516 / 1,549
第九部・贖罪 編
彼の小さな背中
しおりを挟む
理解してもらえたと香澄は安堵し、さらに二、三歩後ろに歩く。
夕焼けの浜辺というシチュエーションで、香澄は「青春だなぁ」と我ながら思いつつ、双子にエールを送った。
「幸せになってくださいね!」
満面の笑みを浮かべた香澄に言われ、双子は虚を突かれたようにポカンとし、――それから破顔した。
そのあとは香澄と双子のデートは終了し、五人で夕食をとった。
双子とマティアスは明日の朝にプライベートジェットでドイツに戻るらしく、あまり遅くならないようにと別れた。
「またね」と双子とハグをしたあと、遠慮しているマティアスに向かって香澄は握手を求める。
彼は一瞬驚いた顔をしたが、「いいのか?」と尋ねたあとおずおずと香澄の手を握る。
『マティアスさんも、どうか幸せになってください』
『……あんたはいい女だな、カスミ』
そんな別れをしてから、香澄は佑と一緒に御劔邸に戻った。
**
車の中で二人は沈黙し、佑が香澄の手を握ってくる。
だが気持ちが迷子になっている香澄は何も応えられず、ただ窓の外を見ていた。
家に入っても香澄は何を言っていいか分からず、「着替えるね」と言って自室に戻った。
ルームウェアに着替えて洗面所でメイクを落とし、そのまま一人で二階のバスルームに入ってしまう。
軽くシャワーを浴びて汗を流すと、リビングには向かわず部屋でパソコンを開いた。
新千歳空港行きのチケットが取れるか見ていると、午前十時半にいつも使っている航空会社の便があったので、それをポチッとクリックした。
チケットの手配は秘書業務で慣れており、そのあと自分のカードで支払いを済ませてしまうと、「ふぅ」と溜め息をつく。
「実家に帰るんだし、荷物もなるべく軽くしよう」
呟いて、明日持って行く物を整理し始めた。
少し考えて、ボストンバッグに着替えと下着類を入れる。
あとは普段使っているメイク道具と、スマホや充電関係。
財布の中身もチェックして、自分で稼いだ金で利用できるクレジットカードのみお供とする。あとは通帳や印鑑、充電器などだ。
支度が済むと、「明日か……」と呟く。
家の中から物音が聞こえないが、佑は何をしているのだろうか。
顔を合わせて話をするには、ばつが悪い。
それでも彼に対して申し訳ない事をするのは確かで、別れる前日の夜ぐらいはちゃんと話しておきたい。
嫌な雰囲気になったまま一か月……というのは、香澄にとってもつらい。
ルームウェアのポケットにスマホを入れ、香澄は覚悟を決めてリビングに下りていった。
静かに階段を下りたあと、リビングの入り口で香澄は足を止めた。
Tシャツにジーンズ姿になった佑が、リビングのソファで背中を丸め、項垂れて座っている。
その姿に、ズキン……と胸の奥に深い痛みが走った。
いつもなら背筋を伸ばし堂々としている佑の、こんな小さくなっている姿を見た事がない。
――私のせいだ。
そう思い、グラグラと心が揺れ動く。
自意識過剰かもしれないが、このままだと自分が彼をもっと駄目にしてしまうかもしれない。
佑にとって自分が大切な存在だと思うのは、厚かましいと分かっている。
それでも彼がこうして落ち込む理由は、十中八九自分のせいだ。
我が儘を言って距離を取りたいと言ったから、彼は落ち込む羽目になった。
どうしたらいいか分からず、それでも、ここまでして自分を想ってくれる佑の想いこそ、香澄がつらいと思っている理由であった。
佑が側いれば、すぐ駆けつけて助けてくれる。
香澄が少しでも「つらい」と言って涙を流せば、どんな手を使ってでも泣き止ませ、障害となるものを排除するだろう。
――飯山たちを解雇したように。
それに慣れてしまってはいけない。
夕焼けの浜辺というシチュエーションで、香澄は「青春だなぁ」と我ながら思いつつ、双子にエールを送った。
「幸せになってくださいね!」
満面の笑みを浮かべた香澄に言われ、双子は虚を突かれたようにポカンとし、――それから破顔した。
そのあとは香澄と双子のデートは終了し、五人で夕食をとった。
双子とマティアスは明日の朝にプライベートジェットでドイツに戻るらしく、あまり遅くならないようにと別れた。
「またね」と双子とハグをしたあと、遠慮しているマティアスに向かって香澄は握手を求める。
彼は一瞬驚いた顔をしたが、「いいのか?」と尋ねたあとおずおずと香澄の手を握る。
『マティアスさんも、どうか幸せになってください』
『……あんたはいい女だな、カスミ』
そんな別れをしてから、香澄は佑と一緒に御劔邸に戻った。
**
車の中で二人は沈黙し、佑が香澄の手を握ってくる。
だが気持ちが迷子になっている香澄は何も応えられず、ただ窓の外を見ていた。
家に入っても香澄は何を言っていいか分からず、「着替えるね」と言って自室に戻った。
ルームウェアに着替えて洗面所でメイクを落とし、そのまま一人で二階のバスルームに入ってしまう。
軽くシャワーを浴びて汗を流すと、リビングには向かわず部屋でパソコンを開いた。
新千歳空港行きのチケットが取れるか見ていると、午前十時半にいつも使っている航空会社の便があったので、それをポチッとクリックした。
チケットの手配は秘書業務で慣れており、そのあと自分のカードで支払いを済ませてしまうと、「ふぅ」と溜め息をつく。
「実家に帰るんだし、荷物もなるべく軽くしよう」
呟いて、明日持って行く物を整理し始めた。
少し考えて、ボストンバッグに着替えと下着類を入れる。
あとは普段使っているメイク道具と、スマホや充電関係。
財布の中身もチェックして、自分で稼いだ金で利用できるクレジットカードのみお供とする。あとは通帳や印鑑、充電器などだ。
支度が済むと、「明日か……」と呟く。
家の中から物音が聞こえないが、佑は何をしているのだろうか。
顔を合わせて話をするには、ばつが悪い。
それでも彼に対して申し訳ない事をするのは確かで、別れる前日の夜ぐらいはちゃんと話しておきたい。
嫌な雰囲気になったまま一か月……というのは、香澄にとってもつらい。
ルームウェアのポケットにスマホを入れ、香澄は覚悟を決めてリビングに下りていった。
静かに階段を下りたあと、リビングの入り口で香澄は足を止めた。
Tシャツにジーンズ姿になった佑が、リビングのソファで背中を丸め、項垂れて座っている。
その姿に、ズキン……と胸の奥に深い痛みが走った。
いつもなら背筋を伸ばし堂々としている佑の、こんな小さくなっている姿を見た事がない。
――私のせいだ。
そう思い、グラグラと心が揺れ動く。
自意識過剰かもしれないが、このままだと自分が彼をもっと駄目にしてしまうかもしれない。
佑にとって自分が大切な存在だと思うのは、厚かましいと分かっている。
それでも彼がこうして落ち込む理由は、十中八九自分のせいだ。
我が儘を言って距離を取りたいと言ったから、彼は落ち込む羽目になった。
どうしたらいいか分からず、それでも、ここまでして自分を想ってくれる佑の想いこそ、香澄がつらいと思っている理由であった。
佑が側いれば、すぐ駆けつけて助けてくれる。
香澄が少しでも「つらい」と言って涙を流せば、どんな手を使ってでも泣き止ませ、障害となるものを排除するだろう。
――飯山たちを解雇したように。
それに慣れてしまってはいけない。
32
お気に入りに追加
2,546
あなたにおすすめの小説
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる