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第十部・ニセコ 編

自分を曝け出すのが怖いんです

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『いつもどうやって過ごしているんですか?』

『んー、音楽かけて読書とかしてるかな。僕、こう見えて本読むの好きなんだ。いつもは仕事が忙しいからなかなか読めなくて、かなり電子書籍の本棚に未読の本があるよ』

『ああ、電子書籍なんですね。それは便利』

 ぱん、と胸の前で手を打つと、ルカもニッコリ笑う。

『ねぇ、カスミ。聞き忘れてたけど、イタリア式の濃くてあま~いエスプレッソは飲める? 日本ってブレンドコーヒーが主流なんでしょ? カプチーノの方が飲みやすいかな?』

 尋ねられ、香澄はそう言えばあまり本場のエスプレッソは飲んだ事がないな、と考える。
 もともとブラックコーヒーも苦くて飲めず、いつも牛乳を入れてカフェオレにして飲んでいる。

『じゃあ、カプチーノでお願いします』

「Ho capito.(分かった)」

 豪勢なソファに座って待っていると、ルカがエスプレッソとカプチーノを運んできた。

『はい、どうぞ。召し上がれ』
『ありがとうございます』

 ルカが腰掛けた場所は香澄から適度な距離があり、かといって離れすぎてもいない。

 よくイタリア人は女性を見ると当たり前に口説くと言うが、ルカは恋人に一途なようだし、やはりステレオタイプでものを見てはいけないな、と思った。

 そしてようやく、彼は例の事について尋ねてきた。

『さっきは大丈夫だった? 車の中で……』

 一口飲んだタイミングでルカが切り出し、香澄は「あぁ……」と苦笑する。

『私、どこに行ってもうまくいかないんですよね。トラブルの元になってしまうというか。その気がなくても〝愛想を振りまいている〟と言われて、自分が悪いのか分からなくなってしまいます』

『確かに日本人はニコニコしてるけど、日本人同士ならそう言われるのも変だと思うけどな』

 もっともな事を言われて、『確かに……』と頷く。
 ドイツに行ってよく分かったが、店員でも必要がなければ愛想笑いなどしない。

『カスミは恋人いないの?』

『います。ルカさんのように、結婚を約束した人がいますよ。彼はいま東京なんです』

『どうして側にいないの?』

 やっぱりそうなるか、と思い、香澄は言葉を探す。

『……彼はとっても素敵な人なんです。有名人で、沢山の人から好かれていて、富も名誉も兼ね揃えている人です。私は幸運な事に、そんな人に愛されました。私に何かがあると、彼は全力で守ってくれます』

『いい恋人だね。まるで守護者だ』

 ルカはゆったりと脚を組み、穏やかな笑みを浮かべて香澄の話を聞いている。

『……でも、彼に甘えっぱなしではいけない気がしたんです。ショッキングな事件があって、彼とメイクラブしようとしても拒絶してしまい、自分が分からなくなりました』

 少し込み入った事情を説明しても、ルカは面倒くさがらずに、思慮深い眼差しを向けて聞いてくれる。

『彼から距離を置いて、自分を見つめ直したら、きっとまた元の自分に戻れるんじゃないかって思って……』

『それでニセコまで来た?』

『はい』

 カプチーノは濃厚なコーヒーの味わいがあり、無糖派である香澄には甘すぎるほどだ。
 だがその甘さと泡立てられたミルクが、心を癒やしてくれる気がした。

『僕とカスミはちょっと似てるね。お互い、本当の愛を知るためにあえて恋人から離れた』

『そうですね』

『僕はカスミのお陰で恋人とやり直すきっかけを得た。だから僕も、できる事があるならカスミに協力したいよ』

『ありがとうございます』

 いい人だなぁ、と思い、香澄はカプチーノの残りを飲む。

『でもカスミ、僕も痛感したけど、本人同士が話し合わないと何も進まないよ。僕はマリアと離れて、後悔ばかりしていた。あの時ああ言っていたら良かった。あの時はああすれば良かった。そう思うばっかりで、僕もマリアも何も前進してなかったんだ。カスミが背中を押してくれなかったら、お互い遠慮して、声を掛けられずすれ違ったままだったと思う』

 確かにルカの言う通りだ。

 ニセコに来て佑の事を思い出し、切なくなって「会いたい」と気持ちは募るが、何をすれば自信を持てるのかまだ何も得られていない。

 時間ばかりが過ぎ、焦りを感じている。

 別離を決意したあの夜、本当なら佑に縋って素直に「怖い」と伝えて泣いて、二人で乗り越えるべきだったかもしれない。

 香澄が無理に大人びた答えを出そうとしたばかりに、こんな回り道になってしまった。

『……私、自分を曝け出すのが怖いんです』

 ポロッと出た言葉は、香澄がずっと抱えていた闇そのものだ。
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