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第九部・贖罪 編
罰を受けて楽になろうと思っていませんか?
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『私は……怒っていません。これから私は、予定通り佑さんと結婚したいと思っています。その時に、アドラーさんにも、アロイスさんとクラウスさんにも、可能ならマティアスさんにも祝福してもらいたいです。あなたたちと、仲良くなりたいと思っています。……ですから、頭を上げてください』
少ししてクラウスが頭を上げ、アロイスも同様に背筋を伸ばす。
やがてアドラーも姿勢を直したが、マティアスは最後まで頭を下げたままだった。
『……マティアスさん』
香澄に声をかけられたマティアスは、頭を上げるどころか、ソファから下りて床に座り込み深く頭を下げた。
『――本当に申し訳なく思っている。あんたみたいな純粋な人に酷い事をしたんだと思うと……、恥ずかしくて顔が上げられない』
香澄は立ち上がり、マティアスの前に膝をつく。
『お願いします。顔を上げてください』
『殴ってくれ』
『……え?』
突然の言葉に、香澄は面食らう。
そこで初めてマティアスは顔を上げ、青い瞳でまっすぐに香澄を見つめた。
『俺はあんたに酷い事をした。あんたが俺に心を許してくれたのを利用して、女性としての尊厳を一度はすべて奪った。あんたは俺の事を殺したいぐらいに憎んでいるはずだ。カイにも殴られたが、あんたからも殴られる覚悟はしている』
そう言ってマティアスは目を閉じた。
このまま香澄に打たれようが、すべて甘んじるという顔だ。
香澄は困って佑を見るが、彼は厳しい顔をしてこちらを見ているだけだ。
決定権は自分にある。
理解したあと、香澄はマティアスの顔を凝視した。
そして当時の事を思い出しながら、気持ちを整理しつつ伝えていく。
『……確かにあの時、本当に怖かったです。すべて……奪われたのかと思いました。佑さん以外の男性に肌を見られて……、…………最後まで、されたのかと思いました』
言葉を口にすると、封じていた感情が浮かび上がってくる。
怖い。
叫び出したくなるような恐怖がお腹の底からこみ上げたが、「今は大丈夫! もう終わってる!」と自分に言い聞かせ、堪えた。
『怖かったんです。……それに、悲しかった。マティアスさんと友達になれると思ってたんです。日本の事が好きだって言っていたし、タヌキが好きだって言って可愛いなって思いました。お酒やお祭りの事、京都が好きだって聞いて同士だって思いました。……あれは、嘘だったんですか?』
少し昂ぶった香澄の声に、マティアスは小さく首を振る。
『……話していた事はすべて真実だ。俺は日本に興味がある。日本と、日本人が好きだ』
『……私の事が、憎いですか?』
『憎くない。エミリアの命令さえなければ、友人になりたかった。あんたは賢くて上品で、気が利いて可愛らしい。あんたみたいな人に手を出すと知って気が重たくなったし、ただただ申し訳なく思っている』
『だったら……』
『だからこそ、殴って、罵ってくれ。俺はあんたに恐怖と絶望を与えた。それに応じたものを、あんたは俺に向けるべきだ』
――彼は、傷付きたがっている。
――罰を受けたがっている。
理解した香澄は、床の上に正座をし大きな体を縮込ませている彼を見て、憐憫を抱いた。
『……エミリアさんに逆らえなかったですか?』
その問いに、彼は沈黙を返す。
やがて、呟いた。
『確かに命令は受けた。だが実行したのは俺だ』
『それはそうですが、あなたに私を憎み、加害してやろうという感情はなかった』
マティアスの青い目に、困惑が浮かび上がる。
ずっと、彼の事を正体の分からない巨大な化け物のように感じていた。
会っていない間、想像のマティアスはとても醜悪な男性になり、大きな体で香澄を圧倒していた。
けれど実際会えば、彼は一人のドイツ人男性だ。
感情を表すのが苦手そうな表情をしていて、それでも誠実に飾らず自分の言葉を伝えてくる。
彼の青い目はとても綺麗だ。
そして、悲しげな、放っておくと自滅してしまいそうな危うさまでもある。
『あなたの望みは叶えません』
告げると、マティアスは目を見開く。
『確かに、罪には罰が必要な場合もあります。けれど暴力や精神的な暴力で傷付け、やり返しておあいこというのを、私は望みません。……辛辣な事を言いますが、マティアスさんは傷付く事に慣れていて、どんな痛みでも請け負うのが自分の役目と思っているように感じます』
図星を突かれたのか、彼はまた目を見開く。
『苦しいのは分かります。でも、罰を受けて楽になろうと思っていませんか?』
香澄は優しく、辛辣な言葉を掛けた。
少ししてクラウスが頭を上げ、アロイスも同様に背筋を伸ばす。
やがてアドラーも姿勢を直したが、マティアスは最後まで頭を下げたままだった。
『……マティアスさん』
香澄に声をかけられたマティアスは、頭を上げるどころか、ソファから下りて床に座り込み深く頭を下げた。
『――本当に申し訳なく思っている。あんたみたいな純粋な人に酷い事をしたんだと思うと……、恥ずかしくて顔が上げられない』
香澄は立ち上がり、マティアスの前に膝をつく。
『お願いします。顔を上げてください』
『殴ってくれ』
『……え?』
突然の言葉に、香澄は面食らう。
そこで初めてマティアスは顔を上げ、青い瞳でまっすぐに香澄を見つめた。
『俺はあんたに酷い事をした。あんたが俺に心を許してくれたのを利用して、女性としての尊厳を一度はすべて奪った。あんたは俺の事を殺したいぐらいに憎んでいるはずだ。カイにも殴られたが、あんたからも殴られる覚悟はしている』
そう言ってマティアスは目を閉じた。
このまま香澄に打たれようが、すべて甘んじるという顔だ。
香澄は困って佑を見るが、彼は厳しい顔をしてこちらを見ているだけだ。
決定権は自分にある。
理解したあと、香澄はマティアスの顔を凝視した。
そして当時の事を思い出しながら、気持ちを整理しつつ伝えていく。
『……確かにあの時、本当に怖かったです。すべて……奪われたのかと思いました。佑さん以外の男性に肌を見られて……、…………最後まで、されたのかと思いました』
言葉を口にすると、封じていた感情が浮かび上がってくる。
怖い。
叫び出したくなるような恐怖がお腹の底からこみ上げたが、「今は大丈夫! もう終わってる!」と自分に言い聞かせ、堪えた。
『怖かったんです。……それに、悲しかった。マティアスさんと友達になれると思ってたんです。日本の事が好きだって言っていたし、タヌキが好きだって言って可愛いなって思いました。お酒やお祭りの事、京都が好きだって聞いて同士だって思いました。……あれは、嘘だったんですか?』
少し昂ぶった香澄の声に、マティアスは小さく首を振る。
『……話していた事はすべて真実だ。俺は日本に興味がある。日本と、日本人が好きだ』
『……私の事が、憎いですか?』
『憎くない。エミリアの命令さえなければ、友人になりたかった。あんたは賢くて上品で、気が利いて可愛らしい。あんたみたいな人に手を出すと知って気が重たくなったし、ただただ申し訳なく思っている』
『だったら……』
『だからこそ、殴って、罵ってくれ。俺はあんたに恐怖と絶望を与えた。それに応じたものを、あんたは俺に向けるべきだ』
――彼は、傷付きたがっている。
――罰を受けたがっている。
理解した香澄は、床の上に正座をし大きな体を縮込ませている彼を見て、憐憫を抱いた。
『……エミリアさんに逆らえなかったですか?』
その問いに、彼は沈黙を返す。
やがて、呟いた。
『確かに命令は受けた。だが実行したのは俺だ』
『それはそうですが、あなたに私を憎み、加害してやろうという感情はなかった』
マティアスの青い目に、困惑が浮かび上がる。
ずっと、彼の事を正体の分からない巨大な化け物のように感じていた。
会っていない間、想像のマティアスはとても醜悪な男性になり、大きな体で香澄を圧倒していた。
けれど実際会えば、彼は一人のドイツ人男性だ。
感情を表すのが苦手そうな表情をしていて、それでも誠実に飾らず自分の言葉を伝えてくる。
彼の青い目はとても綺麗だ。
そして、悲しげな、放っておくと自滅してしまいそうな危うさまでもある。
『あなたの望みは叶えません』
告げると、マティアスは目を見開く。
『確かに、罪には罰が必要な場合もあります。けれど暴力や精神的な暴力で傷付け、やり返しておあいこというのを、私は望みません。……辛辣な事を言いますが、マティアスさんは傷付く事に慣れていて、どんな痛みでも請け負うのが自分の役目と思っているように感じます』
図星を突かれたのか、彼はまた目を見開く。
『苦しいのは分かります。でも、罰を受けて楽になろうと思っていませんか?』
香澄は優しく、辛辣な言葉を掛けた。
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