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第十部・ニセコ 編
転ばぬ先の杖
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いずれ婚約指輪を買って大々的に婚約発表をすれば、香澄が注目されるのはたやすく想像できる。
「しかし、嫉妬させるために浮気するのはナシだわ。俺でも間違いなく切るね」
「……まったく……」
昔の直視したくない思い出がまざまざと蘇り、佑は眉間に皺を寄せる。
それから救いを求めるように、スマホを開くと『香澄フォルダ』をスクロールしていく。
(あぁ……、可愛い……)
すっぴんのままテレビを見ている横顔。
彼女の部屋を訪れて、着替え中だったというラッキースケベの瞬間。
室内ジムでストレッチをしている姿。
キッチンに立ち、少し目を伏せて味付けを確認している顔。
ベッドの中、体中にキスマークをつけられ眠っている姿。
仰向けになっても質量のある胸を見ると、写真だというのに触りたくて堪らなくなる。
佑は脚を上げて胡座をかき、別れの朝に取った動画をエンドレスで見る。
そんな彼を呆れたように見ながら、出雲は新しく注文したらしい熱燗を飲む。
「……希美ちゃんの事があったから、俺はお前がいきなり札幌から女の子を連れてきて同棲し始めたって聞いて、耳を疑ったよ。あれだけ失敗したのに、自宅に引きずり込んだ子がまたハズレだったら、目も当てられなくなるぞ、ってな」
動画の香澄はときおりこちらを見て、照れくさそうに笑っている。
彼女を見ていると、胸の中で湧き起こった黒い感情がスッと晴れていく。
動画を見ながらも、佑は香澄と出会った時の事を思いだし微笑んだ。
「俺だって自分の女運のなさを理解していたけど、ピンときたんだ。というか、初対面で『この子と結婚するかも』と思った」
「はぁーん……。ビビッときたのか」
出雲が昔からの言い回しを口にし、ニヤニヤ笑う。
「そうだよ、運命の女だ」
だが佑は堂々と言い切り、もう一度動画の再生ボタンをタップする。
香澄が食器を洗っている姿を見つめながら、もし希美が香澄の存在を知ったら……と考えて背筋を微かに震わせる。
「このままだと香澄の存在を彼女に知られて、面倒な事になるかもしれない。そうなる前に、手を回せて彼女を海外にやると思う」
「いいんじゃないか?」
「現在は恐らく好感度も下がって干されている状態だろうから、海外のクライアントに相談して、良さそうな仕事の枠をもらう。外国をベースに活躍できるとなったら、俺の事よりもそちら中心に物事を考えていくだろう」
「あー、いいかもね。随分優しい手段だけど」
ほんの少し揶揄する言われ方をされ、佑はチラッと出雲を見る。
「勿論、香澄に危害を加えようとするなら容赦はしない。だが今はそうなる〝前〟だ。なるべくまたメディアの餌になるような出来事は起こさず、穏便に済ませるさ」
「確かに、そっちの方が賢いやり方だ」
ニッと笑ったあと、出雲は猪口に残っていた酒をクイッと飲み干し、話題を変える。
「そのうち、香澄ちゃんを連れてうちに遊びに来てくれよな。彼女みたいないい子だったら、美鈴も気に入るだろうし」
出雲の妻である彼女を思いだし、佑は微笑する。
ハキハキとして姉御肌な彼女は、出雲と会話をしていると打てば響くという感じで、一緒にいて楽しい。
きっと香澄を見ても、可愛がってくれるに違いない。
あわよくば、少しぼんやりしている彼女に、経営者の妻となる女性の自覚などを教えてくれるかもしれない。
香澄は自己評価がとても低い人だが、通りすがる男どもを見れば獲物を狙うハイエナのような顔をしている。
自分ではしっかりしているつもりでも、佑から見ればまだまだだ。
「美鈴さんに、ノーをハッキリ言える女性になれるよう、教え込んでもらおうかな」
「ははっ、あいつが〝先生〟になったら余計な事まで教えそうだな」
笑う出雲につられて笑顔になりながらも、佑はニセコにいる香澄と会えるまでの日数を心の中で数えて、溜め息をついた。
**
一方、温泉にいる香澄は夕食前に麻衣と一緒に、個室露天風呂に浸かった。
胸がやたら育っただの、肌が異常にすべすべで気持ちいいだの言われ、触られまくり、二人でキャアキャア言いながらはしゃいだ。
風呂上がりは持ってきたボディケア用の化粧水と、ジョン・アルクールのボディクリームを麻衣にも塗ってあげ、二人でブラックベリーのいい香りに包まれた。
そのあと館内にあるレストランに向かい、個室でコース仕立ての懐石料理に舌鼓を打つ。
「香澄、いい匂いするなーって思ったら、ボディクリームを使ってたんだね。やっぱりお手入れしてるのかぁ」
先付から順番に料理が出され、巨大な焼きタラバが出される頃には二人ともすでに満腹になっていた。
それでも元を取ってやると懸命にカニと格闘する。
「しかし、嫉妬させるために浮気するのはナシだわ。俺でも間違いなく切るね」
「……まったく……」
昔の直視したくない思い出がまざまざと蘇り、佑は眉間に皺を寄せる。
それから救いを求めるように、スマホを開くと『香澄フォルダ』をスクロールしていく。
(あぁ……、可愛い……)
すっぴんのままテレビを見ている横顔。
彼女の部屋を訪れて、着替え中だったというラッキースケベの瞬間。
室内ジムでストレッチをしている姿。
キッチンに立ち、少し目を伏せて味付けを確認している顔。
ベッドの中、体中にキスマークをつけられ眠っている姿。
仰向けになっても質量のある胸を見ると、写真だというのに触りたくて堪らなくなる。
佑は脚を上げて胡座をかき、別れの朝に取った動画をエンドレスで見る。
そんな彼を呆れたように見ながら、出雲は新しく注文したらしい熱燗を飲む。
「……希美ちゃんの事があったから、俺はお前がいきなり札幌から女の子を連れてきて同棲し始めたって聞いて、耳を疑ったよ。あれだけ失敗したのに、自宅に引きずり込んだ子がまたハズレだったら、目も当てられなくなるぞ、ってな」
動画の香澄はときおりこちらを見て、照れくさそうに笑っている。
彼女を見ていると、胸の中で湧き起こった黒い感情がスッと晴れていく。
動画を見ながらも、佑は香澄と出会った時の事を思いだし微笑んだ。
「俺だって自分の女運のなさを理解していたけど、ピンときたんだ。というか、初対面で『この子と結婚するかも』と思った」
「はぁーん……。ビビッときたのか」
出雲が昔からの言い回しを口にし、ニヤニヤ笑う。
「そうだよ、運命の女だ」
だが佑は堂々と言い切り、もう一度動画の再生ボタンをタップする。
香澄が食器を洗っている姿を見つめながら、もし希美が香澄の存在を知ったら……と考えて背筋を微かに震わせる。
「このままだと香澄の存在を彼女に知られて、面倒な事になるかもしれない。そうなる前に、手を回せて彼女を海外にやると思う」
「いいんじゃないか?」
「現在は恐らく好感度も下がって干されている状態だろうから、海外のクライアントに相談して、良さそうな仕事の枠をもらう。外国をベースに活躍できるとなったら、俺の事よりもそちら中心に物事を考えていくだろう」
「あー、いいかもね。随分優しい手段だけど」
ほんの少し揶揄する言われ方をされ、佑はチラッと出雲を見る。
「勿論、香澄に危害を加えようとするなら容赦はしない。だが今はそうなる〝前〟だ。なるべくまたメディアの餌になるような出来事は起こさず、穏便に済ませるさ」
「確かに、そっちの方が賢いやり方だ」
ニッと笑ったあと、出雲は猪口に残っていた酒をクイッと飲み干し、話題を変える。
「そのうち、香澄ちゃんを連れてうちに遊びに来てくれよな。彼女みたいないい子だったら、美鈴も気に入るだろうし」
出雲の妻である彼女を思いだし、佑は微笑する。
ハキハキとして姉御肌な彼女は、出雲と会話をしていると打てば響くという感じで、一緒にいて楽しい。
きっと香澄を見ても、可愛がってくれるに違いない。
あわよくば、少しぼんやりしている彼女に、経営者の妻となる女性の自覚などを教えてくれるかもしれない。
香澄は自己評価がとても低い人だが、通りすがる男どもを見れば獲物を狙うハイエナのような顔をしている。
自分ではしっかりしているつもりでも、佑から見ればまだまだだ。
「美鈴さんに、ノーをハッキリ言える女性になれるよう、教え込んでもらおうかな」
「ははっ、あいつが〝先生〟になったら余計な事まで教えそうだな」
笑う出雲につられて笑顔になりながらも、佑はニセコにいる香澄と会えるまでの日数を心の中で数えて、溜め息をついた。
**
一方、温泉にいる香澄は夕食前に麻衣と一緒に、個室露天風呂に浸かった。
胸がやたら育っただの、肌が異常にすべすべで気持ちいいだの言われ、触られまくり、二人でキャアキャア言いながらはしゃいだ。
風呂上がりは持ってきたボディケア用の化粧水と、ジョン・アルクールのボディクリームを麻衣にも塗ってあげ、二人でブラックベリーのいい香りに包まれた。
そのあと館内にあるレストランに向かい、個室でコース仕立ての懐石料理に舌鼓を打つ。
「香澄、いい匂いするなーって思ったら、ボディクリームを使ってたんだね。やっぱりお手入れしてるのかぁ」
先付から順番に料理が出され、巨大な焼きタラバが出される頃には二人ともすでに満腹になっていた。
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