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第十部・ニセコ 編

ぬくもり温泉 ふる里

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 七階に着くと、エレベーターを降りた目の前にはベンチや生け花、チョロチョロと流れる水瓶がある。

「こちら、左手側が特別フロアにお泊まりになるお客様のみが使える、ラウンジになっております」

 フロアの左手に向かうと、天井から床までガラス張りになり、定山渓を一望できるラウンジがあった。

 席はゆったりとしたソファやハンギングチェア、木でできた温かみのある椅子などで、それぞれ三つのグループが楽しめるよう、棚や観葉植物などでさりげなく仕切りができていた。
 入り口近くには無料で楽しめる飲み物やちょっとしたおつまみがあり、夜になると酒類の提供があり、朝には焼きたてパンも出されるようだ。
 細長い空間の一番奥には、屋外で足湯を楽しめる場所もある。

 そのあと部屋に案内され、二人は思わず歓声を上げた。

「わぁ……! 豪華!」
「すごーい!」

 パッと開けたリビングは、ソファとテレビがあり、畳敷きのスペースもある。
 暖簾をくぐった小さな空間は、まるで書斎のようになっていて小さな机があった。
 リビングには音楽を楽しむための機器もあり、床から少しくぼんだ所には色とりどりのクッションが置かれ、家族で泊まった時に子供が喜びそうな場所になっていた。

 引き戸の向こうにはベッドルームがあり、ローベッドが二つ並んでいる。
 洗面所は大きな鏡と洗面ボウルが二つあり、手洗いとシャワーがあった。

「こちら、階段の上には露天風呂がありますので、どうぞお楽しみください」

 言われてらせん階段を上がっていくと、こぢんまりとした脱衣所にタオル類がたっぷり置かれ、なぜかランプもある。

「このランプは夜間に使って頂きますと、幻想的になります」

 言われてなるほど、と思った。

 ドアを開けて外に出ると、ホカホカと湯気を立てている掛け流しの露天風呂がある。
 その横にはハンモックがあり、目隠しの垣根の向こうは広々とした定山渓の景色が広がっていた。

 部屋の案内を受け、夕食の時刻を確認したあとスタッフは去っていった。

「やっぱりベッドだと安心だよね。あはは、現代人!」

 そんな事を言いながら、香澄はソファに座ってくぴくぴとお茶を飲む。

「温泉いつにする? ご飯の前? あと?」
「あはは。麻衣、新妻みたい!」

「もー。香澄だって御劔さんに毎日やってるんでしょ?」
「んー……」

「ん? ホレ、白状せい。甘い物あげるから」

 麻衣が『マザーズファーム』で買ったシュークリームを出し、「ホレホレ」と香澄に差し出してくる。

「ううーっ。……シュ、シュークリーム……」

 香澄は芝居がかった表情で手を伸ばし、シュークリームを欲する。

「何もかも白状するか? それならば渡してしんぜよう」
「し、します……。だ、だから……シュークリームを……っ」

 苦しむふりをする香澄の手にポンとシュークリームが置かれ、二人は顔を見合わせると大笑いする。

「んー……。なんかね、勿体ないぐらい愛されてる……と思うよ」

 クリームが溢れないように逆さにしたシュークリームに、ぱく、と一口かぶりつく。

「ふぅん? 良かったじゃん」

 麻衣もソファにリラックスした姿勢で座り、シュークリームを食べつつ頷く。

「でもね、今回こっちに来た理由は、あんまりにも大事にされすぎてるな、と思って」

 その言葉に、麻衣は不可解そうに首を傾げる。

「なんで? 嫌なの? 一方的な見方で悪いけど、大富豪の婚約者になって、それ以上の幸せはないように思えるけど」

「うーん、そうだよね……。そう見えるよね」

 口の中の甘さをゆっくり味わい、香澄は何度も頷く。

「まぁ、だからこその苦労があるのも察するけど」

 理解してくれる麻衣に感謝しながら、香澄は言葉を探しつつ伝える。

「うん……。まず、ね。嫌じゃないの。それだけはハッキリしてる。とってもありがたいし、ありがたすぎて申し訳ないぐらい」

「そうだろうね。香澄ならそう言うと思ってる。……想像だけど、こうやって『大切にされすぎてる』って距離を取ったっていう事は、かなり過保護なんじゃない?」

 見透かされ、思わず笑う。

「過保護ってお母さんにも言われたな。……佑さんね、もし私が『何かしたい』って望んだら、何でも叶えてくれるの。あんまりにも痒い所に手が届きすぎて、最近はちょっと〝普通〟の感覚が分からなくなってきてる。佑さんにあんまり甘えすぎると、自分が嫌な人間になるんじゃ……って怖くなっちゃう」

「嫌な人間って?」

 目を瞬かせる麻衣に、香澄はもう一口シュークリームを囓ってから答える。
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