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第十部・ニセコ 編

これからどうするの?

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「それで、こっちに来た?」

「……うん。一連の事で傷ついたのは確かだけど、あのまま東京の家にいたら、私はぬるま湯にふやけて、元の形に戻れなくなる気がした」

「女を駄目にする男だね」

 麻衣が小さく笑い、空になった容器をテーブルに置く。

 そんな麻衣が、「もしかしたら香澄を自立させたくなくて、意図的に甘やかしていたのかな」と邪推したのを香澄は知らない。

「心機一転、スタート地点に戻って初心を取り戻そうと思ったんだけど……」

「まぁ、まず凝り固まってた感情は解けたみたいだから、それは一個クリアにしておこっか」
「うん、ありがと」

 麻衣に向かって微笑むと、二人で泣いたのが照れくさかったのか、麻衣が笑いながら肩を叩いてきた。

 それからまじめにな顔になると、溜め息をつく。

「香澄は原西にされた事があって、自尊心がめちゃくちゃ低くなっちゃったんだね。知ってる限り、高校時代の香澄はもっと気軽に生きていた感じがするもん」

「うん、そうかもね」

 確かに、健二の事があって「自分は何をしても人に否定される」と思い込み、「誰も自分を褒めてくれない」と自分に言い聞かせたのは確かだ。

 八谷で働いている時は、健二から離れて自分の力で自己肯定感を上げられていた。

 だが大きなトラウマによって、香澄は自己主張をするのが苦手な女性になっていた。

 仕事ならば求められる事はできるものの、プライベートで個人の幸せをどれだけ積極的に求められるかと言えば、返事に窮する。

「結局、『あなたがそう望むなら、私はそうします』っていう、自分を押し殺して他人のために動いてしまうメンタルのまま、香澄はドイツの人たちにも蹂躙されてしまったんだと思う」

「ん……」

 返す返す、もっと自己主張しなければ、と思う。

「嫌だと思った時、もっとバシッと言えるようにならないと駄目だね。相手を傷つけるのが怖いとか、反抗したら怒られるとか、気にしすぎたら駄目だ」

 自分に言い聞かせるように呟くと、麻衣がトントンと背中を叩いてくる。

「もっとポジティブに、幸せ掴みにいこう!」
「うん!」

 意味もなく熱い抱擁と握手を交わし、笑い合う。

 ひとしきり笑ったあと、麻衣が尋ねてきた。

「これからどうするの?」

「叔父さんがやってるニセコのペンションあるでしょ? そこで泊まり込みで働かせてもらおうと思って」

 麻衣とは学生時代の長期休みに、叔父のペンションに泊まらせてもらった事があった。
 ログハウスでできた大きな建物で、周りを大自然に囲まれているのは勿論、温泉施設もあり、客室も他の設備も素晴らしい、素敵なところだ。

 それを思い出し、麻衣はパッと表情を明るくする。

「あー、英語話せるなら強いかもね。いいんじゃない? 自然に囲まれて働いたら、逞しくなれるかも。フィジカルもだけど、勿論メンタル的にも健康的になれると思うよ」

「うん。人が大勢いる所にいると、つい会社の事とか考えちゃう。喧噪から離れて、本当の私ってどうだったかな? 今後どうやって生きていきたいのかな? って自分を対話しながら暮らしてみようと思う」

 香澄の言葉を聞き、麻衣が頷く。

「そうだね。香澄は自分と向き合って、〝自分を大事にするとはどういう事か〟って考えた方がいいと思う」

「自分を大事に……か」

 口の中に残ったほろ苦いカラメルをお茶で流し込み、香澄はつぶやく。

「香澄はもっと我が儘になっていいと思うよ。やりたい事はやりたい、嫌なものは嫌、って他人を気にせずちゃんと言うの。自分に素直になってこそ、自分を大事にするって言うんじゃないかな。自分の気持ちに蓋をしたり、見ないふりをしていると、どんどん病んじゃうから」

「うん。麻衣の言う通りだと思う」

「一番気持ちを伝えたい人に、まず何でも言えるようにならないと」
「そっ……か……」

 親友の言葉を聞いて、納得がいった。

 今まで自分は、割と佑に言いたい事を言っていたつもりだった。
 けれど彼の過保護について「それは余計な事」とか「しなくていい」と強く突っぱねられなかったと思う。

 強く主張すれば、好意で何かをしてくれた佑を傷付けると思ったからだ。

「傷付けるって恐れて何も言えないのは、健康的な付き合いじゃないと思う。勿論、親しき仲にも礼儀ありだけどね。相手を思いやった上で、プラスの言葉もマイナスの言葉もすべて言い合えてこそ、だと思う。私たちみたいにね」

「――うん」

 最後の言葉で、ぐっと背中を押された。
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