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第九部・贖罪 編
昼食でも挟まない?
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『これでこの書類は効果を失いました。私も佑さんも、皆さんを訴える気持ちはありません』
香澄がそう言った次に、佑が「剣崎さん」と声を掛ける。
「え?」と香澄が呆気にとられているあいだ、剣崎は別の書類をテーブルに並べた。
『これは、金を払って和解した以上、これ以上香澄に過剰な謝罪や接触をしないという、覚書だ。よく読んだ上でサインを頼む』
アドラー、双子、マティアスは書類を読んだ上で、それぞれの弁護士にも確認させる。
『これってさ、今後俺たちが香澄と会っちゃいけないっていう奴じゃないでしょ? この件に関して蒸し返さない、それだけと取るけど』
『そのつもりだ』
『なら良かった』
双子はそれぞれの書類を読み、交換してからもう一度読む。
アドラーは弁護士に任せ、マティアスも自分の弁護士に確認してもらってから、サインをした。
『佑、これであなたの気は済んだのかしら?』
節子に言われ、佑が頷く。
『……そうですね。本当はもっと怒っていたつもりだったのですが……。色々と聞かされて、まだ怒っていたら香澄に人でなしと言われそうです』
ゆるりと後頭部を撫でられ、香澄は笑う。
『なら、昼食でも挟まない? 香澄さんも疲れたんじゃないかしら?』
『ありがとうございます』
節子の気遣いが嬉しく、香澄は微笑んで礼を言った。
『佑も、もういい歳なんだから、遺恨を残さずご飯を食べられるわね?』
『……オーマ、俺を幾つだと思っているんですか』
節子に小さい子扱いをされ、佑が呆れて眉を上げる。
そんな彼を香澄はクスクスと笑って見ていた。
『私、和食が食べたいの。コンシェルジュにも伝えてあるから、お膳を部屋まで運んでもらいましょう』
やんわりとした口調ながらも、節子の言葉にはしっかりとした決定権がある。
『日本で食べる和食は、またひと味違うからな』
アドラーが同意し、妻の機嫌を窺うように節子を見る。
『あなたの好きな天ぷらも、用意して頂きましょうね』
だが節子が何事もなかったかのように微笑むと、アドラーは心から嬉しそうな笑みを浮かべ『ああ』と頷いた。
それをきっかけに、双子たちも「あーあ」と大きな声を上げて伸びをする。
そして言葉を日本語に切り替えて話しかけてきた。
「カスミ、デートではなんっでも言うこと聞くからね?」
「あ、はい。……ふふ、楽しみにしてます」
「……香澄、俺は何も聞いてないが」
佑が脚を組み、香澄の肩を抱いてじとりと見つめてくる。
「んー、ふふ。私も言いませんでした」
「なんかさ、カスミってどことなくオーマみたいになる雰囲気があるよね。大事な部分はタスクにも言わないで自分で決めちゃうところとか」
「そ、そうですか?」
また以前のように双子と話せるようになり、香澄は内心安堵していた。
――と、マティアスが口を開く。
『フラウ・カスミ。俺は本当にあんたの友人になっていいのか?』
『勿論です!』
ぴっと背筋を伸ばししっかり頷くと、マティアスがボソッと呟いた。
『……俺も日本語学ぼうかな』
どうやら日本語での会話に参加したいようだ。
『そーしたら? マティアスが日本文化に興味あるのホントだって僕らも知ってる。何ならレッスンしてやってもいいけど。言葉知ったら、一人でフラッと旅行しても楽しいもんだよ』
『そうする』
こくりと頷き、マティアスは双子に向き直る。
『で、レッスン料取るんだろ?』
『まーねぇ。でもエミリアに関するあれこれもっと漏らしてくれるんなら、タダで幾らでも教えてやるよ?』
アロイスがただで済まない事を言い、思わずマティアスは黙る。
『あ、あの……。マティアスさんって今どういう状況なんですか?』
香澄がそう尋ねるのも無理はない。
マティアスは表向きエミリアの秘書をしていたはずだ。本来なら現在燃えに燃えているエミリアの側で、サポートしなければいけない立場である。
『あぁ、色々とメディアに漏れて大騒ぎになる前に、訴状と辞表を出してとんずらしてきた。アドラーさんが実績のある弁護士を紹介してくれて、今の騒ぎになる前にスピード解決をしてくれた。エミリアの側も俺を敵に回すのは得策じゃないと思ったらしく、メディアに対してノーコメントで通すのを条件に、こちらの条件に応じた金額を払い離職にも応じてくれた』
『今までの仕打ちを考えると、随分あっさりなんじゃないか?』
その会話に佑も混ざる。
香澄がそう言った次に、佑が「剣崎さん」と声を掛ける。
「え?」と香澄が呆気にとられているあいだ、剣崎は別の書類をテーブルに並べた。
『これは、金を払って和解した以上、これ以上香澄に過剰な謝罪や接触をしないという、覚書だ。よく読んだ上でサインを頼む』
アドラー、双子、マティアスは書類を読んだ上で、それぞれの弁護士にも確認させる。
『これってさ、今後俺たちが香澄と会っちゃいけないっていう奴じゃないでしょ? この件に関して蒸し返さない、それだけと取るけど』
『そのつもりだ』
『なら良かった』
双子はそれぞれの書類を読み、交換してからもう一度読む。
アドラーは弁護士に任せ、マティアスも自分の弁護士に確認してもらってから、サインをした。
『佑、これであなたの気は済んだのかしら?』
節子に言われ、佑が頷く。
『……そうですね。本当はもっと怒っていたつもりだったのですが……。色々と聞かされて、まだ怒っていたら香澄に人でなしと言われそうです』
ゆるりと後頭部を撫でられ、香澄は笑う。
『なら、昼食でも挟まない? 香澄さんも疲れたんじゃないかしら?』
『ありがとうございます』
節子の気遣いが嬉しく、香澄は微笑んで礼を言った。
『佑も、もういい歳なんだから、遺恨を残さずご飯を食べられるわね?』
『……オーマ、俺を幾つだと思っているんですか』
節子に小さい子扱いをされ、佑が呆れて眉を上げる。
そんな彼を香澄はクスクスと笑って見ていた。
『私、和食が食べたいの。コンシェルジュにも伝えてあるから、お膳を部屋まで運んでもらいましょう』
やんわりとした口調ながらも、節子の言葉にはしっかりとした決定権がある。
『日本で食べる和食は、またひと味違うからな』
アドラーが同意し、妻の機嫌を窺うように節子を見る。
『あなたの好きな天ぷらも、用意して頂きましょうね』
だが節子が何事もなかったかのように微笑むと、アドラーは心から嬉しそうな笑みを浮かべ『ああ』と頷いた。
それをきっかけに、双子たちも「あーあ」と大きな声を上げて伸びをする。
そして言葉を日本語に切り替えて話しかけてきた。
「カスミ、デートではなんっでも言うこと聞くからね?」
「あ、はい。……ふふ、楽しみにしてます」
「……香澄、俺は何も聞いてないが」
佑が脚を組み、香澄の肩を抱いてじとりと見つめてくる。
「んー、ふふ。私も言いませんでした」
「なんかさ、カスミってどことなくオーマみたいになる雰囲気があるよね。大事な部分はタスクにも言わないで自分で決めちゃうところとか」
「そ、そうですか?」
また以前のように双子と話せるようになり、香澄は内心安堵していた。
――と、マティアスが口を開く。
『フラウ・カスミ。俺は本当にあんたの友人になっていいのか?』
『勿論です!』
ぴっと背筋を伸ばししっかり頷くと、マティアスがボソッと呟いた。
『……俺も日本語学ぼうかな』
どうやら日本語での会話に参加したいようだ。
『そーしたら? マティアスが日本文化に興味あるのホントだって僕らも知ってる。何ならレッスンしてやってもいいけど。言葉知ったら、一人でフラッと旅行しても楽しいもんだよ』
『そうする』
こくりと頷き、マティアスは双子に向き直る。
『で、レッスン料取るんだろ?』
『まーねぇ。でもエミリアに関するあれこれもっと漏らしてくれるんなら、タダで幾らでも教えてやるよ?』
アロイスがただで済まない事を言い、思わずマティアスは黙る。
『あ、あの……。マティアスさんって今どういう状況なんですか?』
香澄がそう尋ねるのも無理はない。
マティアスは表向きエミリアの秘書をしていたはずだ。本来なら現在燃えに燃えているエミリアの側で、サポートしなければいけない立場である。
『あぁ、色々とメディアに漏れて大騒ぎになる前に、訴状と辞表を出してとんずらしてきた。アドラーさんが実績のある弁護士を紹介してくれて、今の騒ぎになる前にスピード解決をしてくれた。エミリアの側も俺を敵に回すのは得策じゃないと思ったらしく、メディアに対してノーコメントで通すのを条件に、こちらの条件に応じた金額を払い離職にも応じてくれた』
『今までの仕打ちを考えると、随分あっさりなんじゃないか?』
その会話に佑も混ざる。
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