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第九部・贖罪 編
私ね、面倒くさがりなの
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『カイ、ついて行くんだろ? 俺もいいか?』
『好きにしろ。三人になんてしてやるもんか』
マティアスの言葉に佑はふてくされて返事をし、乱暴にハイボールのグラスを空けた。
その後、双子はワインをある程度味わったあと、カッパカッパとビールを空ける。
マティアスも感想を言いながら日本酒を全種類制覇してしまうと、やはり同様にビールを無表情で飲んでゆく。
酒を分解する体の構造が、根本から違うんだなぁ……と思いつつ、香澄は明日の事もあるので酒は控えめにしておいた。
**
「香澄、本当に明日あいつらとデートするのか?」
チャプ……と佑の手がお湯を滴らせ、香澄の裸の胸を洗ってゆく。
居酒屋で食事を終え、アロイスが支払ったあと、香澄は早々に御劔邸に戻っていた。
酔いが醒めた頃に佑と一緒に風呂に入り、洗いっこをして今に至る。
「もう。あんまり気にしないで? 好きとか変な気持ちがあって、デートしたいって言うんじゃないから」
「じゃあ、どういうつもりだ?」
佑は背後から香澄を抱き締めていたが、彼女の体を反転させてその目をジッと覗き込む。
「うーん……。あの……ね。お二人がエミリアさんの支配から抜けて、もう自由に恋愛できるのだとしたら、札幌の美里ちゃん。あの子に本当の本気になるのかな? って思って。だったら普通の女の子に対する基本的なデートとか、知っておいてほしいなって思ったの」
「あぁ……、札幌のバーテンダーさん」
美里の事は頭から抜けていたようで、佑はいま思い出したというように頷く。
「あのとき連絡先を教えたの、ほんっとうに正解だったみたい。あのあと美里ちゃんにお二人から頻繁に連絡があるみたいで、対処法とかドイツ語の意味とか聞かれて……。いきなり付き合うには、ハードルの高いお二人だよなぁ……って思ってるの。親戚になろうとしている私でさえ、まだ戸惑う事が多いのに……」
「……なるほど」
ふぅ、と息をつき、佑は少し何か考えているようだった。
濡れた手で前髪を掻き上げ、なんとはなしに香澄の胸を揉む。
「香澄は……。あいつらに対する沙汰を、そんなものでいいと思っているのか?」
「……ん? どうして?」
ちゃぷ……と水音をさせ、香澄は佑に向かい合う。
佑は何かを耐えるような表情で、壁の方を見ていた。
唇を引き結び、納得いかないと思っているのがありありと窺える。
「俺は……。香澄みたいに人を簡単に許せない。……被害を受けたのが香澄だからこそ、許したくない」
佑の腕が伸び、香澄をきつく抱き締める。
彼が息を吸ってゆっくり吐く。
そのが呼気震えているのを知り、香澄はとても申し訳ない気持ちになった。
彼が泣いているように思えたのだ。
「ありがとう。ここまで私の味方になってくれるの、家族以外に佑さんだけだよ」
頬ずりすると、佑は愛しそうに香澄の背中を撫でる。
「俺の心の中は、香澄に見せられないぐらい真っ黒でドロドロなんだ。この怒りと憎しみを知られたら、香澄に嫌われると思う。……できるだけ物わかりのいい優しい婚約者でいたい。それでも……、簡単にあいつらを許せない」
佑の声が、胸の奥に染み入ってゆく。
彼の怒りや無念は、自分を想ってくれている気持ちの強さそのものだ。
「……ありがとう。佑さんがそこまで怒ってくれるからこそ、私は許せるんだと思うよ」
言葉の通り、香澄の怒りや言いようのない感情は、すべて佑が彼らにぶつけてくれた。
「きっと私は、佑さんほど事の全貌を分かっていないんだと思う。エミリアさんが本当はどういう人なのかとか、……彼女と一緒にイギリスに行ったのは覚えているんだけど、八月の後半に何があったのか……、私は何も覚えていない」
香澄の背中を撫でる佑の指が、ピクッと動いた。
彼のその反応から、〝何か〟はあったのだろう。
「でもね、私は知らなくていいと思うの。一生懸命思い出そうとしても、覚えていないものは覚えていない。それにお二人やマティアスさんを支配していたという……、私の印象からかけ離れた悪女みたいなエミリアさんが関わっていたのなら、私にもきっと悪い出来事があったのかもしれない。それでもしかしたら、忘れたいって本能が思っているのかもしれない。……それはね、覚えてないから本当に分からないの」
佑は黙って香澄の言う事を聞いてくれ、ときおり体が冷えないように手でお湯をすくって背中に滑らせる。
「私ね、面倒くさがりなの。確かに人並みに怒るし、どっちかっていうと表面的には短気な方だと思う。ずっと我慢していても、あるとき突然パッと『もういいや』ってなっちゃうの。そういう風に気持ちが長続きしないから、誰かの事をずっと怒っていて、憎み続けるっていうのも正直面倒なの」
ふふ、と苦笑して、香澄は佑に抱きつく。
『好きにしろ。三人になんてしてやるもんか』
マティアスの言葉に佑はふてくされて返事をし、乱暴にハイボールのグラスを空けた。
その後、双子はワインをある程度味わったあと、カッパカッパとビールを空ける。
マティアスも感想を言いながら日本酒を全種類制覇してしまうと、やはり同様にビールを無表情で飲んでゆく。
酒を分解する体の構造が、根本から違うんだなぁ……と思いつつ、香澄は明日の事もあるので酒は控えめにしておいた。
**
「香澄、本当に明日あいつらとデートするのか?」
チャプ……と佑の手がお湯を滴らせ、香澄の裸の胸を洗ってゆく。
居酒屋で食事を終え、アロイスが支払ったあと、香澄は早々に御劔邸に戻っていた。
酔いが醒めた頃に佑と一緒に風呂に入り、洗いっこをして今に至る。
「もう。あんまり気にしないで? 好きとか変な気持ちがあって、デートしたいって言うんじゃないから」
「じゃあ、どういうつもりだ?」
佑は背後から香澄を抱き締めていたが、彼女の体を反転させてその目をジッと覗き込む。
「うーん……。あの……ね。お二人がエミリアさんの支配から抜けて、もう自由に恋愛できるのだとしたら、札幌の美里ちゃん。あの子に本当の本気になるのかな? って思って。だったら普通の女の子に対する基本的なデートとか、知っておいてほしいなって思ったの」
「あぁ……、札幌のバーテンダーさん」
美里の事は頭から抜けていたようで、佑はいま思い出したというように頷く。
「あのとき連絡先を教えたの、ほんっとうに正解だったみたい。あのあと美里ちゃんにお二人から頻繁に連絡があるみたいで、対処法とかドイツ語の意味とか聞かれて……。いきなり付き合うには、ハードルの高いお二人だよなぁ……って思ってるの。親戚になろうとしている私でさえ、まだ戸惑う事が多いのに……」
「……なるほど」
ふぅ、と息をつき、佑は少し何か考えているようだった。
濡れた手で前髪を掻き上げ、なんとはなしに香澄の胸を揉む。
「香澄は……。あいつらに対する沙汰を、そんなものでいいと思っているのか?」
「……ん? どうして?」
ちゃぷ……と水音をさせ、香澄は佑に向かい合う。
佑は何かを耐えるような表情で、壁の方を見ていた。
唇を引き結び、納得いかないと思っているのがありありと窺える。
「俺は……。香澄みたいに人を簡単に許せない。……被害を受けたのが香澄だからこそ、許したくない」
佑の腕が伸び、香澄をきつく抱き締める。
彼が息を吸ってゆっくり吐く。
そのが呼気震えているのを知り、香澄はとても申し訳ない気持ちになった。
彼が泣いているように思えたのだ。
「ありがとう。ここまで私の味方になってくれるの、家族以外に佑さんだけだよ」
頬ずりすると、佑は愛しそうに香澄の背中を撫でる。
「俺の心の中は、香澄に見せられないぐらい真っ黒でドロドロなんだ。この怒りと憎しみを知られたら、香澄に嫌われると思う。……できるだけ物わかりのいい優しい婚約者でいたい。それでも……、簡単にあいつらを許せない」
佑の声が、胸の奥に染み入ってゆく。
彼の怒りや無念は、自分を想ってくれている気持ちの強さそのものだ。
「……ありがとう。佑さんがそこまで怒ってくれるからこそ、私は許せるんだと思うよ」
言葉の通り、香澄の怒りや言いようのない感情は、すべて佑が彼らにぶつけてくれた。
「きっと私は、佑さんほど事の全貌を分かっていないんだと思う。エミリアさんが本当はどういう人なのかとか、……彼女と一緒にイギリスに行ったのは覚えているんだけど、八月の後半に何があったのか……、私は何も覚えていない」
香澄の背中を撫でる佑の指が、ピクッと動いた。
彼のその反応から、〝何か〟はあったのだろう。
「でもね、私は知らなくていいと思うの。一生懸命思い出そうとしても、覚えていないものは覚えていない。それにお二人やマティアスさんを支配していたという……、私の印象からかけ離れた悪女みたいなエミリアさんが関わっていたのなら、私にもきっと悪い出来事があったのかもしれない。それでもしかしたら、忘れたいって本能が思っているのかもしれない。……それはね、覚えてないから本当に分からないの」
佑は黙って香澄の言う事を聞いてくれ、ときおり体が冷えないように手でお湯をすくって背中に滑らせる。
「私ね、面倒くさがりなの。確かに人並みに怒るし、どっちかっていうと表面的には短気な方だと思う。ずっと我慢していても、あるとき突然パッと『もういいや』ってなっちゃうの。そういう風に気持ちが長続きしないから、誰かの事をずっと怒っていて、憎み続けるっていうのも正直面倒なの」
ふふ、と苦笑して、香澄は佑に抱きつく。
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