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第十部・ニセコ 編
息抜きする彼女、ため息をつく彼
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支払いはそれぞれ済まし、また麻衣の車に乗り込む。
そのまままっすぐ北一条・宮の沢通りを進むと、もう少しで円山公園が見えてくる地点の右側に、『マザーズファーム』がある。
小さめの店舗には玉子から、鶏肉関係の食品、正面にはシュークリームやプリン、ロールケーキが入った冷蔵ショーケースがある。
「まずソフトクリーム食べちゃおう」
二人してそれぞれバニラのソフトクリームを買い、店内にあるベンチに座ってペロペロ舐める。
北海道銘菓の『コイズ』のソフトクリームはとても滑らかで絹のようだが、『マザーズファーム』のソフトクリームは少しザラザラしている所が気に入っている。
「うん、間違いない」
「東京だったら美味しい物が沢山あるんじゃない?」
「うーん、あるんだろうけど、広いしお店は沢山あるしで、逆に分からなくなるんだよね。ネットで情報拾おうとしてもそれこそ沢山あるし。まだまだ東京に馴染めてないわぁ……」
「ふふふ、秘書なんでしょ? 情報は知ってこそじゃないの? 社長のためにいい感じのお店とか予約したりするんでしょ?」
「うん、それもそうなんだけど、松井さんっていう大先輩がいて、社長がよく使うお店とかは教えてもらったんだよね」
「あー、なるほど……。御劔社長の秘書なら、すっごい切れ者そう」
「それがね、松井さん凄いんだよ」
そこからなぜか松井がいかに仕事ができるかという話になり、香澄は熱弁を振るう。
一緒に河野の話もしたが、彼についてはまだ未知数なところが多く、ほんの少し苦手意識があるのも否めないままだ。
ソフトクリームを食べ終えてしまうと、温泉で食べる用にシュークリームとプリンを買った。
また車に乗り、ちょっとリップを直して今度こそ南区の定山渓に向けて走る。
カーステレオからは二人が高校生の頃に流行ったJポップスが流れ、カラオケ大会になりながら楽しい道のりとなった。
**
時は遡り、香澄が北海道に戻った月曜日の夜。
「……ただいま」
誰もいないと分かっている家に向かって、佑は玄関でそう言ってみる。
『おかえりなさい。タスクさん』
返ってくるのは、フェリシアの機械的な声のみだ。
そのまま玄関で棒立ちになって待ってみても、誰の声もしない。
溜め息をつき、佑はのろのろと靴を脱いでリビングに向かった。
不意にダイニングのテーブルにメモ紙があるのに気づき、手に持っていた物をすべて床に手放し駆け寄る。
『いってきます 香澄』
たった一言だが、香澄からのメッセージがある。
「……香澄」
名前を呟いただけで堪らない。
今日一日何度もスマホを見たが、香澄からの連絡はない。
ポケットからスマホを取り出し、朝に撮ったツーショット写真を開いて溜め息をつく。
「……ちゃんとしないと怒られるな」
溜め息混じりに言い、「ちゃんとしないと」という言葉とは裏腹に、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
普段はそれほど家でビールを飲まないが、ストックはある。
プシッとプルタブを引き、無表情で缶を傾けた。
日本で一番美味しいと有名なメーカーだが、今はただ喉を通り抜ける炭酸にしか思えない。
何も考えずぼんやりとしたまま手と喉を動かし、気が付くと一缶空いていた。
「……もうなくなったのか」
カン、とテーブルの上に空き缶を置き、無感情な声で呟く。
視線を冷蔵庫にやってもう一缶飲もうかと思ったが、よくない兆候だと思いやめておいた。明日も普通に仕事がある。
「……彼女は俺の元に居続けるために、出掛けて行ったんだから」
呟いて、スーツが皺になるのも構わずソファに横になった。
「……香澄」
手を伸ばしても、触れる体はない。握り返してくれる手もない。
ここに彼女は――いない。
「……一か月……か」
ポケットからスマホを取りだし、カレンダーアプリを開く。
今日、九月二十四日からまるまる三十一日後が、来月の十月二十四日木曜日だ。
その日ばかりは平日でも時間を空けてもらうか、北海道に行く仕事を見つけてもらうか、今から色々考えている。
そのまままっすぐ北一条・宮の沢通りを進むと、もう少しで円山公園が見えてくる地点の右側に、『マザーズファーム』がある。
小さめの店舗には玉子から、鶏肉関係の食品、正面にはシュークリームやプリン、ロールケーキが入った冷蔵ショーケースがある。
「まずソフトクリーム食べちゃおう」
二人してそれぞれバニラのソフトクリームを買い、店内にあるベンチに座ってペロペロ舐める。
北海道銘菓の『コイズ』のソフトクリームはとても滑らかで絹のようだが、『マザーズファーム』のソフトクリームは少しザラザラしている所が気に入っている。
「うん、間違いない」
「東京だったら美味しい物が沢山あるんじゃない?」
「うーん、あるんだろうけど、広いしお店は沢山あるしで、逆に分からなくなるんだよね。ネットで情報拾おうとしてもそれこそ沢山あるし。まだまだ東京に馴染めてないわぁ……」
「ふふふ、秘書なんでしょ? 情報は知ってこそじゃないの? 社長のためにいい感じのお店とか予約したりするんでしょ?」
「うん、それもそうなんだけど、松井さんっていう大先輩がいて、社長がよく使うお店とかは教えてもらったんだよね」
「あー、なるほど……。御劔社長の秘書なら、すっごい切れ者そう」
「それがね、松井さん凄いんだよ」
そこからなぜか松井がいかに仕事ができるかという話になり、香澄は熱弁を振るう。
一緒に河野の話もしたが、彼についてはまだ未知数なところが多く、ほんの少し苦手意識があるのも否めないままだ。
ソフトクリームを食べ終えてしまうと、温泉で食べる用にシュークリームとプリンを買った。
また車に乗り、ちょっとリップを直して今度こそ南区の定山渓に向けて走る。
カーステレオからは二人が高校生の頃に流行ったJポップスが流れ、カラオケ大会になりながら楽しい道のりとなった。
**
時は遡り、香澄が北海道に戻った月曜日の夜。
「……ただいま」
誰もいないと分かっている家に向かって、佑は玄関でそう言ってみる。
『おかえりなさい。タスクさん』
返ってくるのは、フェリシアの機械的な声のみだ。
そのまま玄関で棒立ちになって待ってみても、誰の声もしない。
溜め息をつき、佑はのろのろと靴を脱いでリビングに向かった。
不意にダイニングのテーブルにメモ紙があるのに気づき、手に持っていた物をすべて床に手放し駆け寄る。
『いってきます 香澄』
たった一言だが、香澄からのメッセージがある。
「……香澄」
名前を呟いただけで堪らない。
今日一日何度もスマホを見たが、香澄からの連絡はない。
ポケットからスマホを取り出し、朝に撮ったツーショット写真を開いて溜め息をつく。
「……ちゃんとしないと怒られるな」
溜め息混じりに言い、「ちゃんとしないと」という言葉とは裏腹に、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
普段はそれほど家でビールを飲まないが、ストックはある。
プシッとプルタブを引き、無表情で缶を傾けた。
日本で一番美味しいと有名なメーカーだが、今はただ喉を通り抜ける炭酸にしか思えない。
何も考えずぼんやりとしたまま手と喉を動かし、気が付くと一缶空いていた。
「……もうなくなったのか」
カン、とテーブルの上に空き缶を置き、無感情な声で呟く。
視線を冷蔵庫にやってもう一缶飲もうかと思ったが、よくない兆候だと思いやめておいた。明日も普通に仕事がある。
「……彼女は俺の元に居続けるために、出掛けて行ったんだから」
呟いて、スーツが皺になるのも構わずソファに横になった。
「……香澄」
手を伸ばしても、触れる体はない。握り返してくれる手もない。
ここに彼女は――いない。
「……一か月……か」
ポケットからスマホを取りだし、カレンダーアプリを開く。
今日、九月二十四日からまるまる三十一日後が、来月の十月二十四日木曜日だ。
その日ばかりは平日でも時間を空けてもらうか、北海道に行く仕事を見つけてもらうか、今から色々考えている。
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