541 / 1,544
第十部・ニセコ 編
希美
しおりを挟む
「あの……っ、会いたかったの! ずっと連絡取れなくて、私、悪かったなって思ってたんだけど、佑さんに連絡取れなくて」
どこか常軌を逸した雰囲気に、佑の胸は嫌な音をたてて軋む。
彼女とはちゃんと別れ話をし、「さようなら」をして連絡先も削除した。
かれこれ、五年前の事だ。
佑は電話帳にない連絡先からの電話には、基本的に出ない。
だから連絡が取れなくて当たり前なのだが――。
「希美(のぞみ)さん、あなたと別れたはずです。もうこういう風に触るのはやめてください。婚約者に誤解されます」
やんわりとNOZOMI――希美の腕を振り払うと、彼女は傷ついた顔をする。
「私が嫉妬したのがいけなかったんだよね? もうあんな事しないから。全部佑さんの言う事を聞くから。だから、そんな他人行儀な話し方はやめて」
心を病んだような様子に、佑は臍をかむ。
助けを求めて叶恵を見ても、彼女もどうしようもないという表情だ。
「すみません。俺とあなたはもう無関係です。私的な場所で声を掛けるのはやめてください」
キッパリと告げて佑は踵を返し、出雲がいる個室に向かった。
その途中、蘇るのは五年前の希美との付き合いだ。
**
『御劔社長、もし良かったら一緒にお食事でもどうですか?』
彼女に声を掛けられたのは、仕事で撮影があり現場に赴いてチェックをし、会社に戻ろうとした時だった。
当時の佑は二十七歳、希美は二十四歳だった。
彼女を起用したのは、モデルを探している時に評判が良かったので「それじゃあ頼んでみようか」という事になったからだ。
佑は打ち合わせの現場にも、なるべく足を運ぶ。
新作のパンフレットを作るための進行は、勿論専門の部署が中心になって動いている。
しかしChief Everyは佑が〝顔〟を務めるブランドでもあるので、責任者として仕上がりなども逐一チェックしていた。
一仕事終えて帰ろうとした時、その希美に声を掛けられたのだ。
このような事は、今まで数え切れないほどあった。
美形の経営者で、金持ちでクォーター、母方の家柄はあのクラウザー社の創業者一族。
お腹一杯になるほどの付加価値を持った彼を、周囲の女性が放っておくはずがない。
今までだって覚えていないほど誘われたし、〝これ〟も例に漏れず同じだと佑は判断した。
『申し訳ないのですが、生憎多忙でして』
微笑んでやんわり断ろうとしたが、彼女は一歩前に進み距離を詰めてきた。
そして佑を見つめ、真剣な、思い詰めた顔で告げる。
『ずっとあなたに片思いをしてきました。付き合ってください……は突然なので、もし機会を頂けたら私のプレゼンをします。それで駄目だったら諦めます』
あまりに直球な賭けに出た彼女に、佑は思わず笑みを漏らした。
『……挑戦的な女性は嫌いではありません』
彼女の言う通り、一度食事をして断ればそれで済む。
向こうも諦めてくれるのなら、一度ぐらい……と思った。
佑は名刺を出し、裏にコネクターナウのIDを書くいて希美に渡した。
『時間を空けられそうな時、ご連絡します。では』
佑は会釈をして、松井と共にスタジオを後にした。
佑が希美と食事をしたのは、それから一週間後の週末だった。
週末に特に深い意味はなく、平日は色々と仕事があり単純に忙しかったのだ。
彼女と会うのに指定したのは、今まで一度も訪れた事のない個室のあるレストランだった。
いつどうなるか分からないのに、大切な馴染みの店を知られたくない。
ひどい考えだが、佑だって自分の憩いの場を守りたいと思う気持ちはあった。
『今日はお時間をありがとうございます』
希美はシンプルな服装ながらも、シースルーのトップスに、マーメイドスカートで嫌みにならない程度のセクシーさを放っていた。
その塩梅も見事なものだな、と佑は内心褒める。
会話をしながらの食事は、意外と楽しい時間となった。
希美は明るくて機転が利き、会話をしていて面白い。
業界の女性特有の噂話もしないし、自分の身の回りであった楽しい話をユーモアを交えて話してくれ、ついつい何度も笑ってしまったほどだ。
その時はすっかり「一緒にいて楽しい人だな」と思っていた。
だから希美が『付き合ってください』と真剣に告白して頭を下げてきたのを、断る理由はないのでは……と思い、承諾してしまった。
どこか常軌を逸した雰囲気に、佑の胸は嫌な音をたてて軋む。
彼女とはちゃんと別れ話をし、「さようなら」をして連絡先も削除した。
かれこれ、五年前の事だ。
佑は電話帳にない連絡先からの電話には、基本的に出ない。
だから連絡が取れなくて当たり前なのだが――。
「希美(のぞみ)さん、あなたと別れたはずです。もうこういう風に触るのはやめてください。婚約者に誤解されます」
やんわりとNOZOMI――希美の腕を振り払うと、彼女は傷ついた顔をする。
「私が嫉妬したのがいけなかったんだよね? もうあんな事しないから。全部佑さんの言う事を聞くから。だから、そんな他人行儀な話し方はやめて」
心を病んだような様子に、佑は臍をかむ。
助けを求めて叶恵を見ても、彼女もどうしようもないという表情だ。
「すみません。俺とあなたはもう無関係です。私的な場所で声を掛けるのはやめてください」
キッパリと告げて佑は踵を返し、出雲がいる個室に向かった。
その途中、蘇るのは五年前の希美との付き合いだ。
**
『御劔社長、もし良かったら一緒にお食事でもどうですか?』
彼女に声を掛けられたのは、仕事で撮影があり現場に赴いてチェックをし、会社に戻ろうとした時だった。
当時の佑は二十七歳、希美は二十四歳だった。
彼女を起用したのは、モデルを探している時に評判が良かったので「それじゃあ頼んでみようか」という事になったからだ。
佑は打ち合わせの現場にも、なるべく足を運ぶ。
新作のパンフレットを作るための進行は、勿論専門の部署が中心になって動いている。
しかしChief Everyは佑が〝顔〟を務めるブランドでもあるので、責任者として仕上がりなども逐一チェックしていた。
一仕事終えて帰ろうとした時、その希美に声を掛けられたのだ。
このような事は、今まで数え切れないほどあった。
美形の経営者で、金持ちでクォーター、母方の家柄はあのクラウザー社の創業者一族。
お腹一杯になるほどの付加価値を持った彼を、周囲の女性が放っておくはずがない。
今までだって覚えていないほど誘われたし、〝これ〟も例に漏れず同じだと佑は判断した。
『申し訳ないのですが、生憎多忙でして』
微笑んでやんわり断ろうとしたが、彼女は一歩前に進み距離を詰めてきた。
そして佑を見つめ、真剣な、思い詰めた顔で告げる。
『ずっとあなたに片思いをしてきました。付き合ってください……は突然なので、もし機会を頂けたら私のプレゼンをします。それで駄目だったら諦めます』
あまりに直球な賭けに出た彼女に、佑は思わず笑みを漏らした。
『……挑戦的な女性は嫌いではありません』
彼女の言う通り、一度食事をして断ればそれで済む。
向こうも諦めてくれるのなら、一度ぐらい……と思った。
佑は名刺を出し、裏にコネクターナウのIDを書くいて希美に渡した。
『時間を空けられそうな時、ご連絡します。では』
佑は会釈をして、松井と共にスタジオを後にした。
佑が希美と食事をしたのは、それから一週間後の週末だった。
週末に特に深い意味はなく、平日は色々と仕事があり単純に忙しかったのだ。
彼女と会うのに指定したのは、今まで一度も訪れた事のない個室のあるレストランだった。
いつどうなるか分からないのに、大切な馴染みの店を知られたくない。
ひどい考えだが、佑だって自分の憩いの場を守りたいと思う気持ちはあった。
『今日はお時間をありがとうございます』
希美はシンプルな服装ながらも、シースルーのトップスに、マーメイドスカートで嫌みにならない程度のセクシーさを放っていた。
その塩梅も見事なものだな、と佑は内心褒める。
会話をしながらの食事は、意外と楽しい時間となった。
希美は明るくて機転が利き、会話をしていて面白い。
業界の女性特有の噂話もしないし、自分の身の回りであった楽しい話をユーモアを交えて話してくれ、ついつい何度も笑ってしまったほどだ。
その時はすっかり「一緒にいて楽しい人だな」と思っていた。
だから希美が『付き合ってください』と真剣に告白して頭を下げてきたのを、断る理由はないのでは……と思い、承諾してしまった。
21
お気に入りに追加
2,511
あなたにおすすめの小説
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。
エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。
地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。
しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。
突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。
社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。
そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。
喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。
それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……?
⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎
長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
可愛いあの子は。
ましろ
恋愛
本当に好きだった。貴方に相応しい令嬢になる為にずっと努力してきたのにっ…!
第三王子であるディーン様とは政略的な婚約だったけれど、穏やかに少しずつ思いを重ねて来たつもりでした。
一人の転入生の存在がすべてを変えていくとは思わなかったのです…。
(11月5日、タグを少し変更しました)
(11月12日、短編から長編に変更しました)
✻ゆるふわ設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる