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第九部・贖罪 編

双子の事情

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『やってしまったから、やり返されて解決、はあまりに前時代的です。ハンムラビ法典の時代からある思考です。私は確かにマティアスさんに奪われ、損なわれました。でも私はあなたから何かを奪い、損ないたいなんて思っていません』

 彼女の言葉を聞き、マティアスはハッと何かに気付いた表情になり、赤面して俯いた。

『私が、自分と同じ考えを持っていると思わないでください』

 今自分は、マティアスを責め、傷つけている。
 自覚した香澄はとてもつらく感じていたが、思っている事はきちんと伝えなければと決意していた。

『私は私の望み方で、あなた達に見返りを求めます』

 香澄は背筋を伸ばし、マティアスに告げたあと、ソファに座っているアドラーや双子たちを見た。

『……何でも言ってくれたまえ』

 覚悟したアドラーの言葉に、香澄は微笑む。

『もう二度と、私の敵に回らないでください。裏切らないでください。一生頼れる味方でいて、私と佑さんの幸せを祈ってください』

 佑が溜め息をついた。

(『甘っちょろい事を』って思ってるんだろうな。……でも)

 それでいい。

 これから親族になる人、友達になれる人と争いたくない。
 彼らが自分を憎んでいなかったのなら、これはもう終わった話として〝次〟に向かいたい。

『罪とか罰とか、やったとかやられたとか、怒ってるとか憎んでるとか、許さない、謝罪とか……』

 そこまで言い、香澄は疲れたように笑い、大きく息をつく。

『そういう感情を抱えたくないです。ただでさえ、佑さんという素敵な人の隣で生活していて、大変な事が沢山あるんです。どうしても乗り越えないといけない事以外は、なるべく抱えずに手放して、楽をしたいです』

 悪戯っぽく笑い、香澄は床の上についているマティアスの手に触れた。
 そして、彼にお願いをする。

『申し訳ないと思っているなら、これから私の友達になって、ずっと味方でいてください』

 清らかな香澄の言葉を聞き、マティアスの目が微かに潤む。
 自分がどんな女性を加害したのか自覚し、己を強く責める。
 そのあと、すべての感情を呑み込み、ぎこちなく微笑んだ。

『承知した』

 理解してくれた彼に香澄はにっこり微笑み、ソファを示した。

『座りましょう』

 二人でまたソファに腰掛けたあと、香澄は佑に訴える。

『……佑さん、私はこれ以上何も望みません』

 その言葉を聞き、佑は深い溜め息をつく。

『香澄への個人的な望みには、俺も同意しよう。二度と俺たちの敵に回るな。そして彼女を加害するな。……だが、婚約者として俺が望む法的な措置については、また別だ』

 一貫して態度を変えない佑に、香澄は小さく息をつく。

 佑には佑の意地があるのだろう。
 前に言われた通り、第一の被害者は香澄だとしても、佑は第二の被害者だ。

 彼にも言い分があり、求めるものがある。

『アロイスさんとクラウスさんも、事情や説明したい事があるなら教えてください。私はあまりに何も知らなさすぎたと思います。何かあるのならすべて知って、納得はできなくても理解したいです』

 香澄に言われ、双子は顔を見合わせる。
 視線だけで何やら相談したあと、――アロイスが口を開く。

『俺たちの事情はそれほど深くないよ。マティアスがエミリアに支配されていたように、俺たちもあの子がいたから恋愛ができなかった。自分がちやほやされてないと気にくわないエミリアは、俺たちに特定の相手ができるのを嫌った』

 そのあとをクラウスが続ける。

『僕たちは特に結婚適齢期とか意識してない。幾つになっても恋をしていいと思っているし、語弊はあるけど男なら子供を産んでもらえる事ができる。でも、恋愛対象は自分と同じぐらいの女の子だ。結婚して子供を産んでもらうには、やっぱり今ぐらいに色々決めないとなんないでしょ?』

 香澄は頷く。

『……けどその望みを叶えるにはエミリアが邪魔なんだ。僕らが恋をしようとすると、相手の女の子は必ず酷い目に遭った。……だから、マティアスがオーパの入れ知恵でエミリアを嵌めようとしてるって聞いて、これが自由になるための最初で最後のチャンスだと思ったんだ』

 クラウスはティーカップに長い指をかけて紅茶を飲み、代わりにアロイスが口を開く。

『エミリアがタスクの事をねちっこく調べて、カスミに酷く嫉妬しているのは分かっていた。今回日本を訪れて、彼女が何か行動を起こすとも分かっていた。……本当はもっと軽い被害で済むと思ってて……、こうなるとは思っていなかった。それでも俺たちは自分たちの幸せとカスミを天秤にかけて、自分たちの人生を取った。言い訳はしない。ただ、……本当に申し訳なく思ってるよ』

 それ以降、双子は口を噤んだ。もう話す事はないという意思表示だ。
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