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第十部・ニセコ 編

打撲

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「0.2が妥当だと」
「そんなに小さいのか!」

 思わず佑は声を上げ、出雲も「らしいな」と不可解そうに頷く。
 そのあとピコンとまた通知音が鳴り、出雲が微笑む。

「『早く帰ってこい』だって。『浮気したら殺す』だって。はー、おっかねぇ」

 出雲は愛しそうに笑い、佑に向かってスマホをかざし何も言わずカシャッと写真を撮った。

「『こいつと一緒です』……、と」

 するとまたピコンと通知が鳴り、出雲が爆笑した。

「なんだ?」
「『彼女に逃げられて可哀想だから、慰めてさしあげろ』だってよ」

 佑は出雲の勝ち気な妻を思い浮かべ、苦々しい顔をするのだった。



**



「……あれ」

 香澄は目を開き、蛍光灯が眩しくて目を瞬かせる。

「香澄ちゃん! 気が付いた!?」

 聡子の声がして視界に彼女の顔が映り、秋成も顔を覗かせた。

「えっと……」

 ゆっくり起き上がって周りを確認すると、どうやらリビングのソファに寝かされていたらしい。

「えっと……、あ、あー……」

 階段から落ちた事を思い出し、「やってしまった」と情けなくなる。

(あれ? でも……)

 後ろから押されたような気がした。
 けれどあの時、二階は真っ暗で誰の部屋にも電気がついておらず、人の気配もなかった。

(神経質になりすぎて、被害妄想になってたのかな。あんまり考えすぎないようにしよう)

 溜め息をついて痛む頭を押さえると、聡子が心配してくる。

「具合悪くない? フラフラするとか」
「あー……、大丈夫、です」

「歩ける?」

 聡子は可哀想なぐらい狼狽していて、「申し訳ないな」と思いつつ香澄は立ち上がる。

「うん、足も捻ってないみたいです。ちょっとあちこち痛いけど、ただの打撲っぽいので大丈夫! もし後で痛みが酷くなったら、湿布をもらいます」

「勿論どうぞ! それでね……ほっぺが……」

 聡子が洗面所から手鏡を持ってきて、香澄に差し出す。

「ん? ……あー……」

 壁かどこかに顔から当たった時に打ったようで、頬骨の辺りが赤くなっている。

「女の子なのに……、病院行く? とりあえず気絶している間に冷やしておいたんだけど……」

 触れてみると、確かに感覚がないぐらい冷えている。

「や、きっとすぐ治ると思うので大丈夫です。ちょっとかっこ悪いから、ガーゼか何か当てておきますね」

 そう言うと聡子は「ガーゼ取ってくるわね!」と踵を返す。

「あ、いえ! その、ガーゼは外に出る時だけで大丈夫です。家の中は……その、いずいですしもったいないし」

 思わず方言であるいずい(しっくりこない、居心地が悪い)という言葉が出てしまうほど、香澄はまだ呆けていた。

「そう?」
「……俺はとりあえず栄子さんに報告しておく」

 ようやく安心しで、秋成が立ち上がった。

「あ、いえいえ! こんな遅い時間に電話かけたら、不幸があったのかってビックリしちゃうから。明日自分で『転んじゃった』って言いますから、大丈夫ですよ」

「……そうか?」

 夜中に電話があって不幸かと思い驚くのは、秋成も体験しているようだ。
 申し訳なさそうな顔をし、香澄の頬を見て溜め息をつく。

「やだなぁ、もう。大丈夫ですって! もう遅い時間ですし、寝ましょう」

 ピルケースを探すと、ちゃんとテーブルの上にあったので安心する。

「ちょっと、薬飲んできます」

 立ち上がって普通に台所まで向かうと、秋成も聡子も安心したようだ。

 カウンターに立つと、少し離れた場所に和也と真奈美が立っているが見えた。
 和也はこちらを見ているし、真奈美はそっぽを向いて黙っている。

 二人を見ると、また不安が押し寄せる。
 だが人を疑ってはいけないと思い、心の中で首を横に振った。

(大した怪我じゃないし、気にしない、気にしない! 明日からルカさんの所で過ごさせてもらうし、大丈夫!)

「お騒がせしてすみません。今日はもう寝ますね」

 ピルを飲んで時間を確認すれば、もう二十三時になろうとしている。
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