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第十部・ニセコ 編
彼女の両親に迎えられる
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イギリスでの一件があって以降、松井は海外出張の同行を河野に任せる方針にしたらしい。
オフィスで一緒に働いて河野の力量を測ったのち、イギリスの件で語学力に行動力、如何に機転を利かせ、ポンコツになった佑を支えられるのか確認した。
そして十分すぎる能力を持っていると認識したようだ。
今後松井は、佑の不在時に会社とのパイプ役を担う。
出張時の同行は、国内をメインにすると言っていた。
それも次第に河野がメインになっていくと思うと、松井の退職が近付いているのを実感し少し寂しくなる。
「約束の数日前に来てしまって、香澄に怒られると思うか?」
「赤松さんに顔を合わせるのが二十四日当日なら、問題ないと思います」
「……だよな」
河野に同意され、佑は安堵する。
しかしそれも、意外な形で破られる事になった。
**
札幌のホテルにチェックインしたあと、佑は河野に頼んで大角梅坂屋に入っているジョン・アルクールで、いつものコロンを購入してもらった。
香澄は航空会社の飛行機を使ったはずだし、自宅に置いてあるコロンの瓶はそのままだった。
まず彼女に会ったら、あの香りを身に纏ってもらい、抱きついて思う存分嗅ぎまわしたい。
〝香澄の匂い〟を嗅ぎたいし、叶恵が同じ香りをさせていた記憶を上書きさせたい意図もある。
(……我ながら変態だな)
河野にお使いを頼んでいるあいだ、佑は護衛を連れて香澄の実家まで車を走らせた。
その日は十月二十日の日曜日だ。
約束の日まであと四日となったが、数日早まるのは見逃してほしいと心の中で香澄に言い訳していた。
西区にある香澄の実家まで車を走らせ、見覚えのある家を少し離れた場所からジッと見る。
今日なら日曜日で、家に人がいてもおかしくない。
「あー……、どうしたもんか」
佑がうなると、呉代が提案する。
「行ってみたらどうですか? 『札幌出張で、たまたま通りがかった』とか、幾らでも言いようがありますよ」
「……確かに、ここまで来て大人しくホテルに引き返すのも芸がないな」
約一か月ぶりに香澄に会える気持ちが逸り、佑はフライングをしてもう止まれない状態にあった。
「……行ってくる」
佑は車から降り、小山内と呉代がついてくる。
久住と佐野はホテルで待機させていた。
風に吹かれてカサカサと落ち葉が道路を滑ってゆき、北海道の秋が最盛期なのを知らせる。
街路樹のナナカマドの実やプラタナスの葉も色づき、色とりどりの景色を見せていた。
(香澄もずっと、この紅葉を楽しんでいたんだろうか)
佑の脳内では、すでに香澄と紅葉デートするプランが浮かんでいる。
妄想を一度やめ、雪国ならではの玄関フードに入ると、赤松家の表札を見た。
それから、少し呼吸を整えて玄関チャイムを押した。
(いるかな。早いって言われるだろうか。笑って飛びついてくれないかな。『私も会いたかった』って言ってくれたらいいんだけど)
こみ上げる恋慕が佑を自然と笑顔にさせる。
ピンポーンとチャイムが鳴ったあと、佑は緊張してインターフォンのカメラをチラッと見る。
少ししてスピーカーから『あらっ』と栄子の声がした。
『み、御劔さん!? ちょ、ちょっと待ってください!』
間もなく玄関のドアがガチャッと開き、栄子が顔を見せた。
遅れて崇も現れ、呆然とした顔でこちらを見ている。
「まぁーっ、どうして……いや、香澄ですよね!? とりあえず上がってください。冷えますから」
佑はすっかり動揺した栄子の反応に思わず笑い、好意に甘えた。
「すみません、車があるんですが、家の前に寄せさせてもらってもいいですか?」
「ええ、勿論。何でしたら運転手さんも中へどうぞ」
栄子はスリッパを出し、「コーヒー淹れますね」と台所に駆け込んでいった。
佑は東京銘菓が幾つも入った紙袋を二つ置き、さりげなく香澄の気配を探る。
玄関先で話を聞いた呉代は、伝言のためにすでに戻っていた。
「お久しぶりです。急にすみません。礼を欠いた事を……」
崇に向かって頭を下げると、彼は訳知り顔で微笑む。
オフィスで一緒に働いて河野の力量を測ったのち、イギリスの件で語学力に行動力、如何に機転を利かせ、ポンコツになった佑を支えられるのか確認した。
そして十分すぎる能力を持っていると認識したようだ。
今後松井は、佑の不在時に会社とのパイプ役を担う。
出張時の同行は、国内をメインにすると言っていた。
それも次第に河野がメインになっていくと思うと、松井の退職が近付いているのを実感し少し寂しくなる。
「約束の数日前に来てしまって、香澄に怒られると思うか?」
「赤松さんに顔を合わせるのが二十四日当日なら、問題ないと思います」
「……だよな」
河野に同意され、佑は安堵する。
しかしそれも、意外な形で破られる事になった。
**
札幌のホテルにチェックインしたあと、佑は河野に頼んで大角梅坂屋に入っているジョン・アルクールで、いつものコロンを購入してもらった。
香澄は航空会社の飛行機を使ったはずだし、自宅に置いてあるコロンの瓶はそのままだった。
まず彼女に会ったら、あの香りを身に纏ってもらい、抱きついて思う存分嗅ぎまわしたい。
〝香澄の匂い〟を嗅ぎたいし、叶恵が同じ香りをさせていた記憶を上書きさせたい意図もある。
(……我ながら変態だな)
河野にお使いを頼んでいるあいだ、佑は護衛を連れて香澄の実家まで車を走らせた。
その日は十月二十日の日曜日だ。
約束の日まであと四日となったが、数日早まるのは見逃してほしいと心の中で香澄に言い訳していた。
西区にある香澄の実家まで車を走らせ、見覚えのある家を少し離れた場所からジッと見る。
今日なら日曜日で、家に人がいてもおかしくない。
「あー……、どうしたもんか」
佑がうなると、呉代が提案する。
「行ってみたらどうですか? 『札幌出張で、たまたま通りがかった』とか、幾らでも言いようがありますよ」
「……確かに、ここまで来て大人しくホテルに引き返すのも芸がないな」
約一か月ぶりに香澄に会える気持ちが逸り、佑はフライングをしてもう止まれない状態にあった。
「……行ってくる」
佑は車から降り、小山内と呉代がついてくる。
久住と佐野はホテルで待機させていた。
風に吹かれてカサカサと落ち葉が道路を滑ってゆき、北海道の秋が最盛期なのを知らせる。
街路樹のナナカマドの実やプラタナスの葉も色づき、色とりどりの景色を見せていた。
(香澄もずっと、この紅葉を楽しんでいたんだろうか)
佑の脳内では、すでに香澄と紅葉デートするプランが浮かんでいる。
妄想を一度やめ、雪国ならではの玄関フードに入ると、赤松家の表札を見た。
それから、少し呼吸を整えて玄関チャイムを押した。
(いるかな。早いって言われるだろうか。笑って飛びついてくれないかな。『私も会いたかった』って言ってくれたらいいんだけど)
こみ上げる恋慕が佑を自然と笑顔にさせる。
ピンポーンとチャイムが鳴ったあと、佑は緊張してインターフォンのカメラをチラッと見る。
少ししてスピーカーから『あらっ』と栄子の声がした。
『み、御劔さん!? ちょ、ちょっと待ってください!』
間もなく玄関のドアがガチャッと開き、栄子が顔を見せた。
遅れて崇も現れ、呆然とした顔でこちらを見ている。
「まぁーっ、どうして……いや、香澄ですよね!? とりあえず上がってください。冷えますから」
佑はすっかり動揺した栄子の反応に思わず笑い、好意に甘えた。
「すみません、車があるんですが、家の前に寄せさせてもらってもいいですか?」
「ええ、勿論。何でしたら運転手さんも中へどうぞ」
栄子はスリッパを出し、「コーヒー淹れますね」と台所に駆け込んでいった。
佑は東京銘菓が幾つも入った紙袋を二つ置き、さりげなく香澄の気配を探る。
玄関先で話を聞いた呉代は、伝言のためにすでに戻っていた。
「お久しぶりです。急にすみません。礼を欠いた事を……」
崇に向かって頭を下げると、彼は訳知り顔で微笑む。
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