490 / 1,559
第九部・贖罪 編
抱えた傷は私のもの
しおりを挟む
香澄はゆっくりと息を吸い、吐いていく。
『お二人にはお二人の人生があります。どういう少年時代を過ごしたかは、詳しく聞いたとしても想像の域を出ません。ただ、今までずっと、お二人はそんなに素敵な人なのに、どうして真剣に恋をしようとしないんだろう? って思い続けていました。……やっぱり理由があったんですね』
エミリアの本性がどのようなものかは、詳しくは分からない。
想像するに、とても陰湿な事でもされたのだろうか。
双子が三十三歳になってまで真剣な恋愛をした事がないと聞いて、「世の中には本当にこういう人がいるんだな」と思ったと同時に「嘘でしょ?」とも思っていた。
だから、双子がエミリアから解放されて良かったと思っている自分もいる。
彼らと関わって好きになったからこそ、香澄は心の底から「幸せになってほしい」と思っている。
『人間って打算があって当たり前なんです。私だって、佑さんと出会って仕事や暮らしが良くなって、喜んでいる自分がいいます。私は自分を百パーセントの善人と思っていません。他の人も同じです。……なのでお二人が自分の幸せのために〝選択〟をしたのを、私は責めようと思いません』
アロイスとクラウスは唇を曲げ、視線を落としている。
その様子がどこか母親に怒られている子供のようだと感じて、心の奥がくすぐったくなった。
『確かに傷付きましたし、裏切られたと感じました。……でも、終わった事ですよね? これから皆さんは反省してくださって、もう二度としないと約束してくれると信じています。それなら、抱えた傷はもう私のものです。誰がどう私を哀れんでも、今後は私自身の問題となります』
反論しようのない言葉に、誰も何も言えない。
『どれだけの謝罪の言葉をもらっても、お金を受け取っても、過去は変えられません。それなら私は、ここまで私を利用したならこの場にいる全員に、幸せになってもらいたいと思っています』
佑がまた溜め息をつく。
アドラー、双子、マティアスは逆にとても傷付いた顔をした。
優しさが時に一番残酷な答えとなる事もある。
香澄は彼らを苦しめようなど思っていない。
ただ、強くしなやかに、誰も責めず生きようと思う彼女の博愛の言葉は、罰を与えてもらって楽になりたいと思っている者たちを打ちのめした。
香澄の清らかさ、純粋さに触れるたび、アドラーたちは己の醜さ、汚さを痛感していく。
ただ一人、節子はそんな香澄の態度を見て、佑の嫁になるのに相応しいと思っているのか、満足げに微笑んでいる。
香澄は双子に向け、笑いかけた。
『お二人には、許す〝条件〟を出します』
『えっ?』
『なに?』
条件と聞いて双子は意外そうな顔をし、まじまじと香澄を見つめてくる。
隣で佑も興味深そうな顔をしていた。
『一日、私とデートしてください。何をしても文句を言ったら駄目ですよ?』
『は……はぁ……?』
『ご褒美じゃん』
双子は訳が分からないという顔をし、同じタイミングで首を傾げる。
「香澄?」
佑も理解できないと声をかけてくるが、香澄は「後でね」と笑って答えない。
『カスミ、本当にそれでいいの?』
『はい。理由は、デートの後にちゃんと言います』
微笑んで、香澄は双子に対する沙汰はこれで終わりと示すために、ティーカップに手を伸ばした。
アドラーは自分が最後に残されたと自覚し、ゆっくり長く息を吐いていく。
彼の向かいには節子が座っているが、二人の視線が交わったかどうかは分からない。
香澄が何か言う前に、アドラーが口を開いた。
『香澄さん、……聞いて気持ちいい話じゃないが、私の話を聞いてくれるだろうか』
その声は重く、話すのを躊躇っているような苦しげな声だった。
『何でも聞きます。私は皆さんの〝理由〟を聞きたいです』
香澄の答えを聞き、アドラーは妻を見る。
その視線に気づいて香澄も節子を見たが、節子は微笑したまま、アドラー越しに室内のどこかを見ているようだ。
やがて、アドラーが口を開く。
『お二人にはお二人の人生があります。どういう少年時代を過ごしたかは、詳しく聞いたとしても想像の域を出ません。ただ、今までずっと、お二人はそんなに素敵な人なのに、どうして真剣に恋をしようとしないんだろう? って思い続けていました。……やっぱり理由があったんですね』
エミリアの本性がどのようなものかは、詳しくは分からない。
想像するに、とても陰湿な事でもされたのだろうか。
双子が三十三歳になってまで真剣な恋愛をした事がないと聞いて、「世の中には本当にこういう人がいるんだな」と思ったと同時に「嘘でしょ?」とも思っていた。
だから、双子がエミリアから解放されて良かったと思っている自分もいる。
彼らと関わって好きになったからこそ、香澄は心の底から「幸せになってほしい」と思っている。
『人間って打算があって当たり前なんです。私だって、佑さんと出会って仕事や暮らしが良くなって、喜んでいる自分がいいます。私は自分を百パーセントの善人と思っていません。他の人も同じです。……なのでお二人が自分の幸せのために〝選択〟をしたのを、私は責めようと思いません』
アロイスとクラウスは唇を曲げ、視線を落としている。
その様子がどこか母親に怒られている子供のようだと感じて、心の奥がくすぐったくなった。
『確かに傷付きましたし、裏切られたと感じました。……でも、終わった事ですよね? これから皆さんは反省してくださって、もう二度としないと約束してくれると信じています。それなら、抱えた傷はもう私のものです。誰がどう私を哀れんでも、今後は私自身の問題となります』
反論しようのない言葉に、誰も何も言えない。
『どれだけの謝罪の言葉をもらっても、お金を受け取っても、過去は変えられません。それなら私は、ここまで私を利用したならこの場にいる全員に、幸せになってもらいたいと思っています』
佑がまた溜め息をつく。
アドラー、双子、マティアスは逆にとても傷付いた顔をした。
優しさが時に一番残酷な答えとなる事もある。
香澄は彼らを苦しめようなど思っていない。
ただ、強くしなやかに、誰も責めず生きようと思う彼女の博愛の言葉は、罰を与えてもらって楽になりたいと思っている者たちを打ちのめした。
香澄の清らかさ、純粋さに触れるたび、アドラーたちは己の醜さ、汚さを痛感していく。
ただ一人、節子はそんな香澄の態度を見て、佑の嫁になるのに相応しいと思っているのか、満足げに微笑んでいる。
香澄は双子に向け、笑いかけた。
『お二人には、許す〝条件〟を出します』
『えっ?』
『なに?』
条件と聞いて双子は意外そうな顔をし、まじまじと香澄を見つめてくる。
隣で佑も興味深そうな顔をしていた。
『一日、私とデートしてください。何をしても文句を言ったら駄目ですよ?』
『は……はぁ……?』
『ご褒美じゃん』
双子は訳が分からないという顔をし、同じタイミングで首を傾げる。
「香澄?」
佑も理解できないと声をかけてくるが、香澄は「後でね」と笑って答えない。
『カスミ、本当にそれでいいの?』
『はい。理由は、デートの後にちゃんと言います』
微笑んで、香澄は双子に対する沙汰はこれで終わりと示すために、ティーカップに手を伸ばした。
アドラーは自分が最後に残されたと自覚し、ゆっくり長く息を吐いていく。
彼の向かいには節子が座っているが、二人の視線が交わったかどうかは分からない。
香澄が何か言う前に、アドラーが口を開いた。
『香澄さん、……聞いて気持ちいい話じゃないが、私の話を聞いてくれるだろうか』
その声は重く、話すのを躊躇っているような苦しげな声だった。
『何でも聞きます。私は皆さんの〝理由〟を聞きたいです』
香澄の答えを聞き、アドラーは妻を見る。
その視線に気づいて香澄も節子を見たが、節子は微笑したまま、アドラー越しに室内のどこかを見ているようだ。
やがて、アドラーが口を開く。
34
お気に入りに追加
2,572
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」
三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。
一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。
「忘れたとは言わせねぇぞ?」
偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。
「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」
その溺愛からは、もう逃れられない。
*第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる