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第九部・贖罪 編

夕食

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「ただいま」

 玄関から佑の声がし、香澄はててて……と小走りに出迎える。

「お帰りなさい」

 香澄が言う前に、玄関に置いてあるフェリシアのスピーカーが『お帰りなさい。今日一日ご苦労様でした』と言うので笑ってしまう。

「やだなぁ。いっつも私フェリシアに負けてる」
「フェリシアはキスもハグもできないよ」

 靴を脱いで揃えた佑が腕を広げ、香澄はその中に飛び込んだ。

「……おかえりなさい……」

 ぎゅうーっと佑の体に抱きつき、昼間会えなくて寂しかったので〝佑充〟をする。

「ただいま。会いたかったよ」

 佑も後頭部や背中を撫でてくれ、この優しい抱擁がいつまで続けばいいのに、と思う。
 ぐりぐりと彼の胸板に顔を押しつけて香りを嗅いでいると、頭上からふはっと脱力した笑い声が聞こえた。

「香澄? お帰りのキスはしてくれないのか?」
「……ん、する」

 顔を押しつけすぎて前髪がグシャグシャになったらしく、佑が笑い、まず前髪を整えてくれる。
 改めてキスをすると思うと照れくさいが、目を閉じて唇をすぼめた。
 ちゅ、と柔らかな唇が訪れ、香澄の唇を舌が舐めてゆく。

「……んん……」

 佑のキスは優しいから大好きだ。

 比較する人もいないが、とても上手い。

 あっという間に口腔を舌でまさぐられ、香澄の体から力が抜けていきそうになる。
 懸命に佑の舌を舐め迎えていると、彼の手が香澄の髪を梳いてゆく。
 その手から「愛しい」という感情が漏れているように思えた。

 やがて、舌の間で銀糸が引いてキスが終わった。

 優しく微笑んだあと、佑は「とりあえずシャワー浴びてくるよ」と言って香澄の頭をポンポンと撫でた。

 熊谷は十七時になると帰り、香澄と一緒に夕飯を作っていた斎藤も十八時になると帰っていた。

「じゃあ、ご飯を温めておくね」
「ああ、ありがとう」

 今日は斎藤と一緒に作った、旬のムカゴの炊き込みご飯だ。
 香澄には馴染みのない食材だが、長芋や自然薯などの蔓の部分らしい。

 赤ガレイも旬らしく、それで煮付けも作った。
 札幌にいた時にスーパーでは、真ガレイや黒ガレイを多く見た。
 赤ガレイもあるんだなぁ、と思いつつ、カレイはカレイなので慣れた手つきで調理していくと、斎藤に褒められて少し嬉しくなった。

 そして九月中旬から十月中旬までしか食べられないという、マコモダケというキノコも斎藤が入手してくれた。
 味見をしてみるとシャキシャキとした食感で、すぐに好きになった。
 そのマコモダケを椎茸とベーコンと一緒にバターソテーにする。

 あとは小鉢に旬の物という事で、生の落花生を茹でた物をちょんと入れておしまいだ。

 味噌汁を温めていると、佑がバスルームから出てきた。

「いい匂いだな」
「んふふ。旬の物を食べると、健康にいいんだって」

「あれ? 香澄は健康オタクか?」
「佑さんの健康管理をするのも、秘書の務めです」

 自然に口からそんな言葉が出て、一瞬香澄の頭の中にポカッと空白ができた。

(あれ?)

 何か大事なものが抜け落ちているような気がするのだが、――思い出せない。
 おかずが盛られた食器を並べていた手を止め、香澄はダイニングテーブルの前で固まった。

「……香澄?」

 話しかけられ、香澄はハッと我に返る。

「……ううん。なんでもないの。ボケかな」

 ごまかすように冗談を言い、香澄はまた手を動かし始める。

 その横顔を佑が物言いたげに見ていたのを分かっていても、香澄にはどうする事もできない。
 ここ最近自分が〝不調〟であるのを、香澄自身が一番よく分かっているからだ。

「……いただきます」

 佑も手伝ってくれて食器をすべて並べ、二人で向かい合って食事をとる。

「ん、今日も美味しいな」
「ありがとう。斎藤さんにも伝えないと」

「美味しいのは嬉しいけど、無理して手伝わなくていいからな? 疲れてたら斎藤さんに任せていいよ」
「うん、ありがと。でも動ける時は動かないと」

 会話をしつつ箸を進め、不調であっても食欲はあるのだなぁ、とある意味感心する。
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