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第十部・ニセコ 編
今日婚約者さんが来るようだよ
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今はかろうじてよそ行きの仮面を被り、ビジネススマイルを浮かべているだけだ。
しかし香澄が孕まされたかもしれないと聞かされ、微笑んだまま佑は怒りのあまりブルッと震える。
そんな佑の心情を知ってか知らずか、真奈美は白々しく続ける。
「今日だってオーナーに『婚約者さんが来る』って言われていたのに、準備するどころか、逃げるようにイタリア人の所に行ってしまったんです。『気持ちを整理したい』って言っていましたが、浮気していたのがバレるのが怖いからじゃないですか?」
座ったばかりなのに佑は立ち上がり、真奈美に温度の低い目を向ける。
そしてビジネススマイルも浮かべられなくなった彼は、静かに尋ねた。
「その人の別荘はどこか分かりますか?」
「はい」
真奈美は親切なスタッフという表情のまま、部屋にあるメモにサラサラと地図を描いた。
「ここから大きい道路まで下りて、右折して二本目を右折です。坂を上がった所にはその人の別荘しかないので、すぐ分かりますよ」
「――ありがとうございます」
能面のような表情になった佑は、メモを受け取るとスリッパを履いて足早に部屋を出て行く。
自分のために淹れてもらったコーヒーも、失念していた。
階段を駆け下りると外に出る。
寛いでいた護衛たちに「出るぞ」と短く言うと、彼らはすぐ車に乗った。
河野たちは困惑し、真奈美はスズランの部屋で笑い転げていた。
**
時間は遡り、同日朝。
母屋で朝の支度をしていた時、秋成がいきなりな事を言ってきた。
「香澄ちゃん、今日婚約者さんがこっちへ来るようだよ」
「えっ!?」
「昨晩、兄貴から連絡があったんだ。昨日札幌の家を訪れたようで、香澄ちゃんがこっちに来ていると教えてしまったから、今日には来るんじゃないかって」
(佑さんが……)
冷蔵庫から納豆のパックを出した香澄は、しばし固まってしまう。
和也と真奈美は聞こえていても反応はせず、それぞれの仕事をしている。
朝食はこちらで食べている秋山だけが、チラッと香澄の表情を窺った。
(どんな顔して会ったらいいんだろう……)
自分の中ではあと数日と考えていて、その間には気持ちを固めて自分から彼に連絡し、そして約束の一か月を迎えようと思っていた。
佑が自分と会える日を心待ちにしてくれているのは、想像できていた。
とても嬉しいし、香澄だってずっと会いたいと思っていた。
けれど覚悟を決めようと思っていたのに、タイミングがずれると慌ててしまう。
まるで「五、四、三……」とカウントダンされているのに、「三」で急にスタートされてしまった気分だ。
「分かりました。……あ、会えるよう心の準備をしておきます」
応えたあとは朝食の時間となったのだが、集中できず箸から白米や焼き魚の身を、ポロポロ落としてしまう。
「動揺しているんですか?」
真奈美にからかうように言われても、うまい返事が思いつかず曖昧に微笑むしかできない。
頭の中は佑で一杯になり、歯磨き後のうがいの水をゴクンと飲んでしまった。
(ああああ……)
自分のポンコツ具合に嫌気が差し、香澄はルカに助けを求める。
『ルカさん、今日婚約者が突然こちらに来るというんですが、どうしましょう!? 緊張してしまって、どうしたらいいか分からないんです!』
切羽詰まった様子を感じ取ったのか、彼はすぐに返事をくれた。
『OK、一緒に考えよう。すぐそっちに行くから待ってて』
ルカの〝すぐ〟は本当にすぐなので、香澄は慌ててスマホや財布をバッグに入れて外に出る。
まもなく赤いRV車が着き、香澄は慌てて『おはようございます!』と挨拶をして車に乗り込んだ。
「evvai!」
なぜかルカは大喜びしていて、香澄の頭をワシャワシャと撫でてくる。
しかし香澄が孕まされたかもしれないと聞かされ、微笑んだまま佑は怒りのあまりブルッと震える。
そんな佑の心情を知ってか知らずか、真奈美は白々しく続ける。
「今日だってオーナーに『婚約者さんが来る』って言われていたのに、準備するどころか、逃げるようにイタリア人の所に行ってしまったんです。『気持ちを整理したい』って言っていましたが、浮気していたのがバレるのが怖いからじゃないですか?」
座ったばかりなのに佑は立ち上がり、真奈美に温度の低い目を向ける。
そしてビジネススマイルも浮かべられなくなった彼は、静かに尋ねた。
「その人の別荘はどこか分かりますか?」
「はい」
真奈美は親切なスタッフという表情のまま、部屋にあるメモにサラサラと地図を描いた。
「ここから大きい道路まで下りて、右折して二本目を右折です。坂を上がった所にはその人の別荘しかないので、すぐ分かりますよ」
「――ありがとうございます」
能面のような表情になった佑は、メモを受け取るとスリッパを履いて足早に部屋を出て行く。
自分のために淹れてもらったコーヒーも、失念していた。
階段を駆け下りると外に出る。
寛いでいた護衛たちに「出るぞ」と短く言うと、彼らはすぐ車に乗った。
河野たちは困惑し、真奈美はスズランの部屋で笑い転げていた。
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時間は遡り、同日朝。
母屋で朝の支度をしていた時、秋成がいきなりな事を言ってきた。
「香澄ちゃん、今日婚約者さんがこっちへ来るようだよ」
「えっ!?」
「昨晩、兄貴から連絡があったんだ。昨日札幌の家を訪れたようで、香澄ちゃんがこっちに来ていると教えてしまったから、今日には来るんじゃないかって」
(佑さんが……)
冷蔵庫から納豆のパックを出した香澄は、しばし固まってしまう。
和也と真奈美は聞こえていても反応はせず、それぞれの仕事をしている。
朝食はこちらで食べている秋山だけが、チラッと香澄の表情を窺った。
(どんな顔して会ったらいいんだろう……)
自分の中ではあと数日と考えていて、その間には気持ちを固めて自分から彼に連絡し、そして約束の一か月を迎えようと思っていた。
佑が自分と会える日を心待ちにしてくれているのは、想像できていた。
とても嬉しいし、香澄だってずっと会いたいと思っていた。
けれど覚悟を決めようと思っていたのに、タイミングがずれると慌ててしまう。
まるで「五、四、三……」とカウントダンされているのに、「三」で急にスタートされてしまった気分だ。
「分かりました。……あ、会えるよう心の準備をしておきます」
応えたあとは朝食の時間となったのだが、集中できず箸から白米や焼き魚の身を、ポロポロ落としてしまう。
「動揺しているんですか?」
真奈美にからかうように言われても、うまい返事が思いつかず曖昧に微笑むしかできない。
頭の中は佑で一杯になり、歯磨き後のうがいの水をゴクンと飲んでしまった。
(ああああ……)
自分のポンコツ具合に嫌気が差し、香澄はルカに助けを求める。
『ルカさん、今日婚約者が突然こちらに来るというんですが、どうしましょう!? 緊張してしまって、どうしたらいいか分からないんです!』
切羽詰まった様子を感じ取ったのか、彼はすぐに返事をくれた。
『OK、一緒に考えよう。すぐそっちに行くから待ってて』
ルカの〝すぐ〟は本当にすぐなので、香澄は慌ててスマホや財布をバッグに入れて外に出る。
まもなく赤いRV車が着き、香澄は慌てて『おはようございます!』と挨拶をして車に乗り込んだ。
「evvai!」
なぜかルカは大喜びしていて、香澄の頭をワシャワシャと撫でてくる。
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