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第十部・ニセコ 編
揺らぐ現実 ★
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確かに佑を悪く言われてカチンとし、強く言い返しすぎたかもしれない。
だがこんな風に、二人ののプライベートを何も知らないのに、ただの想像で呪いのような言葉をかけないでほしい。
涙で濡れた目で和也を睨む香澄の顎を、和也はギュッと掴んできた。
「……腹立つんですよ。香澄さんはぶっちゃけドストライクだし、彼女にしてやってもいいなって思ってます。でも香澄さんって自分があの御劔佑の婚約者だと思ってる、ただのイタい女ですよ。百歩譲ってChief Everyの秘書をしてるとしても、あの御劔佑の婚約者になれる訳ないでしょう」
「な……っ」
まさか自分が佑の婚約者だという事を、ハナから信じられていなかった事に、香澄は青ざめる。
「御劔佑に抱かれたのかもしれません。でもああいう人間にとって、香澄さんみたいなのはただのつまみ食いなんですよ。そのうち、モデルとか女優とかと付き合って結婚するに決まってます」
和也が言う言葉は、香澄が自分の心の奥底で怯えていた言葉そのものだった。
いつも彼の隣にいる時は恐れを抱いていた。
――似合わないって思われていたらどうしよう。
――私のせいで佑さんの価値が下がったらどうしよう。
それでも必死に努力をして、つらい出来事があっても歯を食いしばって頑張ってきたのに――。
自分で自分を疑っていながらも、他人にあっさりと「釣り合わない」と言われ、香澄はボロボロに傷付いていた。
「ち――、違うっ! 本当だもの! 私、佑さんに愛されてて……っ」
肩と顎を押さえられたまま、香澄は懸命に首を振る。
「じゃあ、どうしてこんな場所にいるんです? 俺なら惚れた女が会社を休んでニセコにいるなんて、絶対に許しませんけど。惚れた女なら、側に置いて当然でしょう?」
和也の言葉が、香澄の心のやわい部分をグサリと刺す。
「違う……、違うっ! どうして分かってくれないの!? 私、本当に――」
「札幌で就職してた会社だって、やる気がなかったから東京に行ったんでしょう? 『東京に行けば何かいい事があるかも』って浅はかに行動する人が多すぎるんですよ。あなたの仕事の熱意も、御劔佑を好きだっていう気持ちも、何もかも中途半端なんですよ。だから見ていて腹が立つんだ」
「っ――――」
核心を突かれ、香澄は身を強張らせた。
八谷を中途半端な状態で辞めたのを、ずっと気に掛けていた。
あの会社を辞めたからこそ、Chief Everyで一生懸命働こうと思っていた。
佑が同棲させてくれると言ったから厚意に甘え、彼が求めれば恥ずかしいながらもモデルをして、秘書を務めて、慣れないながら一生懸命仕事を覚えたのに――。
「……ちがう……」
力なく呟いた香澄を、また和也がせせら笑う。
「図星でしょう? 札幌の企業で最後まで働けなくて、転職先で有名人の社長に入れ込んで、婚約したっていう妄想をした。――あんたはイタい女ですよ。香澄さんは可哀想な人だ」
「――――」
憎悪すら浮かべた和也の目の奥に、虚ろな闇がある。
その闇に吸い込まれそうになった香澄は、「彼の言う通りなのかもしれない」と一瞬思ってしまった。
「私は……っ」
不意に、北海道に帰省して、親友に会い、大自然に囲まれて忘れていた心の不安定さが蘇った。
叫び出したいほどの恐怖がこみ上げ、香澄は必死に両手で口を押さえて涙を零す。
足元にポッカリと暗い穴が開き、底の見えないそれにどこまでも落ちていく幻覚を味わう。
真っ暗で冷たいその穴に落ち続けながら、香澄は耐えがたい孤独を覚えながら叫ぶ。
グニャリと目の前の光景が歪み、現実と妄想が交じり合う。
自分が御劔佑という人と愛し合っていたのは、本当だったのだろうか。
彼の秘書をして、紆余曲折あって北海道で気持ちを整理したいと言ったのは妄想なのか。
東京に行ったら、あの豪邸に入れてもらえるのだろうか?
双子やマティアスと過ごした思い出は、本物だっただろうか?
あんな格好いいマティアスに襲われたと思ったのも、妄想だったのでは……?
今の自分はどうしてここにいる――?
固まった香澄の脳内で様々な思いが交錯し、佑と出会ってからの思い出がぼやけていく。
「私……」
いつの間にか、香澄はガタガタと体を震わせ涙を浮かべていた。
そんな彼女の胸中など知らず、和也は香澄にのし掛かってパーカーの裾を捲り上げた。
こんもりとTシャツの布地を押し上げた胸元に彼が興奮した息をつき、Tシャツの裾から手を入れようとした時――。
だがこんな風に、二人ののプライベートを何も知らないのに、ただの想像で呪いのような言葉をかけないでほしい。
涙で濡れた目で和也を睨む香澄の顎を、和也はギュッと掴んできた。
「……腹立つんですよ。香澄さんはぶっちゃけドストライクだし、彼女にしてやってもいいなって思ってます。でも香澄さんって自分があの御劔佑の婚約者だと思ってる、ただのイタい女ですよ。百歩譲ってChief Everyの秘書をしてるとしても、あの御劔佑の婚約者になれる訳ないでしょう」
「な……っ」
まさか自分が佑の婚約者だという事を、ハナから信じられていなかった事に、香澄は青ざめる。
「御劔佑に抱かれたのかもしれません。でもああいう人間にとって、香澄さんみたいなのはただのつまみ食いなんですよ。そのうち、モデルとか女優とかと付き合って結婚するに決まってます」
和也が言う言葉は、香澄が自分の心の奥底で怯えていた言葉そのものだった。
いつも彼の隣にいる時は恐れを抱いていた。
――似合わないって思われていたらどうしよう。
――私のせいで佑さんの価値が下がったらどうしよう。
それでも必死に努力をして、つらい出来事があっても歯を食いしばって頑張ってきたのに――。
自分で自分を疑っていながらも、他人にあっさりと「釣り合わない」と言われ、香澄はボロボロに傷付いていた。
「ち――、違うっ! 本当だもの! 私、佑さんに愛されてて……っ」
肩と顎を押さえられたまま、香澄は懸命に首を振る。
「じゃあ、どうしてこんな場所にいるんです? 俺なら惚れた女が会社を休んでニセコにいるなんて、絶対に許しませんけど。惚れた女なら、側に置いて当然でしょう?」
和也の言葉が、香澄の心のやわい部分をグサリと刺す。
「違う……、違うっ! どうして分かってくれないの!? 私、本当に――」
「札幌で就職してた会社だって、やる気がなかったから東京に行ったんでしょう? 『東京に行けば何かいい事があるかも』って浅はかに行動する人が多すぎるんですよ。あなたの仕事の熱意も、御劔佑を好きだっていう気持ちも、何もかも中途半端なんですよ。だから見ていて腹が立つんだ」
「っ――――」
核心を突かれ、香澄は身を強張らせた。
八谷を中途半端な状態で辞めたのを、ずっと気に掛けていた。
あの会社を辞めたからこそ、Chief Everyで一生懸命働こうと思っていた。
佑が同棲させてくれると言ったから厚意に甘え、彼が求めれば恥ずかしいながらもモデルをして、秘書を務めて、慣れないながら一生懸命仕事を覚えたのに――。
「……ちがう……」
力なく呟いた香澄を、また和也がせせら笑う。
「図星でしょう? 札幌の企業で最後まで働けなくて、転職先で有名人の社長に入れ込んで、婚約したっていう妄想をした。――あんたはイタい女ですよ。香澄さんは可哀想な人だ」
「――――」
憎悪すら浮かべた和也の目の奥に、虚ろな闇がある。
その闇に吸い込まれそうになった香澄は、「彼の言う通りなのかもしれない」と一瞬思ってしまった。
「私は……っ」
不意に、北海道に帰省して、親友に会い、大自然に囲まれて忘れていた心の不安定さが蘇った。
叫び出したいほどの恐怖がこみ上げ、香澄は必死に両手で口を押さえて涙を零す。
足元にポッカリと暗い穴が開き、底の見えないそれにどこまでも落ちていく幻覚を味わう。
真っ暗で冷たいその穴に落ち続けながら、香澄は耐えがたい孤独を覚えながら叫ぶ。
グニャリと目の前の光景が歪み、現実と妄想が交じり合う。
自分が御劔佑という人と愛し合っていたのは、本当だったのだろうか。
彼の秘書をして、紆余曲折あって北海道で気持ちを整理したいと言ったのは妄想なのか。
東京に行ったら、あの豪邸に入れてもらえるのだろうか?
双子やマティアスと過ごした思い出は、本物だっただろうか?
あんな格好いいマティアスに襲われたと思ったのも、妄想だったのでは……?
今の自分はどうしてここにいる――?
固まった香澄の脳内で様々な思いが交錯し、佑と出会ってからの思い出がぼやけていく。
「私……」
いつの間にか、香澄はガタガタと体を震わせ涙を浮かべていた。
そんな彼女の胸中など知らず、和也は香澄にのし掛かってパーカーの裾を捲り上げた。
こんもりとTシャツの布地を押し上げた胸元に彼が興奮した息をつき、Tシャツの裾から手を入れようとした時――。
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