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第十部・ニセコ 編

カタをつけておいで

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(やらかした……)

 これ以上なく気まずくなり、それでも確認のために尋ねる。

『……つまり俺は、香澄の恩人であるあなたを殴ってしまったと?』

『の、ようだね?』

 ルカは肩をすくめて眉を上げる。

『――申し訳ない』

 ためらいなく、佑は謝罪した。
 部下の前であろうが、間違えて人を殴ったなら、きちんと謝らなければいけない。

(冷静さを失って判断力が鈍っていたとはいえ、やりすぎた)

 頭を下げ、佑はさらにズン……と落ち込む。

 そんな彼の肩を、ルカはポンと叩いた。

『いいよ! ちゃんと謝ってくれたし、君がカスミをとても深く愛していると分かって、安心したよ』

 太陽のような笑顔で軽く許されてしまい、拍子抜けになる。

『ただし』

 微笑んだまま、ルカは人差し指を立てて佑に真剣な目を向ける。

『きちんとカスミに加害した二人に、カタをつけておいで。僕はカスミのお陰で恋人とよりを戻せた。美味しいご飯を作ってもらったし、彼女には恩を感じているんだ』

『……美味しい、……ご飯?』

 聞いてない、と目を瞬かせる佑に、ルカは意地悪そうに笑ってみせた。

『カスミは料理が上手だね。パスタもリゾットも、本場には及ばないけど美味しい物を作れるし、日本食も中華もなんだってできる。ショウガヤキは美味しかったな』

(…………謝らなきゃ良かった……)

 自分だってここ一か月、香澄の料理が恋しくてならなかった。
 ほとんど食事が喉を通らなかったというのに、この男は香澄の手料理を腹一杯食べていたのだ。

 恨みがましい目でルカを見る佑を見て、彼は晴れやかな声で笑う。

『コーヒーを飲んだら、レッドパインへ行っておいで。悪い子供にはお仕置きが必要だ。僕もずっとモヤモヤしていたけど、断罪するなら部外者より、カスミの恋人が適任だ』

『分かった』

 立ち上がった佑に、ルカが声を掛ける。

『君の事はノンノお爺ちゃんから聞いてたよ。あの〝クラウザーの獅子〟の孫だってね? うちのノンノは君のノンノとライバルであり友人だよ』

 まさかあの凄惨な事件を聞かされたのか、と佑は一瞬焦る。

『どんな風に聞いた?』

『いや? ただロンドンで〝クラウザーの獅子〟の孫で、Chief Everyの社長であるタスク・ミツルギと友達になった、と』

『……そうか』

 安堵し、佑はまず話をつけなければ、と玄関に向かう。
 それを瀬尾が追った。

「社長、運転致します」
「いや、いい。俺の問題だ」

 彼の申し出を断り、佑はルカの別荘を出ると車に乗り込む。

 アクセルを踏んで向かったのは、秋成のペンション、レッドパインだ。



**



 和也は仕事をしながら、心ここにあらずだった。

 まさか香澄の婚約者が、本当に御劔佑だと思わなかった。

 和也はキャピキャピとした女子より、大人っぽく自分の世界を持っている女性が好みだ。
 高校、大学生時代は「格好いい」ともてはやされ、同学年や後輩の女子に告白されながらも、先輩や社会人と付き合っていた。

 大学のサークルでも人気があり、なにもかも順風満帆だと思っていた。
 留学経験は自信を生み、より大きな目標を得られた。

 だが就職活動が彼に大きな試練を与える。

『自分が収まるのはこんな会社じゃない』

 慢心があったからか、その気持ちを見抜かれたのか、本命だった企業の内定は勝ち取れなかった。
 最終的に収まった企業でも、上司や先輩と反りが合わず、結局早々に辞めてしまった。

『自分の価値は、あんな場所では決まらない』

 そう思って北海道に行き、富裕層の外国人に注目されているニセコで働くと決めた。

 そこでならチャンスが得られると思ったのだ。
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