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第十部・ニセコ 編
我慢しなくていいんだよ
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「私、すっごく怒っていても、誰かに強い感情をぶつけるの苦手なの。いい子ぶってるんじゃなくて、高ぶった感情をぶつける時、声も体も震えて凄く疲れるの。そもそも、その場で言い返せないんだよね。被害者なのに、つい『すみません』って言っちゃう」
「んー、香澄はそうだよね。私はその場で怒鳴っちゃうけど」
麻衣は「あはは!」と豪快に笑う。
そのあと、両手で湯飲み茶碗を包み、「あっち」と呟いてから言った。
「香澄がもうその人たちに、『もういいです』って言って、すっごい金額を受け取っちゃったなら、後からグチグチ言うのはルール上ナシなのかもしれない。でも、香澄には文句を言う権利はあるし、御劔さんを含め色んな人に甘える権利もあるよ?」
「権利……か」
その単語を呟き、口の中で転がす。
麻衣はもっと甘えて、我が儘になっていいと言ってくれている。
それでも香澄は被害者という権利を振りかざして、周囲の人を困らせたくない。
あの話し合いですべてが片付いたのなら、自分で言ったように、あとは己の心の中で決着をつけていくしかないと思っている。
だが麻衣は、香澄の気持ちを見透かしたように言葉を続けた。
「いま言った〝権利〟は我が儘じゃないからね? いい加減自分から声を上げて主張していかないと、誰にでも踏み荒らされちゃうよ。香澄が文句を言わないから、みんな舐めてかかってるんだよ? 御劔さんが側にいるから、守られてはいるんだと思う。でも御劔さんがいなかったら、香澄はもっとボロボロになっているんじゃないかな」
その言葉は少し胸にきた。
アドラーや双子、マティアスが自分を軽んじたとは思わない。
ただ、彼らには香澄より大事なものがあっただけだ。
「香澄、『悔しい』って思わないと駄目だからね? 自分を卑下して、『自分はこれでいいんです。こう扱われて当然です』って人にいいようにされるのをよしとしたら、絶対に駄目。悪い例えをするけど、家畜よりも酷い考え方だよ。家畜だって自分の死が近づいたら、必死に抵抗する。香澄は抵抗してないじゃない」
最後に麻衣は目を潤ませ、声を震わせる。
「…………っ」
親友が泣いた気配を感じ、香澄も思わずジワッと目の奥を熱くした。
麻衣は立ち上がり、テーブルを回り込むと香澄をギュッと抱き締めてきた。
「ごめんね。香澄を悪く言いたいんじゃない。でも私は、香澄が私の大事な親友を雑に扱ってるから、ちょっと怒ってる」
「雑……かな。私、人を不快にさせないように、傷つけないように必死に気を遣って生きてきた」
香澄の言葉を聞き、麻衣はブンブンと首を横に振る。
「私には雑に扱っているように見える。それに、人のためって何? 香澄は何のためにいきてるの? 誰かをおだてるため? 自分自身のために、大好きな御劔さんと家庭を築いて幸せになるためじゃないの?」
核心を突かれ、香澄はハッとする。
「いい? 他人なんて二の次でいいの。香澄を雑に扱ったその人たちは、一生を掛けて香澄に罪を購う必要がある。でもその他の普段関わらない友達や会社の人、知り合った人たちは、香澄の人生に責任なんて取らない。ただの人生の通りすがりのモブだよ? そんな人たちに気を遣わなくていいの。香澄が不愉快に思うなら、付き合わなきゃいいの」
バサッと切り捨てられ、親友の金言に涙が零れる。
澪も、会社の成瀬たちも、香澄の味方だ。
けれど麻衣ほど香澄を昔から知っていて、ここまで親身になってくれる人はいない。
(ここまで大切に私を思ってくれている麻衣を、悲しませたら駄目だ)
自分に言い聞かせ、香澄はズッと洟を啜る。
「誰かを怒って傷つけたくないとか、争いを見たくない気持ちは分かる。あんたは自分より他人を気遣っちゃうよね。……でもね、駄目だよ……っ」
香澄を抱き締めていた麻衣の声が歪み、涙声になる。
「女の子がね、好きな人がいるのに、他の男に裸にされて、未遂でもそんな事をされて……、怖くないはずがないでしょ! 周りは男ばっかりだから気付かないかもしれないけど、女の子にとって、とてもショックな事なんだからね!?」
自分を見つめる麻衣の目から、ボロボロと涙が零れた。
「……ぅ……っ」
麻衣の涙を見て、つられて香澄もボロッと涙を零す。
「我慢しなくていいんだよ? すっごく怖かったって、大きな声で泣いていいの。私の前でまで〝いい子〟でいなくていいんだから。怖いなら怖い、悔しいなら悔しいで、思いっきり泣いていいんだよ。香澄にはその権利があるの!」
「……うー……っ」
「泣いていい」と言われ、背中をトントンと叩かれ、封じていた香澄の感情がとうとう決壊した。
「うぅうーっ、う……っ、う、……うっ……、こわ、――かった」
「うん。もっと言っていいよ。全部言っちゃえ」
全身がブルブルと震え、嗚咽が止まらない。
麻衣の浴衣の肩を涙で濡らし、何度も洟を啜る。
「んー、香澄はそうだよね。私はその場で怒鳴っちゃうけど」
麻衣は「あはは!」と豪快に笑う。
そのあと、両手で湯飲み茶碗を包み、「あっち」と呟いてから言った。
「香澄がもうその人たちに、『もういいです』って言って、すっごい金額を受け取っちゃったなら、後からグチグチ言うのはルール上ナシなのかもしれない。でも、香澄には文句を言う権利はあるし、御劔さんを含め色んな人に甘える権利もあるよ?」
「権利……か」
その単語を呟き、口の中で転がす。
麻衣はもっと甘えて、我が儘になっていいと言ってくれている。
それでも香澄は被害者という権利を振りかざして、周囲の人を困らせたくない。
あの話し合いですべてが片付いたのなら、自分で言ったように、あとは己の心の中で決着をつけていくしかないと思っている。
だが麻衣は、香澄の気持ちを見透かしたように言葉を続けた。
「いま言った〝権利〟は我が儘じゃないからね? いい加減自分から声を上げて主張していかないと、誰にでも踏み荒らされちゃうよ。香澄が文句を言わないから、みんな舐めてかかってるんだよ? 御劔さんが側にいるから、守られてはいるんだと思う。でも御劔さんがいなかったら、香澄はもっとボロボロになっているんじゃないかな」
その言葉は少し胸にきた。
アドラーや双子、マティアスが自分を軽んじたとは思わない。
ただ、彼らには香澄より大事なものがあっただけだ。
「香澄、『悔しい』って思わないと駄目だからね? 自分を卑下して、『自分はこれでいいんです。こう扱われて当然です』って人にいいようにされるのをよしとしたら、絶対に駄目。悪い例えをするけど、家畜よりも酷い考え方だよ。家畜だって自分の死が近づいたら、必死に抵抗する。香澄は抵抗してないじゃない」
最後に麻衣は目を潤ませ、声を震わせる。
「…………っ」
親友が泣いた気配を感じ、香澄も思わずジワッと目の奥を熱くした。
麻衣は立ち上がり、テーブルを回り込むと香澄をギュッと抱き締めてきた。
「ごめんね。香澄を悪く言いたいんじゃない。でも私は、香澄が私の大事な親友を雑に扱ってるから、ちょっと怒ってる」
「雑……かな。私、人を不快にさせないように、傷つけないように必死に気を遣って生きてきた」
香澄の言葉を聞き、麻衣はブンブンと首を横に振る。
「私には雑に扱っているように見える。それに、人のためって何? 香澄は何のためにいきてるの? 誰かをおだてるため? 自分自身のために、大好きな御劔さんと家庭を築いて幸せになるためじゃないの?」
核心を突かれ、香澄はハッとする。
「いい? 他人なんて二の次でいいの。香澄を雑に扱ったその人たちは、一生を掛けて香澄に罪を購う必要がある。でもその他の普段関わらない友達や会社の人、知り合った人たちは、香澄の人生に責任なんて取らない。ただの人生の通りすがりのモブだよ? そんな人たちに気を遣わなくていいの。香澄が不愉快に思うなら、付き合わなきゃいいの」
バサッと切り捨てられ、親友の金言に涙が零れる。
澪も、会社の成瀬たちも、香澄の味方だ。
けれど麻衣ほど香澄を昔から知っていて、ここまで親身になってくれる人はいない。
(ここまで大切に私を思ってくれている麻衣を、悲しませたら駄目だ)
自分に言い聞かせ、香澄はズッと洟を啜る。
「誰かを怒って傷つけたくないとか、争いを見たくない気持ちは分かる。あんたは自分より他人を気遣っちゃうよね。……でもね、駄目だよ……っ」
香澄を抱き締めていた麻衣の声が歪み、涙声になる。
「女の子がね、好きな人がいるのに、他の男に裸にされて、未遂でもそんな事をされて……、怖くないはずがないでしょ! 周りは男ばっかりだから気付かないかもしれないけど、女の子にとって、とてもショックな事なんだからね!?」
自分を見つめる麻衣の目から、ボロボロと涙が零れた。
「……ぅ……っ」
麻衣の涙を見て、つられて香澄もボロッと涙を零す。
「我慢しなくていいんだよ? すっごく怖かったって、大きな声で泣いていいの。私の前でまで〝いい子〟でいなくていいんだから。怖いなら怖い、悔しいなら悔しいで、思いっきり泣いていいんだよ。香澄にはその権利があるの!」
「……うー……っ」
「泣いていい」と言われ、背中をトントンと叩かれ、封じていた香澄の感情がとうとう決壊した。
「うぅうーっ、う……っ、う、……うっ……、こわ、――かった」
「うん。もっと言っていいよ。全部言っちゃえ」
全身がブルブルと震え、嗚咽が止まらない。
麻衣の浴衣の肩を涙で濡らし、何度も洟を啜る。
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