上 下
524 / 1,549
第十部・ニセコ 編

北海道でなすべき事

しおりを挟む
『いつまでこっちいるの?』
「んー、一か月くらいは。ちょっと長いお休みをもらったの」

『いいなぁ。じゃあさ、今週の土日使って定山渓の温泉に泊まりに行かない? 女子会して、お酒でもゆっくり飲みながら話そうよ』

 定山渓とは、札幌市の南区にある温泉地区だ。

「大賛成! 私、良さそうなところ探して押さえておこうか? あとで予算教えて」
『分かった! 土曜日にランチしてから私の車でホテル向かおう』

「私、ラーメン食べたい!」
『あはは! 分かった! それも香澄の行きたいお店見繕っておいて?』

「うん、分かった。ありがとう!」

 親友と会える約束を取り、香澄は嬉しくて堪らない。

 そのあとも共通の友人の近況などを話していたが、麻衣は明日も普通に会社があるので、早めに通話を切り上げておいた。

 アプリを開いて『土日楽しみにしているね』と語尾にハートマークつきでメッセージを送り、キャラクターが投げキッスをしているスタンプを送る。
 すぐに既読がつき、麻衣からも『私も!』とキャラクターが盛り上がって、ハイテンションになっている動くスタンプが送られてきた。

 スタンプの動きのコミカルさに香澄はケラケラと笑い、自分のベッドに仰向けになる。

「…………いいのかな」

 今頃、佑は出迎える者のいない家に戻っているだろう。
 彼の寂しさと引き換えに、こんな楽しい気持ちになっていていいんだろうか。

 自然に手が動き、今朝撮ったばかりのツーショット写真を画面に映す。

「……佑さん」

 彼の名を呟いたが、それ以上写真を見ていると恋しくなりそうで、慌ててスマホを閉じた。

「……療養期間なんだから。……彼から離れて、心の栄養をたっぷり取る時なの」

 自分に言い訳をし、香澄はハァ……と溜め息をついた。

 随分ガランとしてしまった香澄の部屋は、大学を卒業してからここから巣立った事を示している。
 西区にある実家と、中央区にあった香澄の住処は車で移動すればすぐの距離だが、独り立ちした子供の距離だとも思っている。

 特に「就職したら家を出なさい」と言われていた訳ではない。
 学生のうちに母から料理や家事のあれこれを教わっていたので、就職する頃には自分から「一人暮らしをしたい」と思うようになっていた。

 八谷に就職したあとは、札幌を離れなければいけなかった。

 八谷グループの店舗がある他の地方都市を転々とし、店長業務を続けてその成績が良いところに目を付けてもらい、エリアマネージャーに昇格した。
 希望の勤務地を尋ねられ、それで生まれ故郷の札幌を希望したのだ。

 その頃にはある程度貯金もできていたので、中央区にあるやや家賃の高い賃貸マンションを住処にできた。

 最初こそ、数年ぶりに娘が札幌に戻ってきて、近くに住んでいる娘の世話を焼こうと、母が頻繁に訪れていた。
 けれどそのうち、香澄が一人でも立派にやれていると分かると、その頻度も低くなっていった。

 この部屋にいると、自分がのし上がる事ができたという自身が湧き起こる。

 あのまま八谷にいれば、いずれ東京の本社に異動となっていたかもしれない。
 だが香澄は佑の手を取ってしまった。

 紆余曲折あり今がある。一度外れてしまった道には、もう戻れない。
 何より心から愛する人を見つけ、その人の手を離すつもりもない。

「……随分、遠くに来ちゃったなぁ」

 スタート地点に寝転びながら、心はとても遠いところにある。
 とはいえ、今は療養期間なので札幌で何をするかを考えるべきだ。

(最初の一週間は、まず札幌を満喫しよう。見たい映画を見て、普段着る用の服も少し買い足そう。それから麻衣と女子会をする。……二週目から何か行動を起こさなくちゃ)

「……そうだ」

 不意にある事に思い至り、香澄は飛び起きた。
 部屋を出て「おかーさーん」と呼びながら、階段を下りる。

「どうしたの?」

 昼間録画した海外ドラマを見ている栄子に、香澄は自分の思いつきを話した。

「ねぇ、お父さんの弟の秋成(あきなり)叔父さんって、ニセコで夫婦でペンションやってたよね? それ、お手伝いいらない? 私、英語話せるしドイツ語もいける。一か月こっちで、何かしたいの」

 せっかくの休みだというのに働こうとする娘を見て、両親は顔を見合わせる。

 ニセコは現在海外からの土地の買い手が増え、自然の豊かさに惹かれて外国人が住んでいる事でも有名だ。
 もしかすれば、言葉を話せる事で叔父の役に立てるかもしれない。

 このまま札幌でグズグズと実家で過ごすのではなく、それこそ初心に戻ってアルバイトのような形で働いたら、きっと自立心が育っていくのではないだろうかと思ったのだ。
しおりを挟む
感想 556

あなたにおすすめの小説

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

処理中です...