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第十部・ニセコ 編

レッドパイン

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「まず今日はゆっくりしていいよ。明日になったら、薪ストーブのつけ方とかを教えてあげよう」

「ありがとうございます。でもそんなに疲れていないので、少し休憩したら何か手伝います」

 初めは叔父と姪という体で話していたが、雇用主と従業員という関係になるので、言葉遣いを途中から改めていた。

「そうか? じゃあペンションのスタッフに挨拶をして、あとは和也くんの薪の手伝いでもしてあげてくれ」
「分かりました」

「俺は仕事があるから失礼するよ」
「はい」

 秋成が部屋から出て行くと、香澄はリュックを下ろしお茶のペットボトルをくぴくぴと飲む。

「はぁ……。じゃあ、まず荷物の整理から始めよっか」

 持ってきた荷物はそう多くないが、当面の洋服や日用品などを整理し始めた。





 母屋を出てピタリと足が止まる。

「あれ? 鍵はどうするんだろう?」

 そう思い、まだ外にいた和也に声を掛ける事にした。

「すみません」

 しかし声を掛けたのが後ろからなので、チェーンソーのブォォォォンという音に遮られ彼には届かない。
 香澄は和也の前に回り込み、もう一度「すみませぇん!」と呼びかけた。

「あ? はい!?」

 和也は視界に香澄の姿が入り、やっとチェーンソーを止め、ゴーグルを外す。

「お仕事中にすみません。母屋に人がいない時の鍵って、どうしたらいいですか?」

「ああ、今みたいに誰か外にいる時は、かけなくてもいいですよ。そのうちオーナーから合鍵をもらえると思うので、誰もいない時はそれで」

「分かりました。ありがとうございます」

 ペコッと会釈をすると、香澄はペンションにいる叔母ともう一人のアルバイトに挨拶に行こうとする。
 すると、後ろから和也に話しかけられた。

「あの!」
「はい?」

 振り向くと、彼がまじまじと香澄を見てくる。

「……あの、何か……?」

 小首を傾げると和也はハッと我に返り、少し声を潜めて尋ねてきた。

「香澄さんって呼んでいいですか?」
「ええ、はい」

「香澄さん、あの御劔佑の婚約者って本当ですか?」
「えっ……」

 まさか秋成が彼らに明かしていたとは思わず、香澄は言葉に詰まる。

「あ、いや。オーナーが『御劔佑の婚約者だから、変な気持ちを起こさないように』って冗談で言ってて。どこまで冗談なのかな? って思って……」

「あ、あー……。婚約者なのは本当、です」

 そう言ってしまってから、非常に恥ずかしくなる。

 今はすっぴんだし、ジーパンにパーカーという格好なので〝それっぽさ〟がまったくない。
 普段、少しお洒落をしている時でも、「果たして婚約者に見えるのかな?」と自信がなくなるのに、今の自分では他人に信じてもらうのは難しいだろう。

 和也はやはり無言で見つめてくるので、どんどん恥ずかしくなってしまう。

「す、すみません……。あの、聡子おばさんともう一人の方に挨拶をしてくるので……」

 言い訳をするように言ってから、香澄は会釈をしてペンションに駆け込んだ。





 玄関のドアを開くと、カランカランとドアベルが鳴る。

 すると「お帰りなさい」と若い女性の声がした。

「あ……」

 声がした方を見ると、広々としたロビーの奥にカウンターがあり、そこから若い女性が顔を覗かせていた。

 ロビーはやはり山小屋風で、吹き抜けになった天井にはシーリングファンがあり、小さな丸テーブルと椅子のセットが幾つかある。
 壁際の飾り棚には北海道らしい木彫りの熊やニポポ人形などが置かれ、あちこちに花も飾られているので心が和む。
 カーペットが敷かれた奥には薪ストーブがあり、オーディオセットからはゆったりとした音楽が流れていた。

 奥にあるカウンターの向こうはキッチンらしく、銀色の大鍋などがチラリと見える。
 さらに奥には食事用のテーブルが幾つも並んでいるのも見えた。

 壁には客室や手洗いなどの看板表記もあり、それも日本語と英語、ハングルに中国語と多岐にわたっていて、グローバルな客に対応していた。

 一通り中を見回していると、先ほど返事をした女性がやってきた。
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