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第十部・ニセコ 編
香澄はいま札幌にいないんです
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「いえ、ありがたいばかりです。いつもあの子がご心配をお掛けして、すみません」
「そんな事はありません。俺はいつも香澄さんに救われています」
そこまで会話をし、崇にソファを勧められた。
「良ければお召し上がりください」
紙袋を差し出すと、崇はそれを受け取り笑う。
「ありがとうございます! 香澄もたくさんお菓子を持ってきてくれたんですよ」
香澄という名前に佑はピクッとし、落ち着きなく視線をさまよわせる。
その様子を見て、栄子が申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません、香澄はいま札幌にいないんです」
「え!?」
思わず素の声を上げる佑に、栄子はお茶を出して説明する。
「あの子、ジッとしているのが嫌なようで、ニセコに向かったんです。夫の弟がニセコでペンションを経営していまして、気分転換に住み込みでそこの手伝いをすると言っていました。もうそろそろ、戻って来るはずなんですけれどね」
説明してから、栄子は娘の事を「仕方ないんだから」と言うように、夫に「ねぇ」と笑って同意を求める。
「転んだという話は聞きましたが、それなりに元気にやっているみたいですよ」
「転んだ!?」
どこで、どうやって、どんな高さから、と一気に心配になり、佑は落ち着きなく視線を左右させる。
そんな彼を宥めるように、栄子は続きを話した。
「電話口ではケロッとして笑っていましたから、大した事はないですよ。ちょっとした打撲で、日常生活は何ら問題ないと」
「そう……ですか」
香澄が側にいれば状況を把握できる。
だが少しでも距離ができると、転んだだけでもこんなに動揺してしまう。
「そのペンションは、ニセコのどこにあるか教えて頂けませんか? 本当は丸一か月期間を空けると言われていたのですが、我慢できず……」
そう言うと、崇が立ち上がり、弟が経営しているペンションのショップカードを持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
佑はすぐ、「失礼します。場所を確認します」と言ってスマホのマップアプリで大体の場所を確認する。
(ニセコの別荘があったな。友人から話を持ちかけられて譲られた物件だが、所持しておいて良かった。管理人に連絡しておこう)
次にする事を確認し、佑はすぐ河野に出す命令や今後の行動を計画していく。
「他に、具合が悪いなど言っていませんでしたか?」
「いえ、『人に恵まれて楽しく過ごしている』と言っていましたよ。心配させてしまってすみません」
「いいえ。彼女がのびのびできているなら、それでいいんです」
微笑んだ佑は、カジュアルな格好の香澄がすっぴんのまま笑っている姿を想像する。
その姿はあまりにイメージ通りの〝道産子の香澄〟で、想像だけでも愛しくなって笑みが零れる。
その時、栄子が気遣った表情で尋ねてきた。
「香澄と喧嘩したんですか?」
佑は微笑み、言葉を探す。
あれほど彼女の両親に変な目で見られるのを恐れておきながら、いざ本人を目の前にすると、嘘をつく勇気がなくなる。
佑の中にある善人の部分が「正直でいなければ」と訴えていた。
結果、佑は素直な気持ちを吐露した。
「きっと、大事にしすぎたんだと思います。彼女は自立した成人女性なのに、俺は甘やかしすぎてしまいました。香澄さんになら何でも与えたいです。苦労もさせたくありません。何か障害があれば、彼女が存在を知る前に災いの目を摘み取ってしまいたいと思います。でもその考えは、自立したい香澄さんの誇りを傷付けていたのかもしれません」
二人は佑の言葉を聞き、頷く。
「香澄は幸せね。こんなに甘やかしてくれる素敵な人が、旦那さんになってくれるって言うんだもの」
栄子が夫を見ると、崇は頷いて言った。
「香澄は、御劔さんがお金持ちだからこそ、不安になるのではと思います。欲しい物は何でも手に入り、海外にもたやすく行ける。そんな生活に慣れてしまったら、『今まで自分が必死に働いてきたのは何だったんだろう?』と思うかもしれないです。価値観の差を思い知るたび、自信をなくすかもしれません」
「そうですね。俺も彼女が生きる世界を、むりやり変えてしまった自覚はあります」
どれだけ足掻いても、香澄を見つけて愛してしまった事実は変えられない。
これから香澄を手放そうとも思わない。
だから、彼女の人生をねじ曲げてしまった責任は、しっかり取るつもりだ。
「そんな事はありません。俺はいつも香澄さんに救われています」
そこまで会話をし、崇にソファを勧められた。
「良ければお召し上がりください」
紙袋を差し出すと、崇はそれを受け取り笑う。
「ありがとうございます! 香澄もたくさんお菓子を持ってきてくれたんですよ」
香澄という名前に佑はピクッとし、落ち着きなく視線をさまよわせる。
その様子を見て、栄子が申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません、香澄はいま札幌にいないんです」
「え!?」
思わず素の声を上げる佑に、栄子はお茶を出して説明する。
「あの子、ジッとしているのが嫌なようで、ニセコに向かったんです。夫の弟がニセコでペンションを経営していまして、気分転換に住み込みでそこの手伝いをすると言っていました。もうそろそろ、戻って来るはずなんですけれどね」
説明してから、栄子は娘の事を「仕方ないんだから」と言うように、夫に「ねぇ」と笑って同意を求める。
「転んだという話は聞きましたが、それなりに元気にやっているみたいですよ」
「転んだ!?」
どこで、どうやって、どんな高さから、と一気に心配になり、佑は落ち着きなく視線を左右させる。
そんな彼を宥めるように、栄子は続きを話した。
「電話口ではケロッとして笑っていましたから、大した事はないですよ。ちょっとした打撲で、日常生活は何ら問題ないと」
「そう……ですか」
香澄が側にいれば状況を把握できる。
だが少しでも距離ができると、転んだだけでもこんなに動揺してしまう。
「そのペンションは、ニセコのどこにあるか教えて頂けませんか? 本当は丸一か月期間を空けると言われていたのですが、我慢できず……」
そう言うと、崇が立ち上がり、弟が経営しているペンションのショップカードを持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
佑はすぐ、「失礼します。場所を確認します」と言ってスマホのマップアプリで大体の場所を確認する。
(ニセコの別荘があったな。友人から話を持ちかけられて譲られた物件だが、所持しておいて良かった。管理人に連絡しておこう)
次にする事を確認し、佑はすぐ河野に出す命令や今後の行動を計画していく。
「他に、具合が悪いなど言っていませんでしたか?」
「いえ、『人に恵まれて楽しく過ごしている』と言っていましたよ。心配させてしまってすみません」
「いいえ。彼女がのびのびできているなら、それでいいんです」
微笑んだ佑は、カジュアルな格好の香澄がすっぴんのまま笑っている姿を想像する。
その姿はあまりにイメージ通りの〝道産子の香澄〟で、想像だけでも愛しくなって笑みが零れる。
その時、栄子が気遣った表情で尋ねてきた。
「香澄と喧嘩したんですか?」
佑は微笑み、言葉を探す。
あれほど彼女の両親に変な目で見られるのを恐れておきながら、いざ本人を目の前にすると、嘘をつく勇気がなくなる。
佑の中にある善人の部分が「正直でいなければ」と訴えていた。
結果、佑は素直な気持ちを吐露した。
「きっと、大事にしすぎたんだと思います。彼女は自立した成人女性なのに、俺は甘やかしすぎてしまいました。香澄さんになら何でも与えたいです。苦労もさせたくありません。何か障害があれば、彼女が存在を知る前に災いの目を摘み取ってしまいたいと思います。でもその考えは、自立したい香澄さんの誇りを傷付けていたのかもしれません」
二人は佑の言葉を聞き、頷く。
「香澄は幸せね。こんなに甘やかしてくれる素敵な人が、旦那さんになってくれるって言うんだもの」
栄子が夫を見ると、崇は頷いて言った。
「香澄は、御劔さんがお金持ちだからこそ、不安になるのではと思います。欲しい物は何でも手に入り、海外にもたやすく行ける。そんな生活に慣れてしまったら、『今まで自分が必死に働いてきたのは何だったんだろう?』と思うかもしれないです。価値観の差を思い知るたび、自信をなくすかもしれません」
「そうですね。俺も彼女が生きる世界を、むりやり変えてしまった自覚はあります」
どれだけ足掻いても、香澄を見つけて愛してしまった事実は変えられない。
これから香澄を手放そうとも思わない。
だから、彼女の人生をねじ曲げてしまった責任は、しっかり取るつもりだ。
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