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第十部・ニセコ 編

やらかし

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Aspetta un attimoちょっと待ってて!」

 インターフォンのスピーカーからイタリア語が聞こえ、「イタリア人か」と佑は溜め息をつく。

 ナンパ好きな国民性で有名だが、遊びで香澄に手を出し、孕ませたのなら絶対に許さない。

 冷え冷えとした目でドアを凝視していると、ドアが開き「Buongiornoおはよう!」と男――ルカが現れた。

《話がある》

 佑がイタリア語で話しかけると、ルカは目を丸くし、そのあと破顔した。

《日本できちんとイタリア語を話せる人に、初めて会ったな。まぁ、寒いし中に入って》

 ルカの左頬は痣になっていたが、彼は陽気な態度を崩さない。

 佑の心のマグマは冷えて固まり、表面上冷静になれている。
 だがその下には、変わらず煮えたぎる怒りがあった。

 スリッパを履いて二階のリビングに上がると、河野と瀬尾、小山内、呉代、久住、佐野がコーヒーカップを手にテレビを見ていて、佑の姿を見ると焦って立ち上がった。

「社長!」

(なんだ、この図は……)

 随分懐柔されたな、と情けなく思い、佑は大きな溜め息をつく。

《君の分もコーヒーを用意するね。僕は朝はエスプレッソがいいと思うんだけど》

 キッチンに向かうルカを見送った佑に、河野が近付いてきた。
 そして声を潜め、とんでもない事を言ってきた。

「あの男性、ルカさんと仰るのですが、ロンドンでお世話になったフィオーレ社のマルコ氏のお孫さんです」

「――――」

 佑は天井を見上げ、片手で顔を覆う。
 そのあと大きな溜め息をつき、河野たちに尋ねる。

「お前たちは何をやっていたんだ」

「社長に置いて行かれたので、BBQを楽しみワインを飲んで、上等なベッドで寝かせて頂きました。我々にも一宿一飯の恩があります。いつもなら全面的に社長の味方をしますが、今回は誤解もあるようなので、ルカさん側に立つ場合もあります」

 河野に言われ、佑は「誤解……?」と顔を曇らせる。

『まぁ、座ってよ。タスク、だっけ?』

 キッチンにいるルカは、今度は英語で言ってソファを示す。

『朝食はとった? クズミくんって料理が上手だね!』

『必要ない』

 久住を見ると、申し訳なさそうな顔をしている。
 全員、佑の前だから殊勝な顔をしているが、昨晩はBBQを楽しんだに違いない。

 佑は荒っぽい溜め息をついて、ドサッとソファに座り込む。
 間もなく、ルカが温かなブラックコーヒーを出した。

『ありがとう』

『どういたしまして』

 ルカはパチンとウィンクをし、それから小首を傾げて肩をすくめてみせる。

『言っておくけど、僕はカスミと特別な仲ではないからね? 彼女の悩みを聞いてカプチーノをご馳走した。それだけだ。僕にはマリアっていう大事な婚約者がいる。カスミは可愛いけど、手を出すなんてあり得ない』

 否定され、目を丸くした佑は護衛たちを見る。
 彼らはルカの言葉を肯定するように、小さく頷いた。

『君を歓迎しようと思ってBBQの準備をして、よろけたカスミを支えたのは認めるよ。彼女は君が来るって知って随分焦っていたし、慌ててたんだろう。でもそれとこれは別だ。タスクはどんな勘違いをして、僕を殴るほどの嫉妬をしたの?』

(やらかした……)

 佑は大きく溜め息をつく。

 そもそもは……、と記憶をたぐり、真奈美という名の従業員を思いだす。

『……レッドパインの従業員の少女が、香澄はいつもあなたと共に行動していたと言っていた。それに…………婦人科も行ったと』

Cavoloなんてこった!」

 ルカは天井を仰ぎ、それから溜め息をついて《あの女》とイタリア語で罵った。

『確かに婦人科に付き添ったけど、カスミがピルを処方してもらうのに、付き合っただけだよ』

「!」

 盲点を突かれ、佑は瞠目する。

『あと、カスミはレッドパインで悪意に晒されていた。オーナー夫妻はいい人だし、アキヤマもいい奴だ。でも少年はカスミに言い寄って車の中で押し倒していた。僕が助けなかったら、カスミは襲われていたんじゃないかな』

 佑の知らない情報が、次々と暴かれてゆく。

『それと若い女の子。彼女は少年が好きそうだ。カスミは〝階段から落ちた〟って言って顔に青あざを作っていたけど、自分で転んで顔をぶつけるなんて変な話だ。正面から転んだなら手で防げるはずだよ。……という事は、誰かに加害された可能性がある。カスミには言わなかったけど、彼女はエスコートで背中に触れられると、ビクッとして恐れていた。多分、突き落とされたんじゃないかって思ってるよ』

 そう聞いて、佑は自分がいない間、ルカが香澄を守ってくれていたのだと理解した。
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