592 / 1,549
第十部・ニセコ 編
彼女の両親に迎えられる
しおりを挟む
イギリスでの一件があって以降、松井は海外出張の同行を河野に任せる方針にしたらしい。
オフィスで一緒に働いて河野の力量を測ったのち、イギリスの件で語学力に行動力、如何に機転を利かせ、ポンコツになった佑を支えられるのか確認した。
そして十分すぎる能力を持っていると認識したようだ。
今後松井は、佑の不在時に会社とのパイプ役を担う。
出張時の同行は、国内をメインにすると言っていた。
それも次第に河野がメインになっていくと思うと、松井の退職が近付いているのを実感し少し寂しくなる。
「約束の数日前に来てしまって、香澄に怒られると思うか?」
「赤松さんに顔を合わせるのが二十四日当日なら、問題ないと思います」
「……だよな」
河野に同意され、佑は安堵する。
しかしそれも、意外な形で破られる事になった。
**
札幌のホテルにチェックインしたあと、佑は河野に頼んで大角梅坂屋に入っているジョン・アルクールで、いつものコロンを購入してもらった。
香澄は航空会社の飛行機を使ったはずだし、自宅に置いてあるコロンの瓶はそのままだった。
まず彼女に会ったら、あの香りを身に纏ってもらい、抱きついて思う存分嗅ぎまわしたい。
〝香澄の匂い〟を嗅ぎたいし、叶恵が同じ香りをさせていた記憶を上書きさせたい意図もある。
(……我ながら変態だな)
河野にお使いを頼んでいるあいだ、佑は護衛を連れて香澄の実家まで車を走らせた。
その日は十月二十日の日曜日だ。
約束の日まであと四日となったが、数日早まるのは見逃してほしいと心の中で香澄に言い訳していた。
西区にある香澄の実家まで車を走らせ、見覚えのある家を少し離れた場所からジッと見る。
今日なら日曜日で、家に人がいてもおかしくない。
「あー……、どうしたもんか」
佑がうなると、呉代が提案する。
「行ってみたらどうですか? 『札幌出張で、たまたま通りがかった』とか、幾らでも言いようがありますよ」
「……確かに、ここまで来て大人しくホテルに引き返すのも芸がないな」
約一か月ぶりに香澄に会える気持ちが逸り、佑はフライングをしてもう止まれない状態にあった。
「……行ってくる」
佑は車から降り、小山内と呉代がついてくる。
久住と佐野はホテルで待機させていた。
風に吹かれてカサカサと落ち葉が道路を滑ってゆき、北海道の秋が最盛期なのを知らせる。
街路樹のナナカマドの実やプラタナスの葉も色づき、色とりどりの景色を見せていた。
(香澄もずっと、この紅葉を楽しんでいたんだろうか)
佑の脳内では、すでに香澄と紅葉デートするプランが浮かんでいる。
妄想を一度やめ、雪国ならではの玄関フードに入ると、赤松家の表札を見た。
それから、少し呼吸を整えて玄関チャイムを押した。
(いるかな。早いって言われるだろうか。笑って飛びついてくれないかな。『私も会いたかった』って言ってくれたらいいんだけど)
こみ上げる恋慕が佑を自然と笑顔にさせる。
ピンポーンとチャイムが鳴ったあと、佑は緊張してインターフォンのカメラをチラッと見る。
少ししてスピーカーから『あらっ』と栄子の声がした。
『み、御劔さん!? ちょ、ちょっと待ってください!』
間もなく玄関のドアがガチャッと開き、栄子が顔を見せた。
遅れて崇も現れ、呆然とした顔でこちらを見ている。
「まぁーっ、どうして……いや、香澄ですよね!? とりあえず上がってください。冷えますから」
佑はすっかり動揺した栄子の反応に思わず笑い、好意に甘えた。
「すみません、車があるんですが、家の前に寄せさせてもらってもいいですか?」
「ええ、勿論。何でしたら運転手さんも中へどうぞ」
栄子はスリッパを出し、「コーヒー淹れますね」と台所に駆け込んでいった。
佑は東京銘菓が幾つも入った紙袋を二つ置き、さりげなく香澄の気配を探る。
玄関先で話を聞いた呉代は、伝言のためにすでに戻っていた。
「お久しぶりです。急にすみません。礼を欠いた事を……」
崇に向かって頭を下げると、彼は訳知り顔で微笑む。
オフィスで一緒に働いて河野の力量を測ったのち、イギリスの件で語学力に行動力、如何に機転を利かせ、ポンコツになった佑を支えられるのか確認した。
そして十分すぎる能力を持っていると認識したようだ。
今後松井は、佑の不在時に会社とのパイプ役を担う。
出張時の同行は、国内をメインにすると言っていた。
それも次第に河野がメインになっていくと思うと、松井の退職が近付いているのを実感し少し寂しくなる。
「約束の数日前に来てしまって、香澄に怒られると思うか?」
「赤松さんに顔を合わせるのが二十四日当日なら、問題ないと思います」
「……だよな」
河野に同意され、佑は安堵する。
しかしそれも、意外な形で破られる事になった。
**
札幌のホテルにチェックインしたあと、佑は河野に頼んで大角梅坂屋に入っているジョン・アルクールで、いつものコロンを購入してもらった。
香澄は航空会社の飛行機を使ったはずだし、自宅に置いてあるコロンの瓶はそのままだった。
まず彼女に会ったら、あの香りを身に纏ってもらい、抱きついて思う存分嗅ぎまわしたい。
〝香澄の匂い〟を嗅ぎたいし、叶恵が同じ香りをさせていた記憶を上書きさせたい意図もある。
(……我ながら変態だな)
河野にお使いを頼んでいるあいだ、佑は護衛を連れて香澄の実家まで車を走らせた。
その日は十月二十日の日曜日だ。
約束の日まであと四日となったが、数日早まるのは見逃してほしいと心の中で香澄に言い訳していた。
西区にある香澄の実家まで車を走らせ、見覚えのある家を少し離れた場所からジッと見る。
今日なら日曜日で、家に人がいてもおかしくない。
「あー……、どうしたもんか」
佑がうなると、呉代が提案する。
「行ってみたらどうですか? 『札幌出張で、たまたま通りがかった』とか、幾らでも言いようがありますよ」
「……確かに、ここまで来て大人しくホテルに引き返すのも芸がないな」
約一か月ぶりに香澄に会える気持ちが逸り、佑はフライングをしてもう止まれない状態にあった。
「……行ってくる」
佑は車から降り、小山内と呉代がついてくる。
久住と佐野はホテルで待機させていた。
風に吹かれてカサカサと落ち葉が道路を滑ってゆき、北海道の秋が最盛期なのを知らせる。
街路樹のナナカマドの実やプラタナスの葉も色づき、色とりどりの景色を見せていた。
(香澄もずっと、この紅葉を楽しんでいたんだろうか)
佑の脳内では、すでに香澄と紅葉デートするプランが浮かんでいる。
妄想を一度やめ、雪国ならではの玄関フードに入ると、赤松家の表札を見た。
それから、少し呼吸を整えて玄関チャイムを押した。
(いるかな。早いって言われるだろうか。笑って飛びついてくれないかな。『私も会いたかった』って言ってくれたらいいんだけど)
こみ上げる恋慕が佑を自然と笑顔にさせる。
ピンポーンとチャイムが鳴ったあと、佑は緊張してインターフォンのカメラをチラッと見る。
少ししてスピーカーから『あらっ』と栄子の声がした。
『み、御劔さん!? ちょ、ちょっと待ってください!』
間もなく玄関のドアがガチャッと開き、栄子が顔を見せた。
遅れて崇も現れ、呆然とした顔でこちらを見ている。
「まぁーっ、どうして……いや、香澄ですよね!? とりあえず上がってください。冷えますから」
佑はすっかり動揺した栄子の反応に思わず笑い、好意に甘えた。
「すみません、車があるんですが、家の前に寄せさせてもらってもいいですか?」
「ええ、勿論。何でしたら運転手さんも中へどうぞ」
栄子はスリッパを出し、「コーヒー淹れますね」と台所に駆け込んでいった。
佑は東京銘菓が幾つも入った紙袋を二つ置き、さりげなく香澄の気配を探る。
玄関先で話を聞いた呉代は、伝言のためにすでに戻っていた。
「お久しぶりです。急にすみません。礼を欠いた事を……」
崇に向かって頭を下げると、彼は訳知り顔で微笑む。
23
お気に入りに追加
2,546
あなたにおすすめの小説
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる