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第十部・ニセコ 編

バスタイム

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「それにしても、ここのペンションも立派ですけど、数億する豪邸もあるんですね」

 道民の香澄は、出身地を卑下する意味ではなく、事実として田舎だと思っていた。
 札幌は日本の中で地方都市とされているが、東京に比べると規模が違う。

 それに札幌市内でも車で一時間も進めば、随分のどかな景色になる。
 そこから何時間も進めば、完全に人気の少ない場所だ。

 ニセコも自然が一杯という認識しかなかったのだが、実際来てみると海外の富裕層向けの高級スーパーや貸し物件、豪邸もゴロゴロある。

 以前に麻衣と来た時よりも、今の方がもっと栄えている印象があった。

 どの建物も立派だなぁ……、とぼんやり思っていたが、まさか数億の物件があるとは具体的に想像していなかった。

 香澄の質問に、真奈美がはしゃいで返事をする。

「ありますよー! いわばニセコってお金持ちが別荘買う土地みたいになってますから! 本州には軽井沢とか別荘地ありますけど、北海道の別荘地って言ったらニセコですよ」

 真奈美が勢いづけて言い、くぴーっとビールを飲む。
 その時、秋成が和也に声を掛けた。

「なんだ、和也くんは今日は随分静かだな?」

 その言葉を聞き、黙々と手巻き寿司を食べていた和也が顔を上げた。

「あ、いえ。腹減ってたんで、飯に集中してただけです」
「薪割りやらせちゃったもんな、ご苦労さん。沢山食べてくれ」
「はい」

 和也の声を聞いて何となく気まずくなり、香澄は海苔に手を伸ばす。

 まさか初日でペンションのアルバイトと変な関係になってしまうとは。
 佑から離れて一か月……だが、ニセコで過ごすのは正確にはあと三週間だ。

(無事に過ごせたらいいけど……)

 心の中で呟き、香澄は息を吸ってパクッとシーチキンの手巻き寿司に齧り付き、咀嚼しながら息をついた。





 秋成が食事を終えて席を立ち、ペンションに向かったあと、聡子が戻ってきた。

 久しぶりに叔母とゆっくり話し、東京の〝婚約者〟との生活も根掘り葉掘り聞かれる。

 佑の名前は出ないものの、真奈美も興味津々で聞きたがり、香澄はボロを出さないようにしながらも楽しく会話をした。





「香澄ちゃん、お風呂一番にどうぞ」

 食べ終わってアイスを食べてから、聡子に一番風呂を譲られた。

「え!? いいんですか?」

「いいのよー。おばさんもまだペンションで仕事あるし、私たちが夜に戻ってくるまで、三人とも入っちゃってちょうだい」

 そう言って玄関に向かう聡子に頭を下げ、香澄は和也と真奈美にも頭を下げる。

「じゃあ、お先にいただきます」
「温泉ですから、ゆっくり堪能してくださいね! ゆっくり!」

 真奈美が「ゆっくり」を強調する。
 香澄が風呂に入っている間、真奈美は和也と二人きりになれる。

 彼女の浮き足だった様子を見て思わず微笑ましくなり、香澄はゆっくり入ろうと思った。

 自室に上がってパジャマと下着を持ち、基礎化粧品やボディケア用品、シャンプー類も小さな籠に入れる。
 バスタオルは香澄用に買ってくれた物を、貸してもらえる事になっている。

 脱衣所前にあるホワイトボードの赤いマグネットを、『香澄』と書かれた先頭にポンと置いた。
 まるっきりの他人がいる場所で、遮る物はカーテン一枚というのは些か心許ないが、仕方がない。
 手早く脱いで脱衣カゴに服を入れると、バスタオルを載せる。

(温泉、楽しみだな)

 アコーディオンドアを開き、バスルームに入る。

 普通のユニットバスだが泉質は立派な温泉らしい。
 聡子が言うには〝美肌の湯〟らしく、ナトリウムが基本になっているようだ。

 シャワーを出して足元に掛けたあと、体がびっくりしないように徐々に上に掛けていく。
 流しながら手で体を撫でていると、お湯が普通のお湯よりもヌルッとしているのに気付いた。

(あ、ホントだ。肌がツルツルする……かも?)

 さすがの御劔邸でも、自宅に温泉はない。

 嬉しくなって香澄は全身に温泉シャワーを浴び、髪を洗ってヘアマスクを染みこませたあと、ヘアクリップで髪を留め体を洗う。

 シャボンのボディスクラブで角質を取ると、温泉で流したからかいつも以上に肌がツルツルしたように思える。
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