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第十部・ニセコ 編
真奈美からの手紙
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しかし真奈美からの攻撃はまだあった。
母屋の部屋に戻ると、デスクに真奈美からの手紙があったのだ。
『香澄さんへ ここには気晴らしで来たみたいですが、安易な気持ちで私たちの生活が壊されるのは違うと思うんです。私と和也さんも、すっかりぎくしゃくしてしまいました。可能なら、早くここを出て行ってくれませんか? ルカさんと仲良くしているのも不潔だし、婚約者さんが可哀想です。本当はルカさんと関係を持っているんじゃないですか?』
ハナから疑われていて、溜め息しか出ない。
『世間では、職場でもプライベートでも、自分の魅力を確認するために男を引っかける可哀想な女の人がいると聞いていました。大学にもそういう女の子がいます。香澄さんも清純そうな顔をして、陰で大勢の人と関係を持っているんじゃないですか? 私は香澄さんと違って、胸も垂れていませんしあそこも使い込んでいません。何より若いです。香澄さんはアラサーじゃないですか。年齢的にも私のほうが和也さんと釣り合います。絶対に和也さんは渡しません』
勘違いしたまま真奈美は一方的に心の泥をぶちまけている。
手紙なので何も言い返せず、香澄は溜め息をつく。
「若いなぁ……」
(ここまで張り合わなくても、和也さんに何の感情も持ってないのに。ルカさんと一緒にいるのは、ペンションにいるより気が楽だから。私もルカさんも大切な恋人がいるのに、こうやって疑うのは失礼だ)
もう一度大きな溜め息をついたあと、手紙を封筒の中に戻す。
捨てると何か言われそうなので、引き出しにしまっておいた。
無意識にまた溜め息をつき、ベッドに座る。
(二十代前半ならまだまだ恋愛中心で生きているのかな。恋愛脳と呼ばれる人がいるのは知ってるし、もし真奈美ちゃんが盲目的になっていて、和也くんに関わるすべての女性を疑っているなら、言い訳のしようがない。恋愛感情がまったくないって言っても、きっと信じてもらえない)
どうしたら誤解が解けるか考えたが、どう考えても無理だ。
(時期がきてスッと消えたほうが、へたに分かり合おうとするよりいいんだろうな)
話し合いをすれば、分かり合えるとは限らない。
真奈美が考えを改めない限り、香澄の主張は聞き入れられないだろう。
そして〝ああいうふうに〟なった人は、よほどの事がない限り自分の考えを曲げない。
(お風呂入ろう)
何度目になるか分からない溜め息をつき、気持ちを切り替えようと思った。
同じ場所に留まっていると、グルグルと悩みやすい。
一番いいのは場所を変え、食べて寝て風呂に入る事だ。
一階に下りるとリビングに二人がいて、視線が痛い。
秋成もいるのでまだマシだが、暗い気持ちになってしまう。
真奈美の手紙の事などを秋成に報告する事も考えたが、香澄はあと少しでここを離れる身だ。
もともといた彼女と和也を引っかき回した――つもりはなくても、結果的にそうなってしまったのは事実だ。
居心地は悪いがあと少し我慢して、約束の日になったら「お世話になりました」と何事もなかったように立ち去るのが一番波風が立たないと思った。
二人のしている事はいじめに近い。
だが自分さえいなければ皆平和にやっていたのだと思うと、彼らの今までの関係や生活をぶち壊すのは気が引ける。
和也も真奈美も、ここで働きたいという意思があってペンションにいる。
結果的に解雇される事があれば、自分の性格の事だから、あとから「私のせいで……」と悩むに決まっている。
そうなるなら、多少我慢したほうがまだマシだ。
(けど、ルカさんと変な関係になってるって勘違いされてるのはやだな。私とルカさんだけじゃなく、佑さんにもマリアさんにも失礼だ)
バスルームに向かう途中でチラッと二人を伺うと、二人とも険のある表情でこちらを見ていた。
「あーあ……」
風呂に入り、お湯に浸かって溜め息をつく。
(環境を変えて自分を見つめ直すためにここに来たのに。……毎日、息が詰まるような思いをしてる。何のために来たんだろう)
どうしても気持ちが暗くなるなか、いい事を考えようと努める。
(ルカさんと出会えたのは収穫だったかも。佑さんに教えたら、いい友達になってくれそうだな)
香澄は二人が並んで笑い合っている様子を想像し、微笑んだ。
**
「香澄ちゃん、今日もルカさんのところ?」
十月十六日の午前中、香澄は聡子に声を掛けられて少し声を潜める。
「あ……。はい、そうなんですが、ちょっと病院に行こうと思って」
香澄は朝食を終えたあと、軽く手伝いをしてから病院に行こうと思っていた。
「え? 病院って……やっぱり顔痛かった?」
香澄の頬にはガーゼが貼られてあるが、その下はすっかり青あざになっている。
両親に電話をしたが「まったくドジなんだから。御劔さんに心配かけないように、ちゃんと治しなさい」と呆れられて終わりになった。
「いえ、そうじゃなくて。……ちょっと、婦人科に……」
答えてから、もっと声を小さくして「ピルを飲んでるんですが、あと少しでなくなりそうなんです」と付け足す。
「ああ、なるほどね。それは行かなきゃ駄目だわ。車は……和也くんに頼むのは控えたほうがいいわね。秋山くんかオーナーは……ちょっと忙しそうだけど、きっと時間を見て送ってくれると思う」
「あ、いえ。歩いて行こうと思っています」
「そんな、札幌の街中じゃないんだから、歩いてなんて……。そうだ! ルカさんにお願いしてみたら? 仲良くしているんでしょう?」
「う、うーん……」
確かにルカなら引き受けてくれそうだが、いかんせん行き先が婦人科である。
「ちょ、ちょっと考えておきます……」
小声で返事をしたあと、婦人科というワードで勘違いされては困るので、念のため周りを確認した。
すると今まで見えなかったが、真奈美が食堂のテーブルを拭いていたのが確認できた。
(聞こえてなかったよね)
少し心配になったが、キッチンでは水が流れていてファンも回っている。
だから大丈夫と思う事にした。
**
母屋の部屋に戻ると、デスクに真奈美からの手紙があったのだ。
『香澄さんへ ここには気晴らしで来たみたいですが、安易な気持ちで私たちの生活が壊されるのは違うと思うんです。私と和也さんも、すっかりぎくしゃくしてしまいました。可能なら、早くここを出て行ってくれませんか? ルカさんと仲良くしているのも不潔だし、婚約者さんが可哀想です。本当はルカさんと関係を持っているんじゃないですか?』
ハナから疑われていて、溜め息しか出ない。
『世間では、職場でもプライベートでも、自分の魅力を確認するために男を引っかける可哀想な女の人がいると聞いていました。大学にもそういう女の子がいます。香澄さんも清純そうな顔をして、陰で大勢の人と関係を持っているんじゃないですか? 私は香澄さんと違って、胸も垂れていませんしあそこも使い込んでいません。何より若いです。香澄さんはアラサーじゃないですか。年齢的にも私のほうが和也さんと釣り合います。絶対に和也さんは渡しません』
勘違いしたまま真奈美は一方的に心の泥をぶちまけている。
手紙なので何も言い返せず、香澄は溜め息をつく。
「若いなぁ……」
(ここまで張り合わなくても、和也さんに何の感情も持ってないのに。ルカさんと一緒にいるのは、ペンションにいるより気が楽だから。私もルカさんも大切な恋人がいるのに、こうやって疑うのは失礼だ)
もう一度大きな溜め息をついたあと、手紙を封筒の中に戻す。
捨てると何か言われそうなので、引き出しにしまっておいた。
無意識にまた溜め息をつき、ベッドに座る。
(二十代前半ならまだまだ恋愛中心で生きているのかな。恋愛脳と呼ばれる人がいるのは知ってるし、もし真奈美ちゃんが盲目的になっていて、和也くんに関わるすべての女性を疑っているなら、言い訳のしようがない。恋愛感情がまったくないって言っても、きっと信じてもらえない)
どうしたら誤解が解けるか考えたが、どう考えても無理だ。
(時期がきてスッと消えたほうが、へたに分かり合おうとするよりいいんだろうな)
話し合いをすれば、分かり合えるとは限らない。
真奈美が考えを改めない限り、香澄の主張は聞き入れられないだろう。
そして〝ああいうふうに〟なった人は、よほどの事がない限り自分の考えを曲げない。
(お風呂入ろう)
何度目になるか分からない溜め息をつき、気持ちを切り替えようと思った。
同じ場所に留まっていると、グルグルと悩みやすい。
一番いいのは場所を変え、食べて寝て風呂に入る事だ。
一階に下りるとリビングに二人がいて、視線が痛い。
秋成もいるのでまだマシだが、暗い気持ちになってしまう。
真奈美の手紙の事などを秋成に報告する事も考えたが、香澄はあと少しでここを離れる身だ。
もともといた彼女と和也を引っかき回した――つもりはなくても、結果的にそうなってしまったのは事実だ。
居心地は悪いがあと少し我慢して、約束の日になったら「お世話になりました」と何事もなかったように立ち去るのが一番波風が立たないと思った。
二人のしている事はいじめに近い。
だが自分さえいなければ皆平和にやっていたのだと思うと、彼らの今までの関係や生活をぶち壊すのは気が引ける。
和也も真奈美も、ここで働きたいという意思があってペンションにいる。
結果的に解雇される事があれば、自分の性格の事だから、あとから「私のせいで……」と悩むに決まっている。
そうなるなら、多少我慢したほうがまだマシだ。
(けど、ルカさんと変な関係になってるって勘違いされてるのはやだな。私とルカさんだけじゃなく、佑さんにもマリアさんにも失礼だ)
バスルームに向かう途中でチラッと二人を伺うと、二人とも険のある表情でこちらを見ていた。
「あーあ……」
風呂に入り、お湯に浸かって溜め息をつく。
(環境を変えて自分を見つめ直すためにここに来たのに。……毎日、息が詰まるような思いをしてる。何のために来たんだろう)
どうしても気持ちが暗くなるなか、いい事を考えようと努める。
(ルカさんと出会えたのは収穫だったかも。佑さんに教えたら、いい友達になってくれそうだな)
香澄は二人が並んで笑い合っている様子を想像し、微笑んだ。
**
「香澄ちゃん、今日もルカさんのところ?」
十月十六日の午前中、香澄は聡子に声を掛けられて少し声を潜める。
「あ……。はい、そうなんですが、ちょっと病院に行こうと思って」
香澄は朝食を終えたあと、軽く手伝いをしてから病院に行こうと思っていた。
「え? 病院って……やっぱり顔痛かった?」
香澄の頬にはガーゼが貼られてあるが、その下はすっかり青あざになっている。
両親に電話をしたが「まったくドジなんだから。御劔さんに心配かけないように、ちゃんと治しなさい」と呆れられて終わりになった。
「いえ、そうじゃなくて。……ちょっと、婦人科に……」
答えてから、もっと声を小さくして「ピルを飲んでるんですが、あと少しでなくなりそうなんです」と付け足す。
「ああ、なるほどね。それは行かなきゃ駄目だわ。車は……和也くんに頼むのは控えたほうがいいわね。秋山くんかオーナーは……ちょっと忙しそうだけど、きっと時間を見て送ってくれると思う」
「あ、いえ。歩いて行こうと思っています」
「そんな、札幌の街中じゃないんだから、歩いてなんて……。そうだ! ルカさんにお願いしてみたら? 仲良くしているんでしょう?」
「う、うーん……」
確かにルカなら引き受けてくれそうだが、いかんせん行き先が婦人科である。
「ちょ、ちょっと考えておきます……」
小声で返事をしたあと、婦人科というワードで勘違いされては困るので、念のため周りを確認した。
すると今まで見えなかったが、真奈美が食堂のテーブルを拭いていたのが確認できた。
(聞こえてなかったよね)
少し心配になったが、キッチンでは水が流れていてファンも回っている。
だから大丈夫と思う事にした。
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