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第九部・贖罪 編
私の苦しみは、私だけのものだ
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佑の好意は嬉しい。
彼は香澄のためにならない事をしない、すべて善意と好意からなのも分かっている。
だが香澄の人生において、今は非常に重要な局面だと思っている。
挫折といってもいい状態まで追い込まれ、どうやって立ち直るかに掛かっていた。
そこで「つらいから助けて」と簡単に佑に頼ってしまっては、何にもならない。
それでは、成長できない人間になってしまう。
つらいからこそ、何でもできる佑に救いを求めてはいけないのだ。
佑がいれば、香澄の苦境は他の人よりずっと乗り越えるに易しいものとなるだろう。
だが生きていく上で障害となるものを、簡単に取り払ってもらえる人生は、甘美ながらも味気ないと分かっている。
香澄だって苦しい思いはしたくない。
泣いた時の悲しさや悔しさはなるべく味わいたくないし、できるならいつも笑って楽しく過ごしたい。
それでも、これだけはハッキリ言える。
――私の苦しみは、私だけのものだ。
心の中で結論を出し、自分の傲慢さにあきれ果てる。
「…………っ」
気が付けば、香澄はボロボロと涙を流していた。
嗚咽を漏らしてしまいそうなのを必死に堪え、ルームウェアの袖でグイッと目を擦る。
歯を食いしばり、リビングに一歩踏み入った。
「……佑さん」
香澄の呼びかけに、佑がノロノロと顔を上げる。
彼らしくなく目がうつろで、いささか顔が青白い。
「ごめんね」
――どうして謝る事しかできないんだろう。
――彼にはたくさん、たくさん、感謝を言いたいのに。
――最後くらい、笑顔でちゃんと感謝を伝えないと。
そう思い直し、香澄は努めて笑顔を作る。
「ううん、……私の我が儘を聞いてくれて、ありがとう」
彼の隣に座り、香澄は両手で佑の手を握った。
佑はぼんやりとした顔で香澄を見て――彼女の頬に手をやる。
何度も愛しんだ輪郭をそっとなぞり、宝石でも扱うかのように優しく優しく指を這わせた。
「……本当に行くのか」
「一か月だけだよ。私もその間に、しっかり回復するから。会社も休みっぱなしでごめんなさい」
軽く笑うと、佑も唇だけ不器用に曲げる。
「しっかり休んで直して、一か月後、佑さんがまだ私を雇ってくれるというのなら、復帰させてください!」
元気よくハキハキと伝えると、佑の目にも少し光が戻った。
「また俺の秘書になってくれる?」
「社長がお望みなら」
ニコッと微笑みかけた瞬間、力強い腕に引き寄せられ彼にすっぽりと抱き締められていた。
「……好きだ」
耳元で熱く囁かれ、背中に指が食い込む。
「――――好きなんだ。好きだ。…………絶対、帰ってきてくれ」
熱烈な愛の告白に、無理矢理引っ込めたはずの涙がまた滲んでしまう。
「必ずここに帰ってくるから。佑さんが求めてくれる限り、私は戻ってくるよ」
「――結婚、するんだ。……絶対に」
香澄を抱き締めた佑が、彼女の肩口で熱く震えた声で囁く。
「するよ。私たちは絶対に結ばれる。いい夫婦になって、お爺ちゃんとお婆ちゃんになるまで、一緒に仲良く暮らすんだよ」
広い背中に手を回し、香澄も彼のTシャツに顔を押しつけ涙を拭っていた。
この広い世界の隅で、二人だけしっかりと抱き合い、息を潜めているようだ。
「……愛してる」
佑が顔を上げ、――涙を流した顔でまっすぐ香澄を見据える。
何より愛しい彼の顔を見て、香澄も泣き濡れた顔でクシャッと笑った。
「私も愛してるよ」
「浮気したら絶対に許さない」
「しないよ」
「…………香澄は自分の魅力を分かっていないんだ」
はぁ、と溜め息をつき、佑は乱暴に手で目元をこすって軽く香澄を睨む。
「佑さんも浮気したらやだからね?」
「絶対にしない。香澄以外に興味を持てない」
拗ねたように言う佑を、香澄は微笑んで見つめる。
彼の髪をよしよしと撫で、最後の夜は幸せな気持ちで寝ようと提案した。
彼は香澄のためにならない事をしない、すべて善意と好意からなのも分かっている。
だが香澄の人生において、今は非常に重要な局面だと思っている。
挫折といってもいい状態まで追い込まれ、どうやって立ち直るかに掛かっていた。
そこで「つらいから助けて」と簡単に佑に頼ってしまっては、何にもならない。
それでは、成長できない人間になってしまう。
つらいからこそ、何でもできる佑に救いを求めてはいけないのだ。
佑がいれば、香澄の苦境は他の人よりずっと乗り越えるに易しいものとなるだろう。
だが生きていく上で障害となるものを、簡単に取り払ってもらえる人生は、甘美ながらも味気ないと分かっている。
香澄だって苦しい思いはしたくない。
泣いた時の悲しさや悔しさはなるべく味わいたくないし、できるならいつも笑って楽しく過ごしたい。
それでも、これだけはハッキリ言える。
――私の苦しみは、私だけのものだ。
心の中で結論を出し、自分の傲慢さにあきれ果てる。
「…………っ」
気が付けば、香澄はボロボロと涙を流していた。
嗚咽を漏らしてしまいそうなのを必死に堪え、ルームウェアの袖でグイッと目を擦る。
歯を食いしばり、リビングに一歩踏み入った。
「……佑さん」
香澄の呼びかけに、佑がノロノロと顔を上げる。
彼らしくなく目がうつろで、いささか顔が青白い。
「ごめんね」
――どうして謝る事しかできないんだろう。
――彼にはたくさん、たくさん、感謝を言いたいのに。
――最後くらい、笑顔でちゃんと感謝を伝えないと。
そう思い直し、香澄は努めて笑顔を作る。
「ううん、……私の我が儘を聞いてくれて、ありがとう」
彼の隣に座り、香澄は両手で佑の手を握った。
佑はぼんやりとした顔で香澄を見て――彼女の頬に手をやる。
何度も愛しんだ輪郭をそっとなぞり、宝石でも扱うかのように優しく優しく指を這わせた。
「……本当に行くのか」
「一か月だけだよ。私もその間に、しっかり回復するから。会社も休みっぱなしでごめんなさい」
軽く笑うと、佑も唇だけ不器用に曲げる。
「しっかり休んで直して、一か月後、佑さんがまだ私を雇ってくれるというのなら、復帰させてください!」
元気よくハキハキと伝えると、佑の目にも少し光が戻った。
「また俺の秘書になってくれる?」
「社長がお望みなら」
ニコッと微笑みかけた瞬間、力強い腕に引き寄せられ彼にすっぽりと抱き締められていた。
「……好きだ」
耳元で熱く囁かれ、背中に指が食い込む。
「――――好きなんだ。好きだ。…………絶対、帰ってきてくれ」
熱烈な愛の告白に、無理矢理引っ込めたはずの涙がまた滲んでしまう。
「必ずここに帰ってくるから。佑さんが求めてくれる限り、私は戻ってくるよ」
「――結婚、するんだ。……絶対に」
香澄を抱き締めた佑が、彼女の肩口で熱く震えた声で囁く。
「するよ。私たちは絶対に結ばれる。いい夫婦になって、お爺ちゃんとお婆ちゃんになるまで、一緒に仲良く暮らすんだよ」
広い背中に手を回し、香澄も彼のTシャツに顔を押しつけ涙を拭っていた。
この広い世界の隅で、二人だけしっかりと抱き合い、息を潜めているようだ。
「……愛してる」
佑が顔を上げ、――涙を流した顔でまっすぐ香澄を見据える。
何より愛しい彼の顔を見て、香澄も泣き濡れた顔でクシャッと笑った。
「私も愛してるよ」
「浮気したら絶対に許さない」
「しないよ」
「…………香澄は自分の魅力を分かっていないんだ」
はぁ、と溜め息をつき、佑は乱暴に手で目元をこすって軽く香澄を睨む。
「佑さんも浮気したらやだからね?」
「絶対にしない。香澄以外に興味を持てない」
拗ねたように言う佑を、香澄は微笑んで見つめる。
彼の髪をよしよしと撫で、最後の夜は幸せな気持ちで寝ようと提案した。
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