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第九部・贖罪 編
抱えた傷は私のもの
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香澄はゆっくりと息を吸い、吐いていく。
『お二人にはお二人の人生があります。どういう少年時代を過ごしたかは、詳しく聞いたとしても想像の域を出ません。ただ、今までずっと、お二人はそんなに素敵な人なのに、どうして真剣に恋をしようとしないんだろう? って思い続けていました。……やっぱり理由があったんですね』
エミリアの本性がどのようなものかは、詳しくは分からない。
想像するに、とても陰湿な事でもされたのだろうか。
双子が三十三歳になってまで真剣な恋愛をした事がないと聞いて、「世の中には本当にこういう人がいるんだな」と思ったと同時に「嘘でしょ?」とも思っていた。
だから、双子がエミリアから解放されて良かったと思っている自分もいる。
彼らと関わって好きになったからこそ、香澄は心の底から「幸せになってほしい」と思っている。
『人間って打算があって当たり前なんです。私だって、佑さんと出会って仕事や暮らしが良くなって、喜んでいる自分がいいます。私は自分を百パーセントの善人と思っていません。他の人も同じです。……なのでお二人が自分の幸せのために〝選択〟をしたのを、私は責めようと思いません』
アロイスとクラウスは唇を曲げ、視線を落としている。
その様子がどこか母親に怒られている子供のようだと感じて、心の奥がくすぐったくなった。
『確かに傷付きましたし、裏切られたと感じました。……でも、終わった事ですよね? これから皆さんは反省してくださって、もう二度としないと約束してくれると信じています。それなら、抱えた傷はもう私のものです。誰がどう私を哀れんでも、今後は私自身の問題となります』
反論しようのない言葉に、誰も何も言えない。
『どれだけの謝罪の言葉をもらっても、お金を受け取っても、過去は変えられません。それなら私は、ここまで私を利用したならこの場にいる全員に、幸せになってもらいたいと思っています』
佑がまた溜め息をつく。
アドラー、双子、マティアスは逆にとても傷付いた顔をした。
優しさが時に一番残酷な答えとなる事もある。
香澄は彼らを苦しめようなど思っていない。
ただ、強くしなやかに、誰も責めず生きようと思う彼女の博愛の言葉は、罰を与えてもらって楽になりたいと思っている者たちを打ちのめした。
香澄の清らかさ、純粋さに触れるたび、アドラーたちは己の醜さ、汚さを痛感していく。
ただ一人、節子はそんな香澄の態度を見て、佑の嫁になるのに相応しいと思っているのか、満足げに微笑んでいる。
香澄は双子に向け、笑いかけた。
『お二人には、許す〝条件〟を出します』
『えっ?』
『なに?』
条件と聞いて双子は意外そうな顔をし、まじまじと香澄を見つめてくる。
隣で佑も興味深そうな顔をしていた。
『一日、私とデートしてください。何をしても文句を言ったら駄目ですよ?』
『は……はぁ……?』
『ご褒美じゃん』
双子は訳が分からないという顔をし、同じタイミングで首を傾げる。
「香澄?」
佑も理解できないと声をかけてくるが、香澄は「後でね」と笑って答えない。
『カスミ、本当にそれでいいの?』
『はい。理由は、デートの後にちゃんと言います』
微笑んで、香澄は双子に対する沙汰はこれで終わりと示すために、ティーカップに手を伸ばした。
アドラーは自分が最後に残されたと自覚し、ゆっくり長く息を吐いていく。
彼の向かいには節子が座っているが、二人の視線が交わったかどうかは分からない。
香澄が何か言う前に、アドラーが口を開いた。
『香澄さん、……聞いて気持ちいい話じゃないが、私の話を聞いてくれるだろうか』
その声は重く、話すのを躊躇っているような苦しげな声だった。
『何でも聞きます。私は皆さんの〝理由〟を聞きたいです』
香澄の答えを聞き、アドラーは妻を見る。
その視線に気づいて香澄も節子を見たが、節子は微笑したまま、アドラー越しに室内のどこかを見ているようだ。
やがて、アドラーが口を開く。
『お二人にはお二人の人生があります。どういう少年時代を過ごしたかは、詳しく聞いたとしても想像の域を出ません。ただ、今までずっと、お二人はそんなに素敵な人なのに、どうして真剣に恋をしようとしないんだろう? って思い続けていました。……やっぱり理由があったんですね』
エミリアの本性がどのようなものかは、詳しくは分からない。
想像するに、とても陰湿な事でもされたのだろうか。
双子が三十三歳になってまで真剣な恋愛をした事がないと聞いて、「世の中には本当にこういう人がいるんだな」と思ったと同時に「嘘でしょ?」とも思っていた。
だから、双子がエミリアから解放されて良かったと思っている自分もいる。
彼らと関わって好きになったからこそ、香澄は心の底から「幸せになってほしい」と思っている。
『人間って打算があって当たり前なんです。私だって、佑さんと出会って仕事や暮らしが良くなって、喜んでいる自分がいいます。私は自分を百パーセントの善人と思っていません。他の人も同じです。……なのでお二人が自分の幸せのために〝選択〟をしたのを、私は責めようと思いません』
アロイスとクラウスは唇を曲げ、視線を落としている。
その様子がどこか母親に怒られている子供のようだと感じて、心の奥がくすぐったくなった。
『確かに傷付きましたし、裏切られたと感じました。……でも、終わった事ですよね? これから皆さんは反省してくださって、もう二度としないと約束してくれると信じています。それなら、抱えた傷はもう私のものです。誰がどう私を哀れんでも、今後は私自身の問題となります』
反論しようのない言葉に、誰も何も言えない。
『どれだけの謝罪の言葉をもらっても、お金を受け取っても、過去は変えられません。それなら私は、ここまで私を利用したならこの場にいる全員に、幸せになってもらいたいと思っています』
佑がまた溜め息をつく。
アドラー、双子、マティアスは逆にとても傷付いた顔をした。
優しさが時に一番残酷な答えとなる事もある。
香澄は彼らを苦しめようなど思っていない。
ただ、強くしなやかに、誰も責めず生きようと思う彼女の博愛の言葉は、罰を与えてもらって楽になりたいと思っている者たちを打ちのめした。
香澄の清らかさ、純粋さに触れるたび、アドラーたちは己の醜さ、汚さを痛感していく。
ただ一人、節子はそんな香澄の態度を見て、佑の嫁になるのに相応しいと思っているのか、満足げに微笑んでいる。
香澄は双子に向け、笑いかけた。
『お二人には、許す〝条件〟を出します』
『えっ?』
『なに?』
条件と聞いて双子は意外そうな顔をし、まじまじと香澄を見つめてくる。
隣で佑も興味深そうな顔をしていた。
『一日、私とデートしてください。何をしても文句を言ったら駄目ですよ?』
『は……はぁ……?』
『ご褒美じゃん』
双子は訳が分からないという顔をし、同じタイミングで首を傾げる。
「香澄?」
佑も理解できないと声をかけてくるが、香澄は「後でね」と笑って答えない。
『カスミ、本当にそれでいいの?』
『はい。理由は、デートの後にちゃんと言います』
微笑んで、香澄は双子に対する沙汰はこれで終わりと示すために、ティーカップに手を伸ばした。
アドラーは自分が最後に残されたと自覚し、ゆっくり長く息を吐いていく。
彼の向かいには節子が座っているが、二人の視線が交わったかどうかは分からない。
香澄が何か言う前に、アドラーが口を開いた。
『香澄さん、……聞いて気持ちいい話じゃないが、私の話を聞いてくれるだろうか』
その声は重く、話すのを躊躇っているような苦しげな声だった。
『何でも聞きます。私は皆さんの〝理由〟を聞きたいです』
香澄の答えを聞き、アドラーは妻を見る。
その視線に気づいて香澄も節子を見たが、節子は微笑したまま、アドラー越しに室内のどこかを見ているようだ。
やがて、アドラーが口を開く。
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