」
佑は真奈美の横を通り過ぎ、足を止めて低い声で言う。
「俺を騙した事、香澄を傷付けた事、まさか子供の悪戯で済むと思っていないな? もう成人しているから、自分の罪は自分で償えるよな?」
〝罪〟と言われ、真奈美はバッと佑を振り向く。
その顔は蒼白になっていたが、佑は動じない。
むしろ〝敵〟を前にして、怒りがグツグツと煮えたぎっている。
「……そんな……。〝世界の御劔〟さんでしょ? 私みたいなか弱い女の子を脅すなんて……」
言い逃れしようとする真奈美を見て、佑は目を細めて一歩詰め寄る。
そして冷徹な目で彼女を見下ろし、決定的な言葉を口にした。
「俺にとって世の中の人間は、香澄かそれ以外かだ。例外はない」
佑の言葉を聞いたあと、真奈美は唇を震わせ、小さい体を逆立てるようにして激昂した。
「あの女のどこがいいの! みんな、みぃぃんな! あの女ばっかり! 私の方が若いもん! 私の方が可愛いもん! 『小動物みたいで可愛いね』ってみんな言ってくれるもん! なんで!? 和也さんも、秋山さんも、あの別荘のイタリア人も、御劔佑まで! なんであんな女がいいの!?」
その声を聞いて、キッチンから聡子が慌てて駆けつける。
彼女は異様な雰囲気を察し、すぐ秋成に連絡した。
まもなく、秋成と秋山、和也が集まる。
ロビーで言い合えば客に迷惑が掛かるので、スズランの部屋に移動した。
佑はソファに座り息をつく。
聡子がお茶を出してくれたので、今回は形だけ口を付ける。
もう一度溜め息をついてから、佑は秋成夫婦に頭を下げた。
「香澄を預かって頂き感謝しています。秋山さんも、ルカさんから香澄を守ってくれていたと聞きました。ありがとうございます」
三人はお礼を言われ、会釈する。
「ですが、香澄に〝何かあった〟時点で連絡してほしかったです。香澄が望まなかったのは察します。しかし彼女のご両親に連絡してくだされば、私はここで直接惑わされる前に情報を整理できたと思います」
夫婦は「すみません」と目を伏せる。
二人は香澄が不安がっていたのを知っていた。
秋山からも和也と真奈美の解雇を促されながらも、様子を見ている間にここまできてしまった。
「大事にしたくなかった気持ちは理解します。ペンションの仕事が忙しくて、内輪揉めに対処している時間がなかったのも察します。問題のあるスタッフだとしても、現時点では仕事に慣れた貴重な戦力です。すぐ解雇する訳にもいかなかったのでしょう」
そしてペンションの人を責めるだけでなく、別の視点からも見てみる。
「私は彼女がここでどう働いていたか知りません。ですが彼女は会社でもまじめに仕事に取り組んでいます。周囲と円滑にやれるよう、気配りできる大人の女性だと思っています。しかし万が一ですが、彼女がリフレッシュとしてここに訪れた事が、真剣に働いている方の気に障った可能性がある、とは想像します」
聡子は首を横に振る。
「私たちは最初から気分転換のためと思って受け入れました。最初からここで働くスタッフのように、本気でペンションの手伝いをしてもらうつもりはありませんでした。少なくとも、オーナーと私、秋山くんはそうです」
秋山という男性が口を開く。
「彼女は慣れないながらよくやってくれました。慣れないながら一生懸命手伝いをして、癖のある和也と真奈美を相手にしても、年上として波を立てないように気を遣っていたと思います。けどこの二人は違ったのかもしれませんね。〝東京からきた綺麗な女性〟に浮ついてしまった和也と、香澄さんに和也を盗られると思った真奈美は、香澄さんに一方的な感情を抱いたでしょう」
秋山はもうすでに、二人を見限っているようだった。
秋成と聡子は居心地悪そうに視線を伏せ、自分たちの監督不行き届きを恥じている。
秋成が視線を落とし言う。
「すみません。本来ならペンションの空き部屋に香澄ちゃんを泊まらせ、客としてもてなすべきでした。彼女が手伝ってくれると言うので、その厚意に甘えてスタッフと同じ扱いをしたばかりに……」
「……いえ。それは香澄が望んだ事ですし、今さらどうこういっても始まりません」
佑は落ち着いた声で言ったあと、顔面蒼白になって緊張している和也と真奈美を一瞥する。
そして学生容赦なく二人の非を責めた。
「椎野和也さんは、婚約者がいると知りながら香澄に迫り、車の中で押し倒したそうですね? 安野真奈美さんは、香澄を階段から突き落とした疑いがある。その上で私と香澄の不和を望み、彼女がルカさんと浮気をしたと悪質な嘘をついた」
「本当なのか!? 和也くん、真奈美ちゃん」
二人がした事の詳細を知らない秋成は、信じられないという顔で尋ねる。
兄から香澄を預かっていた手前、佑以外の男に押し倒されたなど聞かされ、青天の霹靂だっただろう。
何も言わない二人を見て、秋成は「なんて事だ」と大きな溜め息をつく。
「私は非常に怒っています。婚約者に触れられた屈辱と、怪我を負わされた責任は、本人に償ってもらおうと思っています」
淡々と言われ、真奈美は怯えて身を震わせる。
佑は真奈美の横を通り過ぎ、足を止めて低い声で言う。
「俺を騙した事、香澄を傷付けた事、まさか子供の悪戯で済むと思っていないな? もう成人しているから、自分の罪は自分で償えるよな?」
〝罪〟と言われ、真奈美はバッと佑を振り向く。
その顔は蒼白になっていたが、佑は動じない。
むしろ〝敵〟を前にして、怒りがグツグツと煮えたぎっている。
「……そんな……。〝世界の御劔〟さんでしょ? 私みたいなか弱い女の子を脅すなんて……」
言い逃れしようとする真奈美を見て、佑は目を細めて一歩詰め寄る。
そして冷徹な目で彼女を見下ろし、決定的な言葉を口にした。
「俺にとって世の中の人間は、香澄かそれ以外かだ。例外はない」
佑の言葉を聞いたあと、真奈美は唇を震わせ、小さい体を逆立てるようにして激昂した。
「あの女のどこがいいの! みんな、みぃぃんな! あの女ばっかり! 私の方が若いもん! 私の方が可愛いもん! 『小動物みたいで可愛いね』ってみんな言ってくれるもん! なんで!? 和也さんも、秋山さんも、あの別荘のイタリア人も、御劔佑まで! なんであんな女がいいの!?」
その声を聞いて、キッチンから聡子が慌てて駆けつける。
彼女は異様な雰囲気を察し、すぐ秋成に連絡した。
まもなく、秋成と秋山、和也が集まる。
ロビーで言い合えば客に迷惑が掛かるので、スズランの部屋に移動した。
佑はソファに座り息をつく。
聡子がお茶を出してくれたので、今回は形だけ口を付ける。
もう一度溜め息をついてから、佑は秋成夫婦に頭を下げた。
「香澄を預かって頂き感謝しています。秋山さんも、ルカさんから香澄を守ってくれていたと聞きました。ありがとうございます」
三人はお礼を言われ、会釈する。
「ですが、香澄に〝何かあった〟時点で連絡してほしかったです。香澄が望まなかったのは察します。しかし彼女のご両親に連絡してくだされば、私はここで直接惑わされる前に情報を整理できたと思います」
夫婦は「すみません」と目を伏せる。
二人は香澄が不安がっていたのを知っていた。
秋山からも和也と真奈美の解雇を促されながらも、様子を見ている間にここまできてしまった。
「大事にしたくなかった気持ちは理解します。ペンションの仕事が忙しくて、内輪揉めに対処している時間がなかったのも察します。問題のあるスタッフだとしても、現時点では仕事に慣れた貴重な戦力です。すぐ解雇する訳にもいかなかったのでしょう」
そしてペンションの人を責めるだけでなく、別の視点からも見てみる。
「私は彼女がここでどう働いていたか知りません。ですが彼女は会社でもまじめに仕事に取り組んでいます。周囲と円滑にやれるよう、気配りできる大人の女性だと思っています。しかし万が一ですが、彼女がリフレッシュとしてここに訪れた事が、真剣に働いている方の気に障った可能性がある、とは想像します」
聡子は首を横に振る。
「私たちは最初から気分転換のためと思って受け入れました。最初からここで働くスタッフのように、本気でペンションの手伝いをしてもらうつもりはありませんでした。少なくとも、オーナーと私、秋山くんはそうです」
秋山という男性が口を開く。
「彼女は慣れないながらよくやってくれました。慣れないながら一生懸命手伝いをして、癖のある和也と真奈美を相手にしても、年上として波を立てないように気を遣っていたと思います。けどこの二人は違ったのかもしれませんね。〝東京からきた綺麗な女性〟に浮ついてしまった和也と、香澄さんに和也を盗られると思った真奈美は、香澄さんに一方的な感情を抱いたでしょう」
秋山はもうすでに、二人を見限っているようだった。
秋成と聡子は居心地悪そうに視線を伏せ、自分たちの監督不行き届きを恥じている。
秋成が視線を落とし言う。
「すみません。本来ならペンションの空き部屋に香澄ちゃんを泊まらせ、客としてもてなすべきでした。彼女が手伝ってくれると言うので、その厚意に甘えてスタッフと同じ扱いをしたばかりに……」
「……いえ。それは香澄が望んだ事ですし、今さらどうこういっても始まりません」
佑は落ち着いた声で言ったあと、顔面蒼白になって緊張している和也と真奈美を一瞥する。
そして学生容赦なく二人の非を責めた。
「椎野和也さんは、婚約者がいると知りながら香澄に迫り、車の中で押し倒したそうですね? 安野真奈美さんは、香澄を階段から突き落とした疑いがある。その上で私と香澄の不和を望み、彼女がルカさんと浮気をしたと悪質な嘘をついた」
「本当なのか!? 和也くん、真奈美ちゃん」
二人がした事の詳細を知らない秋成は、信じられないという顔で尋ねる。
兄から香澄を預かっていた手前、佑以外の男に押し倒されたなど聞かされ、青天の霹靂だっただろう。
何も言わない二人を見て、秋成は「なんて事だ」と大きな溜め息をつく。
「私は非常に怒っています。婚約者に触れられた屈辱と、怪我を負わされた責任は、本人に償ってもらおうと思っています」
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