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第十部・ニセコ 編

希美

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「あの……っ、会いたかったの! ずっと連絡取れなくて、私、悪かったなって思ってたんだけど、佑さんに連絡取れなくて」

 どこか常軌を逸した雰囲気に、佑の胸は嫌な音をたてて軋む。

 彼女とはちゃんと別れ話をし、「さようなら」をして連絡先も削除した。

 かれこれ、五年前の事だ。

 佑は電話帳にない連絡先からの電話には、基本的に出ない。
 だから連絡が取れなくて当たり前なのだが――。

「希美(のぞみ)さん、あなたと別れたはずです。もうこういう風に触るのはやめてください。婚約者に誤解されます」

 やんわりとNOZOMI――希美の腕を振り払うと、彼女は傷ついた顔をする。

「私が嫉妬したのがいけなかったんだよね? もうあんな事しないから。全部佑さんの言う事を聞くから。だから、そんな他人行儀な話し方はやめて」

 心を病んだような様子に、佑は臍をかむ。
 助けを求めて叶恵を見ても、彼女もどうしようもないという表情だ。

「すみません。俺とあなたはもう無関係です。私的な場所で声を掛けるのはやめてください」

 キッパリと告げて佑は踵を返し、出雲がいる個室に向かった。

 その途中、蘇るのは五年前の希美との付き合いだ。



**



『御劔社長、もし良かったら一緒にお食事でもどうですか?』

 彼女に声を掛けられたのは、仕事で撮影があり現場に赴いてチェックをし、会社に戻ろうとした時だった。

 当時の佑は二十七歳、希美は二十四歳だった。

 彼女を起用したのは、モデルを探している時に評判が良かったので「それじゃあ頼んでみようか」という事になったからだ。

 佑は打ち合わせの現場にも、なるべく足を運ぶ。
 新作のパンフレットを作るための進行は、勿論専門の部署が中心になって動いている。
 しかしChief Everyは佑が〝顔〟を務めるブランドでもあるので、責任者として仕上がりなども逐一チェックしていた。

 一仕事終えて帰ろうとした時、その希美に声を掛けられたのだ。

 このような事は、今まで数え切れないほどあった。

 美形の経営者で、金持ちでクォーター、母方の家柄はあのクラウザー社の創業者一族。
 お腹一杯になるほどの付加価値を持った彼を、周囲の女性が放っておくはずがない。

 今までだって覚えていないほど誘われたし、〝これ〟も例に漏れず同じだと佑は判断した。

『申し訳ないのですが、生憎多忙でして』

 微笑んでやんわり断ろうとしたが、彼女は一歩前に進み距離を詰めてきた。
 そして佑を見つめ、真剣な、思い詰めた顔で告げる。

『ずっとあなたに片思いをしてきました。付き合ってください……は突然なので、もし機会を頂けたら私のプレゼンをします。それで駄目だったら諦めます』

 あまりに直球な賭けに出た彼女に、佑は思わず笑みを漏らした。

『……挑戦的な女性は嫌いではありません』

 彼女の言う通り、一度食事をして断ればそれで済む。
 向こうも諦めてくれるのなら、一度ぐらい……と思った。
 佑は名刺を出し、裏にコネクターナウのIDを書くいて希美に渡した。

『時間を空けられそうな時、ご連絡します。では』

 佑は会釈をして、松井と共にスタジオを後にした。





 佑が希美と食事をしたのは、それから一週間後の週末だった。

 週末に特に深い意味はなく、平日は色々と仕事があり単純に忙しかったのだ。

 彼女と会うのに指定したのは、今まで一度も訪れた事のない個室のあるレストランだった。

 いつどうなるか分からないのに、大切な馴染みの店を知られたくない。
 ひどい考えだが、佑だって自分の憩いの場を守りたいと思う気持ちはあった。

『今日はお時間をありがとうございます』

 希美はシンプルな服装ながらも、シースルーのトップスに、マーメイドスカートで嫌みにならない程度のセクシーさを放っていた。
 その塩梅も見事なものだな、と佑は内心褒める。

 会話をしながらの食事は、意外と楽しい時間となった。
 希美は明るくて機転が利き、会話をしていて面白い。

 業界の女性特有の噂話もしないし、自分の身の回りであった楽しい話をユーモアを交えて話してくれ、ついつい何度も笑ってしまったほどだ。

 その時はすっかり「一緒にいて楽しい人だな」と思っていた。

 だから希美が『付き合ってください』と真剣に告白して頭を下げてきたのを、断る理由はないのでは……と思い、承諾してしまった。
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