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第十部・ニセコ 編

ルカ

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(うーん、この感じはフランスかイタリア)

 それでも小麦色に焼けた肌などから、なんとなくイタリアっぽいかな……と推測した。

 佑や双子たちが言うには、フランス人は肌が白く優しげな顔立ちだそうだ。
 目の前の男性からはどこかギラッとした情熱を感じる……ような気がしないでもない。

『今日こそアクアパッツァを作ろうと思ったんだけど、どの魚がいいのか迷っていて』

 そう言って男性はヒョイと肩をすくめ、パックに入った魚を見てもう一度肩をすくめる。

『あー……、なるほど。お国はどちらで、普段どんな魚を使っていますか?』

『国はイタリアだよ。いつも料理人が鯛とかで作るからさ、こっちにある魚のどれを使ったらいいのか、ちょっと迷ってて』

(料理人……。いい所の坊ちゃんかな)

 そう思いながら、香澄はアドバイスする。

『アクアパッツァって、お魚があれば何でも大丈夫ですよ。必ず鯛じゃなくても、ここにある魚ならサーモンでだって、今が美味しいサンマでだって、イワシもサバも、できますよ?』

「Davvero?(本当?)」

 思わず男性がイタリア語で反応し、香澄はにっこりと笑ってみせる。

「E vero.(本当ですよ)」

 ほんの少し囓った程度のイタリア語で返事をすると、男性の顔にパァッと笑顔が広がった。

『ねぇ、君、名前なんていうの? 僕はルカ』
『私はカスミ・アカマツと言います』

『ねぇ、カスミ! 今夜僕の家でアクアパッツァ作ってくれないか? スマホの動画より、カスミに教えてもらった方が作れそうだ』

『え!? えーと……』

 教えるのはやぶさかではないが、自分は秋成の所で働いているという事をあわあわと説明する。

『ふぅーん……』

 ルカはこちらを気にしつつ買い物をしている和也を見やり、ツカツカと彼に歩み寄って話しかける。

『ねぇ、君。〝ペンション・レッドパイン〟のスタッフだよね? 以前に見た事があるんだ。オーナーに、この子を借りれないか問い合わせてくれる?』

 ちなみにペンション・レッドパインという名前は、〝赤松〟からとっている。

 和也はいきなり早口の英語でまくしたてられ、少し固まったあと英語で返事をする。

『電話をするのは構いませんが、彼女、うちの従業員ですよ。あなたのメイドじゃないんですから』

 随分とものをハッキリ言う和也に、香澄は驚いて目を丸くする。
 だがルカは気を悪くした様子もなく、『分かってるよ』と頷く。

『スタッフを借りるんだから、オーナーには僕からその分のお金を出すよ。これでもお金には困ってないんだ』

 その金持ちっぽい言い方が和也の気に障ったのか、彼がまた言い返す。

『ならその金で家政婦でも雇えばいいでしょう』

『ん~、そうなんだけどね。今はバカンスを取っているところだから、なるべくゆっくり一人で過ごしたいんだよ』

『一人で過ごしたいなら、香澄さんを求めるのは矛盾してますよね』

『君、随分つっかかるね? カスミの事が好きなの?』

「な……っ」

 ルカがサラッと尋ね、和也は日本語でうろたえる。

 横でぼんやりと見守っていた香澄は、微妙な気持ちになった。

(あんな風に佑さんの事を悪く言って、私を好きって言っても説得力がないんだけどなぁ……)

 香澄の感覚では、もし自分を好きになってくれる人がいたのなら、その人も香澄の好きなものを理解してくれるもの、と思っている。

 すべての趣味が重なる必要はないが、相手の好きな物を否定しない事は大事だ。
 香澄なら好きな人の〝好き〟を理解して、話題を作っていきたい。

 なので先日の和也の行動は、今になると新人いびりに似た嫌がらせのような気がしている。
 時間が経つほど、あれが好意を持っている相手にする事ではないと思ったからだ。

 大富豪の秘書をしている香澄が、ニセコでアルバイト……など言っているので、勘に障ったのかもしれない。

 一生懸命働いている和也からすれば、「ニセコで副業をしている暇があるなら、東京で働いていればいいだろう」と思って当たり前だ。

 そんな事を考えていると、ルカが口を開いて香澄はハッと我に返る。

『ま、どうでもいいけどさ。オーナーに電話してみてよ』

 香澄が好きなのかと質問しておきながら、ルカは「どうでもいい」と一蹴したので、香澄は内心ずっこけた。

(この感じ……誰かを思い出す……)

 うり二つの金髪が頭の中にふぅっと出てきて、香澄に向かってブンブンと手を振り――、いやいや、と頭に浮かんだイメージを消す。
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