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第十部・ニセコ 編
男二人の会話
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「そりゃそうだ。人生に安泰なんてないさ。子供が生まれたら心配するだろ? もし次女の子だったら、悪い虫がつかないか心配するだろ?」
「……美鈴さん、第一子もうそろそろだっけ」
「ああ、十一月の予定だ」
「……香澄と同じ誕生月だな」
不意に佑は、「その時にはちゃんと仲良くお祝いができているのだろうか?」と不安になる。
「キザっぽいけど、大きなバラの花束とか用意してみたらどうだ? それとも、香澄ちゃんは贔屓のアーティストとかいないのか? そういうのいるんだったら、メディアのツテを利用するとか……」
「花束は検討するが……。アーティストは……」
佑は香澄の音楽の趣味を思い出し、そう言えばミーハーな事を言わないなと思った。
テレビに人気若手俳優が出ても、美青年アイドルが出ても、特に何も言わない。
美人女優が出た時に、「この女優さん綺麗だよね」と言う程度だ。
「……興味がない……かな。あまりミーハーな子ではない気がする。いつも聴いてる曲もクラシックだし」
佑はアーティストからもらったCDや、音楽ディスクを沢山持っている。
しかし申し訳ないが話題を作るために一度視聴する程度で、流行のアーティストだからといってありがたがってはいない。
香澄も流行の曲であるとか、誰の曲とか、すぐピンとこないタチだ。
二人は趣味が似ていて、御劔邸では二人の好きなクラシック曲がかかっている。
聞けば香澄は学生時代までピアノを習っていたらしい。
御劔邸には二千万円を超えるグランドピアノがある。
佑は幼少期にアンネの教育で、ピアノとヴァイオリンが弾けるよう育てられた。
だが高級ピアノを買ったはいいものの、なかなか弾く機会はなく、調律師に「たまには弾いてあげてくださいよ」と言われているほどだ。
香澄がピアノ経験者だと聞き、佑は勿論「弾いてくれ」と期待して言った。
だが彼女は高級グランドピアノを前に怖じ気づき、一度も弾いてくれない。
斎藤の話では佑が不在の時だけ、気が向いた時に弾いているらしい。
彼女の演奏を聴きたくて堪らず、佑はいつかピアノの部屋に隠しカメラでも仕込もうとすら思っていた。
「香澄ちゃんはクラシック畑かぁ。俺の妻はアイドルに〝推し〟がいて、〝推し〟の話をされるたびに心がモヤモヤする」
出雲が漫然としない表情でぼやき、キムチを口に入れる。
「香澄はそういうのがいないから安心……かな」
彼女の事を考えると、札幌でいま誰と一緒にいるのだろう? と不安で堪らなくなる。
実家で過ごしてくれていればいいのだが、香澄の性格上、引きこもりっぱなしとは思えない。
彼女の事を考えていたというのに、出雲が意地悪を言ってくる。
「どうかな? ファン意識のない子ほど、誘惑する男がいたら案外コロッといって、どこまでも堕ちていくかも」
「――――」
すると佑は凍り付きそうな目で出雲を睨んだ。
こうなると分かっているならからかわなければいいのに、出雲は慌てて顔の前に手を立て、謝罪の意を示す。
「すまん。悪かった。言い過ぎた。……香澄ちゃんに〝推し〟がいないのが羨ましかったんだよ……」
素直に謝った出雲に溜め息をついた佑は、ドリンクメニューを広げ次に頼む物を吟味する。
「約束はやっぱり守るべきだよな。一か月待つって言ったら、きっかり一か月経ってからじゃないと、向こうに行く資格ないよな」
「そりゃあまぁ、約束したんならな。でも見つからないならちょっと偵察するぐらい、いいんじゃないか? 一か月の大半ぐらいは約束を守るべきだけど、迎えに行く数日前に北海道行くぐらいなら、別にいいだろ」
「……かなぁ」
やはりハイボールにしようと思い、佑は店員を呼ぶためにボタンを押した。
「俺もジョッキもう一杯頼むわ」
「ああ」
自分も冷麺を頼もうかな、と思いながらも、佑の視線はスマホを気にしてしまう。
連絡がないと分かっていても、どうにも気になる。
「……北海道っていい男いるのかな。やっぱり同郷の男の方がいいんだろうか」
「おいー……。ネガティブやめろって。今、彼女の相手はお前なんだろ? 心配なのは分かるけどさ、こうパーッと……女の子のいる店とか……」
「行かない」
「だよなぁ。俺もあんまりだ」
励まそうとしてくれる出雲の気持ちは嬉しいのだが、どうしても男同士で励ますとなるとそういう話にいきがちだ。
「……ちょっとトイレ」
佑はさりげなくスマホをポケットに入れ、立ち上がると個室を出た。
「……美鈴さん、第一子もうそろそろだっけ」
「ああ、十一月の予定だ」
「……香澄と同じ誕生月だな」
不意に佑は、「その時にはちゃんと仲良くお祝いができているのだろうか?」と不安になる。
「キザっぽいけど、大きなバラの花束とか用意してみたらどうだ? それとも、香澄ちゃんは贔屓のアーティストとかいないのか? そういうのいるんだったら、メディアのツテを利用するとか……」
「花束は検討するが……。アーティストは……」
佑は香澄の音楽の趣味を思い出し、そう言えばミーハーな事を言わないなと思った。
テレビに人気若手俳優が出ても、美青年アイドルが出ても、特に何も言わない。
美人女優が出た時に、「この女優さん綺麗だよね」と言う程度だ。
「……興味がない……かな。あまりミーハーな子ではない気がする。いつも聴いてる曲もクラシックだし」
佑はアーティストからもらったCDや、音楽ディスクを沢山持っている。
しかし申し訳ないが話題を作るために一度視聴する程度で、流行のアーティストだからといってありがたがってはいない。
香澄も流行の曲であるとか、誰の曲とか、すぐピンとこないタチだ。
二人は趣味が似ていて、御劔邸では二人の好きなクラシック曲がかかっている。
聞けば香澄は学生時代までピアノを習っていたらしい。
御劔邸には二千万円を超えるグランドピアノがある。
佑は幼少期にアンネの教育で、ピアノとヴァイオリンが弾けるよう育てられた。
だが高級ピアノを買ったはいいものの、なかなか弾く機会はなく、調律師に「たまには弾いてあげてくださいよ」と言われているほどだ。
香澄がピアノ経験者だと聞き、佑は勿論「弾いてくれ」と期待して言った。
だが彼女は高級グランドピアノを前に怖じ気づき、一度も弾いてくれない。
斎藤の話では佑が不在の時だけ、気が向いた時に弾いているらしい。
彼女の演奏を聴きたくて堪らず、佑はいつかピアノの部屋に隠しカメラでも仕込もうとすら思っていた。
「香澄ちゃんはクラシック畑かぁ。俺の妻はアイドルに〝推し〟がいて、〝推し〟の話をされるたびに心がモヤモヤする」
出雲が漫然としない表情でぼやき、キムチを口に入れる。
「香澄はそういうのがいないから安心……かな」
彼女の事を考えると、札幌でいま誰と一緒にいるのだろう? と不安で堪らなくなる。
実家で過ごしてくれていればいいのだが、香澄の性格上、引きこもりっぱなしとは思えない。
彼女の事を考えていたというのに、出雲が意地悪を言ってくる。
「どうかな? ファン意識のない子ほど、誘惑する男がいたら案外コロッといって、どこまでも堕ちていくかも」
「――――」
すると佑は凍り付きそうな目で出雲を睨んだ。
こうなると分かっているならからかわなければいいのに、出雲は慌てて顔の前に手を立て、謝罪の意を示す。
「すまん。悪かった。言い過ぎた。……香澄ちゃんに〝推し〟がいないのが羨ましかったんだよ……」
素直に謝った出雲に溜め息をついた佑は、ドリンクメニューを広げ次に頼む物を吟味する。
「約束はやっぱり守るべきだよな。一か月待つって言ったら、きっかり一か月経ってからじゃないと、向こうに行く資格ないよな」
「そりゃあまぁ、約束したんならな。でも見つからないならちょっと偵察するぐらい、いいんじゃないか? 一か月の大半ぐらいは約束を守るべきだけど、迎えに行く数日前に北海道行くぐらいなら、別にいいだろ」
「……かなぁ」
やはりハイボールにしようと思い、佑は店員を呼ぶためにボタンを押した。
「俺もジョッキもう一杯頼むわ」
「ああ」
自分も冷麺を頼もうかな、と思いながらも、佑の視線はスマホを気にしてしまう。
連絡がないと分かっていても、どうにも気になる。
「……北海道っていい男いるのかな。やっぱり同郷の男の方がいいんだろうか」
「おいー……。ネガティブやめろって。今、彼女の相手はお前なんだろ? 心配なのは分かるけどさ、こうパーッと……女の子のいる店とか……」
「行かない」
「だよなぁ。俺もあんまりだ」
励まそうとしてくれる出雲の気持ちは嬉しいのだが、どうしても男同士で励ますとなるとそういう話にいきがちだ。
「……ちょっとトイレ」
佑はさりげなくスマホをポケットに入れ、立ち上がると個室を出た。
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