上 下
562 / 1,549
第十部・ニセコ 編

秋山の忠告

しおりを挟む
「べーだ。和也さんは絶対触っちゃダメ! ……私のなら触らせてあげなくもないけど」

 真奈美が恥じらいつつふざけて胸を反らすと、和也が呆れて突っ込んだ。

「あるかないかの胸を触っても楽しくないだろ、ばーか」
「ギリギリBあるもん!」

 二人のやり取りを聞きながら、香澄は真奈美の片思いをひしひしと感じて居たたまれなくなる。

 隙あらば会話を作ろうとして、時に自分をネタにしてでも和也の気を引こうとする。
 そんないじらしい想いがあるというのに、自分は先ほどまで何をされかけていたんだろう。

(もう二度と、二人きりになったら駄目だ。絶対逃げる!)

 まだ騒ぐ鼓動を落ち着かせ、香澄はあえて明るく話しかけた。

「真奈美さん。お出汁用の昆布、どこにあるか分かる?」
「さんづけしなくていいですって」

「じゃあ、真奈美ちゃん」
「は~い」

 真奈美は立ち上がり、台所のどこに何があるかという事を教えてくれる。

 うんうんと頷きつつチラッと和也を見ると、彼は窓の方を向いて体を伸ばしていた。



**



 その後、何事もなく夕食の支度ができ、香澄は秋成たちを呼びにペンションへ向かう。

 夜になるとさすが寒くて、アウターなしではいられない。
 と、ペンションから昼間に紹介された秋山が出てきて、車に向かおうとしていた。

「秋山さん。……でしたっけ」

 思わず声を掛け、香澄は会釈をする。

「ん」

 彼は立ち止まり、あまり表情の変わらない顔をこちらに向ける。

(何となく、マティアスさんに雰囲気が似てるな)

 そう思いながら、香澄は彼に食事ができたと伝える。

「手巻き寿司の準備ができましたよ」
「ああ、俺はこれから帰宅だ。まだ小さい子がいるから、なるべく夕食は家でとるようにしている」
「あっ、そうだ。地元からの通いなんでしたっけ。すみません!」

 和也の事があり、すっかり彼の情報が頭から抜けていた。

「いや、赤松さんの歓迎会だっていうのに、参加できなくてすまない。今日は一緒に祝えないが、歓迎する気持ちは十分ある。無礼を許してほしい」

「いえ、小さいお子さんがいるなら、奥さんも大変だと思いますし、お気にせず」

 逆に、家族を大切にする人なのだな、と思ってほっこりした。

「初日だが、馴染めているか? 偏見かもしれないが、体力を使う仕事はきついんじゃないか?」

 無愛想に見えても、秋山はきちんと香澄を気遣ってくれている。
 彼の親切に感謝し、香澄は微笑む。

「いいえ、普段しない事にチャレンジできて、思いっきり体を動かせて気持ちいいです。真奈美ちゃんも和也くんも……」

 そこまで言い、和也にされた事を思いだして言葉が不自然に途切れてしまった。

「何かあったか?」

 秋山は表情を変えないまま、静かに尋ねてくる。

「いいえ。皆さん親切にしてくれています」

 言い直した香澄を、秋山はしばらくジッと見つめていた。
 そして冷たい空気の中で白い息を吐き、足下の小石をジャリッと鳴らす。

「これは俺の想像だ。想像で勝手な事を言うから、聞き流してくれ」

 香澄はコクンと頷く。

「和也は一度企業に就職して、すぐに辞めてニセコへ来た。ポテンシャルは高いが、ややプライドが高い。ここで外国人相手に仕事をして、一旗揚げるきっかけを作ろうとしている」

 和也の事情を知らされ、香澄は無言で頷く。

「あの年頃は性欲が旺盛だ。さらにこの田舎の環境で性欲を持て余してもいる。たまに真奈美と一緒にいなくなる時があるが、仕事に支障をきたさないのならいいと思っている。……だが、それが〝お客さん〟である赤松さんに向かう事があるのは許されない」

 ギクッとする事を言われ、香澄は目を逸らした。

「気まずい話をしてすまない。ただ、世の中には衝動を御しきれない者もいる。一緒に働いている仲間がそうだとは言いたくない。しかし赤松さんのような綺麗で若い女性が来て、あいつが明らかに意識しているのも確かだ」

「え……っ」

 まさか意識していると他の者が知っていると思わず、香澄は声を漏らす。
 秋山は息をつき、夜空に浮かんでいる月を見上げた。

「俺が買い出しから戻ったあと、嬉しそうに話しかけてきた。興味津々という様子だった。赤松さんの婚約者の話もして、本当かどうかとも言っていた。来たばかりで何も起こっていないだろうが、あいつは真奈美と何かしらの関係を持っている若い男だ。それを踏まえた上で慎重に行動してほしい」

 何かならもう起こってしまっているが、秋山の忠告はありがたかった。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...