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第十部・ニセコ 編
落下
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思えばこういう風に鉢合わせないように、歯を磨く用の洗面台は脱衣所の外にあったはずだ。
それなのにあそこに立っていたという事は……。
(ううん、深く考えない!)
リビングに真奈美の姿はなく、香澄は本能的に安堵の溜め息をつく。
台所で水を飲んでから、重たい気持ちで二階に上がった。
「……あれ?」
真奈美は二階にいるかと思ったが、どこにも姿が見えない。
「おばさんと一緒にペンション行ったのかな」
先ほどドアベルが鳴った時、二人で出たのかもしれない。
安心して部屋に入り、時間を確認してからピルケースを開く。
(あー……。まずった。北海道に来るの見越して、多めに処方してもらえば良かった。この近くに婦人科あるかな。お薬手帳は持ってきたから、病院に行くだけ行って処方してもらえば……)
そんな事を考えつつ、ピルケースを手にまた台所へ向かう。
階段の電気をつけて最初の一段を降りようとした時――、誰かに背中をドンッと押された。
「っきゃああああっ!!」
ドドドッと足を踏み外した香澄は、見事に階段から転げ落ち、ガツンと頭を打った。
**
佑は出雲と会食――という名目で夕食をとっていた。
と言っても上等な刺身を少し食べ、茶碗蒸しや吸い物などで簡単に済ませるだけだ。
向かいで出雲は旺盛な食欲を見せ、その食べっぷりがすがすがしい。
むしろ憎たらしいぐらいだ。
「酷い顔色だな」
「別に」
青白い顔をした佑は日本酒を飲み、溜め息をつく。
先日も、家に突撃してきた澪にひどく怒られ、一緒に懐石料理屋に向かった。
『恋人がいなくなって食べられなくなるなんて、女子か!』と突っ込まれ、先付から氷菓までしっかりフルコースの料理を監視されながら食べた。
それを話すと、出雲は「わはは!」と大笑いし、佑は仏頂面だ。
「それで、もう希美ちゃんについて心配ないんだな?」
今日の目的とも言える事を尋ねて、出雲は悪い笑みを浮かべる。
「モデル事務所の社長に話をつけた。あちらとしても、俺を敵に回したら今後仕事をしづらいと分かっているだろう。こうやって権力を盾に脅すのは気が進まないが、香澄を守るためだ。こちらで海外活動へのステップアップの用意を整えたし、向こうとしても情緒不安定のモデルをいつまでも抱えているよりはいいだろう。彼女自身も年齢的に丁度良かっただろ」
静かに息をつき、佑は軽い祝杯のつもりで猪口に冷酒を注ぎ、クッと呷った。
「……離れていても、香澄のために何か一つできた」
佑は静かに微笑み、目を閉じて香澄を想う。
そんな彼を見ながら出雲はビールを呷り、ジョッキを置いて溜め息をつく。
「そんなん落ち込むならさ、ペアアクセサリーでも作ればいいだろ。女子っぽい考え方だけど、気分だけでも楽になるんじゃないか?」
「……ペアアクセサリーか」
香澄にジュエリーを幾ら贈っても、一緒に外出する時ぐらいしかつけてくれない。
あとはプチジュエリーぐらいの物を仕事につけるのみで、ほんの少しだけ「せっかく買ったのに、もっとつけてほしいな」という気持ちになっている。
彼女の主張としては、「石が大きくて派手で、普段つけるのに向いてない」らしい。
せっかくいい物を見繕ったのに、なかなか香澄を飾る事ができない哀れなジュエリーになってしまっている。
「普段使いする指輪のカラット数って、どれぐらいが適正値だ? あまり大きいと香澄がつけてくれないんだ」
「あー……、その問題か」
「理解した」という顔をして、出雲も考え込む。
二人とも富裕層なので、庶民のセーフゾーンが分からないのだ。
「……ちょっと美鈴に聞いてみる」
出雲はスマホを弄り、コネクターナウで妻に連絡をとる。
するとすぐにピコンと通知音があり、出雲の妻から返事がくる。
「ふーん。『デザインによる』だって。爪がついてるのは引っ掛かりやすいから、普段使いに向いてないそうだ。埋め込み式の……なんだ? ベゼルセッティング、っていうデザインなら、さりげなく使える……と」
「大きさは?」
「ちょっと待て」
出雲がまたスマホをタップし、すぐにまたピコンと通知が鳴る。
それなのにあそこに立っていたという事は……。
(ううん、深く考えない!)
リビングに真奈美の姿はなく、香澄は本能的に安堵の溜め息をつく。
台所で水を飲んでから、重たい気持ちで二階に上がった。
「……あれ?」
真奈美は二階にいるかと思ったが、どこにも姿が見えない。
「おばさんと一緒にペンション行ったのかな」
先ほどドアベルが鳴った時、二人で出たのかもしれない。
安心して部屋に入り、時間を確認してからピルケースを開く。
(あー……。まずった。北海道に来るの見越して、多めに処方してもらえば良かった。この近くに婦人科あるかな。お薬手帳は持ってきたから、病院に行くだけ行って処方してもらえば……)
そんな事を考えつつ、ピルケースを手にまた台所へ向かう。
階段の電気をつけて最初の一段を降りようとした時――、誰かに背中をドンッと押された。
「っきゃああああっ!!」
ドドドッと足を踏み外した香澄は、見事に階段から転げ落ち、ガツンと頭を打った。
**
佑は出雲と会食――という名目で夕食をとっていた。
と言っても上等な刺身を少し食べ、茶碗蒸しや吸い物などで簡単に済ませるだけだ。
向かいで出雲は旺盛な食欲を見せ、その食べっぷりがすがすがしい。
むしろ憎たらしいぐらいだ。
「酷い顔色だな」
「別に」
青白い顔をした佑は日本酒を飲み、溜め息をつく。
先日も、家に突撃してきた澪にひどく怒られ、一緒に懐石料理屋に向かった。
『恋人がいなくなって食べられなくなるなんて、女子か!』と突っ込まれ、先付から氷菓までしっかりフルコースの料理を監視されながら食べた。
それを話すと、出雲は「わはは!」と大笑いし、佑は仏頂面だ。
「それで、もう希美ちゃんについて心配ないんだな?」
今日の目的とも言える事を尋ねて、出雲は悪い笑みを浮かべる。
「モデル事務所の社長に話をつけた。あちらとしても、俺を敵に回したら今後仕事をしづらいと分かっているだろう。こうやって権力を盾に脅すのは気が進まないが、香澄を守るためだ。こちらで海外活動へのステップアップの用意を整えたし、向こうとしても情緒不安定のモデルをいつまでも抱えているよりはいいだろう。彼女自身も年齢的に丁度良かっただろ」
静かに息をつき、佑は軽い祝杯のつもりで猪口に冷酒を注ぎ、クッと呷った。
「……離れていても、香澄のために何か一つできた」
佑は静かに微笑み、目を閉じて香澄を想う。
そんな彼を見ながら出雲はビールを呷り、ジョッキを置いて溜め息をつく。
「そんなん落ち込むならさ、ペアアクセサリーでも作ればいいだろ。女子っぽい考え方だけど、気分だけでも楽になるんじゃないか?」
「……ペアアクセサリーか」
香澄にジュエリーを幾ら贈っても、一緒に外出する時ぐらいしかつけてくれない。
あとはプチジュエリーぐらいの物を仕事につけるのみで、ほんの少しだけ「せっかく買ったのに、もっとつけてほしいな」という気持ちになっている。
彼女の主張としては、「石が大きくて派手で、普段つけるのに向いてない」らしい。
せっかくいい物を見繕ったのに、なかなか香澄を飾る事ができない哀れなジュエリーになってしまっている。
「普段使いする指輪のカラット数って、どれぐらいが適正値だ? あまり大きいと香澄がつけてくれないんだ」
「あー……、その問題か」
「理解した」という顔をして、出雲も考え込む。
二人とも富裕層なので、庶民のセーフゾーンが分からないのだ。
「……ちょっと美鈴に聞いてみる」
出雲はスマホを弄り、コネクターナウで妻に連絡をとる。
するとすぐにピコンと通知音があり、出雲の妻から返事がくる。
「ふーん。『デザインによる』だって。爪がついてるのは引っ掛かりやすいから、普段使いに向いてないそうだ。埋め込み式の……なんだ? ベゼルセッティング、っていうデザインなら、さりげなく使える……と」
「大きさは?」
「ちょっと待て」
出雲がまたスマホをタップし、すぐにまたピコンと通知が鳴る。
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