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第十部・ニセコ 編
修羅場
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そんな会話もあって、すっかりルカは香澄の友人になり、一緒にいて癒やされる存在になった。
彼はマリアの話になると饒舌になり、香澄も彼の話を聞くのが楽しくなる。
イタリアには行った事はないが、ルカが『こういう場所にデートに行って、何をした』と話すと、まだ見ぬ風景に思いを馳せうっとりとするのだ。
ルカは決して香澄に変な感情を持たない。
レディファーストや何かにつけて気を遣ってくれるが、ルカは性的な目で香澄を見ようとしなかった。
その雰囲気と程よい距離感が、何よりありがたかった。
だが問題がなくなった訳ではない。
ペンションに戻ると和也と真奈美からの視線や態度が痛く、落ち着ける場所が自室しかない。
別の日、ルカと共にペンションまで来ると、真奈美が秋山に突っかかっているのを目撃してしまった。
「どうしてそういう事を言うんですか!? 秋山さんも香澄さんの味方なんですか?」
キャンキャンと吠える小型犬のような真奈美に、秋山は仕事をしながら表情を変えずに返事をする。
「味方も何もない。今の状況を見れば、一方的に引っかき回しているのはお前たちだろう」
「だって香澄さんが悪いです! あの人さえ現れなければ、和也さんに色目を使わなかったら、こんな事にならなかったんです!」
「『ずるい』か?」
それまで黙々と仕事をしていた秋山が、真奈美を振り向いて皮肉げに笑う。
カン、と工具を置いた秋山は、ペンションの壁に寄りかかった。
「俺がどうしてここで働いているか、以前に話しただろう?」
「……大企業に就職したけど、仕事の成績が良くて周りに嫉妬されて、人間関係が面倒くさくなって辞めた……、ですよね」
話題を変えられて真奈美は戸惑いながらも、以前に聞いたらしい話を口にする。
(そうだったんだ)
居合わせてしまった香澄とルカは、物陰から出られずにいる。
「そいつらは俺を罠に嵌めた。『出しゃばっていて目障りだから』『何か一つでもミスを見つければ、それを理由に叩いていい正当な理由になる』。そうやって、人格攻撃をされ、根も葉もない噂を流され、関係ない家族まで悪く言われた。もともと俺に非はなかったから、悪口を言えるなら何でも良かったんだろうな」
秋山は遠くを見て大きな溜め息をつき、温度の低い目で真奈美を睨む。
「お前がやってるのは、そいつらとまったく同じだ。赤松さんが自分にない魅力を持っているから嫉妬している。何でもいいから悪いところを見つけて、嫌おうとしている。または自分で捏造して〝噂〟を作り、俺にこうやって吹き込んで彼女を嫌わせようとしている。そういうのはせめて高校生で卒業しろよ」
「だから……! どうしてそういう事を言うんですか! 私は本当の事を……!」
「はいはい!」
秋山は大きめの声を出し、再び工具を手に取る。
「自分が正しいと思い込んだら、痛い目を見るまで止まらないんだろうよ。邪悪な考えに支配されていると自覚せず、正しさの名の下に〝悪〟を叩くのは気持ちいいよな?」
「嫌な人!」
真奈美は顔を真っ赤にして秋山を睨み付けている。
「嫌な人で結構。俺からすれば、仕事をしないで女子高生みたいに噂を振りまくのに奔走しているお前のほうが、迷惑で嫌な人だよ。仕事の合間に和也とイチャついてたのを見逃してやってたが、まじめに働く気がないなら出ていけ」
「大っ嫌い! 秋山さんって奥さんもデブだし、女を見る目がないんじゃない?」
そう言い捨てて、真奈美はズンズンと母屋に向かった。
秋山は持っていた工具を地面に投げ、空を見上げて大きくゆっくり息を吐いていく。
『凄い修羅場だったね』
ルカが『何を言っているか知りたい』というので、香澄は頭が痛いながらも大体の事を通訳した。
彼はモンスターでも見るような目で、真奈美の後ろ姿を見送る。
それから気を取り直し、大きめの声で秋山に声を掛けた。
『こんちは!』
明るく話しかけられ、再度工具を拾い上げた秋山は『ああ』とこちらを見る。
『あの子、体は小さいけど凄いパワーだね』
『あれで留学帰りらしいが、考えが幼くて困る。もともと引っ込み思案だったのが、留学して〝言いたい事を言えるようになった〟らしいが、方向を誤ったな』
二人の年齢は近い。
ルカは明るい性格をしているが、考えは落ち着いた大人そのものだ。
たまにこの二人が会話しているのを見かけるが、意外と気が合っているらしい。
彼はマリアの話になると饒舌になり、香澄も彼の話を聞くのが楽しくなる。
イタリアには行った事はないが、ルカが『こういう場所にデートに行って、何をした』と話すと、まだ見ぬ風景に思いを馳せうっとりとするのだ。
ルカは決して香澄に変な感情を持たない。
レディファーストや何かにつけて気を遣ってくれるが、ルカは性的な目で香澄を見ようとしなかった。
その雰囲気と程よい距離感が、何よりありがたかった。
だが問題がなくなった訳ではない。
ペンションに戻ると和也と真奈美からの視線や態度が痛く、落ち着ける場所が自室しかない。
別の日、ルカと共にペンションまで来ると、真奈美が秋山に突っかかっているのを目撃してしまった。
「どうしてそういう事を言うんですか!? 秋山さんも香澄さんの味方なんですか?」
キャンキャンと吠える小型犬のような真奈美に、秋山は仕事をしながら表情を変えずに返事をする。
「味方も何もない。今の状況を見れば、一方的に引っかき回しているのはお前たちだろう」
「だって香澄さんが悪いです! あの人さえ現れなければ、和也さんに色目を使わなかったら、こんな事にならなかったんです!」
「『ずるい』か?」
それまで黙々と仕事をしていた秋山が、真奈美を振り向いて皮肉げに笑う。
カン、と工具を置いた秋山は、ペンションの壁に寄りかかった。
「俺がどうしてここで働いているか、以前に話しただろう?」
「……大企業に就職したけど、仕事の成績が良くて周りに嫉妬されて、人間関係が面倒くさくなって辞めた……、ですよね」
話題を変えられて真奈美は戸惑いながらも、以前に聞いたらしい話を口にする。
(そうだったんだ)
居合わせてしまった香澄とルカは、物陰から出られずにいる。
「そいつらは俺を罠に嵌めた。『出しゃばっていて目障りだから』『何か一つでもミスを見つければ、それを理由に叩いていい正当な理由になる』。そうやって、人格攻撃をされ、根も葉もない噂を流され、関係ない家族まで悪く言われた。もともと俺に非はなかったから、悪口を言えるなら何でも良かったんだろうな」
秋山は遠くを見て大きな溜め息をつき、温度の低い目で真奈美を睨む。
「お前がやってるのは、そいつらとまったく同じだ。赤松さんが自分にない魅力を持っているから嫉妬している。何でもいいから悪いところを見つけて、嫌おうとしている。または自分で捏造して〝噂〟を作り、俺にこうやって吹き込んで彼女を嫌わせようとしている。そういうのはせめて高校生で卒業しろよ」
「だから……! どうしてそういう事を言うんですか! 私は本当の事を……!」
「はいはい!」
秋山は大きめの声を出し、再び工具を手に取る。
「自分が正しいと思い込んだら、痛い目を見るまで止まらないんだろうよ。邪悪な考えに支配されていると自覚せず、正しさの名の下に〝悪〟を叩くのは気持ちいいよな?」
「嫌な人!」
真奈美は顔を真っ赤にして秋山を睨み付けている。
「嫌な人で結構。俺からすれば、仕事をしないで女子高生みたいに噂を振りまくのに奔走しているお前のほうが、迷惑で嫌な人だよ。仕事の合間に和也とイチャついてたのを見逃してやってたが、まじめに働く気がないなら出ていけ」
「大っ嫌い! 秋山さんって奥さんもデブだし、女を見る目がないんじゃない?」
そう言い捨てて、真奈美はズンズンと母屋に向かった。
秋山は持っていた工具を地面に投げ、空を見上げて大きくゆっくり息を吐いていく。
『凄い修羅場だったね』
ルカが『何を言っているか知りたい』というので、香澄は頭が痛いながらも大体の事を通訳した。
彼はモンスターでも見るような目で、真奈美の後ろ姿を見送る。
それから気を取り直し、大きめの声で秋山に声を掛けた。
『こんちは!』
明るく話しかけられ、再度工具を拾い上げた秋山は『ああ』とこちらを見る。
『あの子、体は小さいけど凄いパワーだね』
『あれで留学帰りらしいが、考えが幼くて困る。もともと引っ込み思案だったのが、留学して〝言いたい事を言えるようになった〟らしいが、方向を誤ったな』
二人の年齢は近い。
ルカは明るい性格をしているが、考えは落ち着いた大人そのものだ。
たまにこの二人が会話しているのを見かけるが、意外と気が合っているらしい。
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