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第十部・ニセコ 編
恋って格好悪いものなんだ
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『どうして?』
目の前にいるルカは会ったばかりだというのに、香澄の言葉を真摯に受け止めようとしてくれている。
婚約者が御劔佑だと知らない彼だからこそ、何でも言えるような気がした。
『私、彼に比べてとても普通なんです。隣に立つのが恥ずかしいぐらい、顔も体型も、学歴も何もかも普通。彼に助けてもらって少し磨いたから、それっぽく見えるだけなんです』
『……そう?』
ルカはあまり香澄の悩みが理解できていないというように、キョトンとしている。
『そうなんです。自信が持てないし、もっと堂々としたいのに、余計な心配をしてしまったり、すぐ嫉妬したり。とんでもないアクシデントに巻き込まれて心配させてしまって、普通なら怒られて〝別れる〟って言われて当たり前なんです。なのに怖いぐらい優しくされるから、どうしたらいいか分からなくて……』
香澄はパーカーの紐を胸元で弄り回し、俯く。
『こんな女のどこが好きなんだろうって、いつも考えてしまうんです。朝起きると隣に彼がいて〝今日も奇跡が起こってる〟と感謝して一日が始まります。彼の側にいるには堂々とした輝く女性でなきゃいけないのに、私はいつも後ろ向きです。こんな事ばかり考えているって、彼に知られるのが怖くて堪らないんです』
言うだけ言って、香澄は不安を出すように細く長く息を吐いた。
(くだらない事で悩んでるって思われちゃうかな。自分でももっと、自信を持って堂々とすればいいって分かってるんだけど)
そう思うものの、負のループに嵌まってしまうとなかなか抜け出せない。
ルカはしばし黙っていたが、やがて腕を伸ばして香澄の頭をポンポンと撫でてきた。
「え……」
顔を上げると、彼は茶色い目を優しげに細めて微笑んでいる。
『僕もマリアに同じように思っている』
「……え?」
訳が分かっていない香澄に、ルカはウインクしてみせた。
『ねぇ、僕って割と格好いいだろう?』
『はい。モデルさんみたいです』
『こう見えてちょっといい会社で働いていて、祖父も父も有名人なんだ』
『はぁ……』
言われてみて、ルカならパリッとスーツを着て一流企業にいてもおかしくないと思った。
『当然モテるし、逆ナンもされる。でも僕はずっと前からマリアしか見えていなくて、彼女の前でだけ情けない男になるんだ。他の女の子からは、〝非の打ち所がない貴公子〟って言われてるんだけどね』
あはは、と軽く笑い、ルカは『もう一杯飲もうか』とカップを持って立ち上がった。
ルカはそのままキッチンに向かい、香澄も立ち上がる。
キッチン台の前にスツールがあったので、そこに腰掛けた。
『僕は多分カスミより年上だから、人生の先輩からの助言だよ。恋って格好悪いものなんだ』
『格好……悪い』
思いもしない言葉に、香澄は目を瞬かせる。
『理想の恋をしようと思って、綺麗な自分でいようと藻掻くほど、メッキが分厚くなって後で失敗する。本当の恋っていうのはね、自分のネガティブな部分と向き合って、それでも相手に丸ごと好きになってもらう勇気を持つ事なんだ。カスミの恋人だってきっと同じだよ。カスミの恋人は、カスミの色んな顔を知っていると思うけど、それでも好きだから一緒にいるんだ。そう思わない?』
思い当たるような気がした。
一緒に暮らしていて、もちろん見せたくない面だってある。
佑はとても配慮してくれるし、もし香澄が見せたくないと思っているところを見てしまったとしても、なかった事にしてくれるだろう。
香澄だって同じだ。
結婚すれば隠すべきものも堂々とするのかもしれないが、今のところ二人は思いやりで互いのプライベートを守っている。
生理現象もだし、セックスのあとに気を失ったあと、体が清められる事や、行為前に脱ぎ散らかした服が綺麗に畳まれているのを見ると、思っている以上に佑に世話をさせてしまっている。
逆に香澄は、あの〝御劔佑〟が双子を相手に罵り言葉を口にする姿を知っている。
世間の女性は想像しない、彼の素顔を知っているのだ。
『〝綺麗な理想の恋〟には憧れるけど、それは恋に恋をしているって言うんだよ。本当の恋は嫉妬もするし、相手のプライベートを知るものだし、生々しい。フルメイクしてハイヒールを履いて、完全武装して三百六十五日、怒らず泣かず、ニコニコして結婚生活は送れないよ』
『そうですね』
もっともだ、と思い香澄は深く頷く。
『カスミは恋人の素顔を知って幻滅する?』
『しないです。まだ知らない面があるとしても、丸ごと好きになれると思います』
マキネッタの中でボコボコと水が沸騰する音が聞こえ、コーヒーが抽出される香ばしい匂いが漂う。
ルカは小鍋で牛乳を温め、器用にクリーマーで泡立てていた。
目の前にいるルカは会ったばかりだというのに、香澄の言葉を真摯に受け止めようとしてくれている。
婚約者が御劔佑だと知らない彼だからこそ、何でも言えるような気がした。
『私、彼に比べてとても普通なんです。隣に立つのが恥ずかしいぐらい、顔も体型も、学歴も何もかも普通。彼に助けてもらって少し磨いたから、それっぽく見えるだけなんです』
『……そう?』
ルカはあまり香澄の悩みが理解できていないというように、キョトンとしている。
『そうなんです。自信が持てないし、もっと堂々としたいのに、余計な心配をしてしまったり、すぐ嫉妬したり。とんでもないアクシデントに巻き込まれて心配させてしまって、普通なら怒られて〝別れる〟って言われて当たり前なんです。なのに怖いぐらい優しくされるから、どうしたらいいか分からなくて……』
香澄はパーカーの紐を胸元で弄り回し、俯く。
『こんな女のどこが好きなんだろうって、いつも考えてしまうんです。朝起きると隣に彼がいて〝今日も奇跡が起こってる〟と感謝して一日が始まります。彼の側にいるには堂々とした輝く女性でなきゃいけないのに、私はいつも後ろ向きです。こんな事ばかり考えているって、彼に知られるのが怖くて堪らないんです』
言うだけ言って、香澄は不安を出すように細く長く息を吐いた。
(くだらない事で悩んでるって思われちゃうかな。自分でももっと、自信を持って堂々とすればいいって分かってるんだけど)
そう思うものの、負のループに嵌まってしまうとなかなか抜け出せない。
ルカはしばし黙っていたが、やがて腕を伸ばして香澄の頭をポンポンと撫でてきた。
「え……」
顔を上げると、彼は茶色い目を優しげに細めて微笑んでいる。
『僕もマリアに同じように思っている』
「……え?」
訳が分かっていない香澄に、ルカはウインクしてみせた。
『ねぇ、僕って割と格好いいだろう?』
『はい。モデルさんみたいです』
『こう見えてちょっといい会社で働いていて、祖父も父も有名人なんだ』
『はぁ……』
言われてみて、ルカならパリッとスーツを着て一流企業にいてもおかしくないと思った。
『当然モテるし、逆ナンもされる。でも僕はずっと前からマリアしか見えていなくて、彼女の前でだけ情けない男になるんだ。他の女の子からは、〝非の打ち所がない貴公子〟って言われてるんだけどね』
あはは、と軽く笑い、ルカは『もう一杯飲もうか』とカップを持って立ち上がった。
ルカはそのままキッチンに向かい、香澄も立ち上がる。
キッチン台の前にスツールがあったので、そこに腰掛けた。
『僕は多分カスミより年上だから、人生の先輩からの助言だよ。恋って格好悪いものなんだ』
『格好……悪い』
思いもしない言葉に、香澄は目を瞬かせる。
『理想の恋をしようと思って、綺麗な自分でいようと藻掻くほど、メッキが分厚くなって後で失敗する。本当の恋っていうのはね、自分のネガティブな部分と向き合って、それでも相手に丸ごと好きになってもらう勇気を持つ事なんだ。カスミの恋人だってきっと同じだよ。カスミの恋人は、カスミの色んな顔を知っていると思うけど、それでも好きだから一緒にいるんだ。そう思わない?』
思い当たるような気がした。
一緒に暮らしていて、もちろん見せたくない面だってある。
佑はとても配慮してくれるし、もし香澄が見せたくないと思っているところを見てしまったとしても、なかった事にしてくれるだろう。
香澄だって同じだ。
結婚すれば隠すべきものも堂々とするのかもしれないが、今のところ二人は思いやりで互いのプライベートを守っている。
生理現象もだし、セックスのあとに気を失ったあと、体が清められる事や、行為前に脱ぎ散らかした服が綺麗に畳まれているのを見ると、思っている以上に佑に世話をさせてしまっている。
逆に香澄は、あの〝御劔佑〟が双子を相手に罵り言葉を口にする姿を知っている。
世間の女性は想像しない、彼の素顔を知っているのだ。
『〝綺麗な理想の恋〟には憧れるけど、それは恋に恋をしているって言うんだよ。本当の恋は嫉妬もするし、相手のプライベートを知るものだし、生々しい。フルメイクしてハイヒールを履いて、完全武装して三百六十五日、怒らず泣かず、ニコニコして結婚生活は送れないよ』
『そうですね』
もっともだ、と思い香澄は深く頷く。
『カスミは恋人の素顔を知って幻滅する?』
『しないです。まだ知らない面があるとしても、丸ごと好きになれると思います』
マキネッタの中でボコボコと水が沸騰する音が聞こえ、コーヒーが抽出される香ばしい匂いが漂う。
ルカは小鍋で牛乳を温め、器用にクリーマーで泡立てていた。
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