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第十部・ニセコ 編

ピルをもらいに病院へ

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(よし、じゃあ歩いて行こうか)

 ルカにはコネクターナウで、『今日は病院に行くので、そちらに行くのが遅くなります。時間になったらまた連絡します』と伝えておいた。

 ペンション前から坂道を下り、「天気もいいから、いい運動になりそうだな」と微笑む。

 だが坂を下りきって少し大きな道路に出た途端、見慣れた赤いRV車が目の前に停まった。

「あれ」

 目を瞬かせていると、助手席側の窓が開いて中からルカが顔を覗かせた。

『病院ってどうしたの? 先日の怪我がやっぱり痛む?』

 彼の真剣な表情を見て、心配して車を飛ばしてきてくれたのだと思うと、心が暖かくなった。

『いえ、違うんです。……その』

 言いよどんでいると、ルカがいつになく急かす。

『いいから言って。僕は病院まで運転するしかできないけど、力になるから!』

 こんなに心配してくれているルカを前に、いつまでも「何でもないです」と誤魔化すのは悪い。

『その……。婦人科まで、ピルの処方箋をもらいに……』

 申し訳なさと恥ずかしさで小声になったが、きちんと伝える。
 するとルカははた、と目を瞬かせたあとに安堵した笑顔になる。

『なんだ、そんな事か。一人で行く事ないだろう。病院まで送るよ』

 ルカが助手席のドアを開いてきたので、「甘えてもいいのかな?」と思い始める。

『……すみません。でもピルって聞いて、引かないんですね?』

 助手席に乗ってシートベルトを締めると、ルカがスマホで婦人科の場所を調べ始めた。

『だってピルなんて当たり前に飲むだろう? PMSが重たいと体調や精神に負担がかかるのは、男の僕だって分かっている。どんな理由であれ必要な薬に違いないよ』

 当たり前、とサラッと言うルカの物の見方が心強い。

 いまだにピルと聞くといやらしい意味で取る人がいるので、彼の対応はありがたかった。

 何でも海外をもてはやせばいいという訳ではないが、日本がピル後進国であるのは確かで、その辺りの認識も改善されたらいいなと思うのだった。





 午前中から昼にかけて、倶知安くっちゃん町にある病院に行って、無事にピルを処方してもらえた。

 薬を受け取ると、待ち時間にルカが予約を入れてくれたレストランに向かい、お洒落なランチをご馳走してもらった。

 リゾート地なだけあり、ヴィーガン対応メニューもある。
 メイン料理をチョイスしたのち、パンと紅茶が食べ飲み放題という素晴らしいランチコースだった。

 窓から紅葉が美しいニセコの景色を眺めつつ美味しいランチを頂き、つい「佑さんと来たかったな」と思ってしまった。



**



『カスミの青あざは見ていて痛々しいね』

 ルカの別荘で夕食を終えカプチーノを飲んでいると、いきなりそう言われた。

『えっ、やっぱり気になりますか? お目汚しにならないように、ガーゼで隠しているんですけど……』

 ガーゼを頬に貼って登場した初日、ルカは血相を変えて『どうしたんだ!』と騒ぎ立てた。
 階段から落ちたと言うと、イタリア語でブツブツと何か言い、『女の子なんだから、顔も体も大事に』としつこく言われた。

『カスミの恋人は、側にいない間にカスミが顔に痣を作って死ぬほど落ち込むと思うよ』

『……ですよね。きっと悲しそうな顔をすると思うから、謝らないと』

『あと一週間ぐらいになったけど、恋人とまた生活していく覚悟はできた?』

 尋ねたルカは、長い脚を伸ばしオットマンに足をのせている。
 すっかりこの豪邸に慣れた香澄は、ソファの上に横座りをしてチビチビと甘いカプチーノを飲んでいた。

『気持ちが纏まったかは置いておいて、やっぱり毎日の生活に彼がいないとしっくりきません』

 香澄の答えを聞いて、ルカは『僕もそうだよ』と微笑んだ。
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