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第九部・贖罪 編
穏やかにゆるやかに
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日曜日という神の休日を、二人は堪能できた。
昼前に起きたので体感する一日は短かったが、テレビやスマホなど余計な物を挟まず、大好きなクラシックをかけて一日くっついていた。
香澄は佑に話しかけられ、自然に反応する。
だが昨晩風呂場で話した事は、頭の奥にもやが掛かったようであまり思い出せなかった。
薬の影響で軽い意識の混乱があると言われていた佑は、それも了解していた。
だが〝現実〟からどこか切り離されてしまった香澄を見ると、胸の奥が痛くて堪らない。
普通に話していたのに、急にネジが切れてしまったオルゴールのように、話すのをやめてしまう。
そしてしばしぼんやりとして、止まる。
少ししてフ……と現実に戻り、「何だっけ?」と首を傾げながら佑の反応を窺ったり、周囲の様子を見る。
そんな彼女を見ていると、「守らなくては」という思いが募ってくる。
これから先、香澄の意識がいつしっかりとするのか分からない。
何週間か先かもしれないし、一か月先かもしれない。数か月先かもしれないし、一年以上かかるかもしれない。
それでも、待つしかできない。
香澄の事は一生手放すつもりはない。
事件を知った香澄の両親に「札幌に戻せ」と言われたとしても、帰したくない。
せっかく手に入れたのだから、取り上げないでほしい。
ただただ、そう願うばかりだ。
そしてもし神様という存在がいるのなら、すべてを超越したその人にも願う。
――俺から香澄を取り上げないでくれ。
**
そのようにして、九月の上旬が過ぎた。
平日にはいつものように松井がやって来る。
「おはようございます」
香澄は松井を知っている。
佑の秘書で、自分の上司だ。
だがそこで芽生えるはずの「自分も会社に行かなければ」という意識が、香澄からスッポリと抜け落ちていた。
香澄の意識はまだ足のケガをして自宅療養をしていた時期に留まっているかもしれないし、Chief Everyで働き始める前に戻っているかも分からない。
だが松井も佑から色々説明を受けていたようで、香澄に対して「いつ復帰するんですか?」など言う事はなかった。
今の香澄がどんな状態なのかも理解しているし、松井ほど聡い人なら彼女をいたずらに混乱させる事もない。
「今日も晴れですってね。最高気温が三十六度になるって言っていましたから、松井さんも気を付けてください」
Tシャツにハーフパンツというラフな格好をした香澄は、松井に冷たいお茶を出して世間話をする。
佑は洗面所で歯磨きをしていた。
斎藤は朝に来て、「リハビリですよ」と言って香澄と一緒に朝ご飯を作り、二人でそれを食べた。
十時になったら、熊谷という女性が来る予定だ。
彼女はこのところ御劔邸に通っていて、斎藤たちのように特に何か仕事をする訳ではなく、香澄と一緒におしゃべりをする。
穏やかで一緒に過ごしていて心地いい人だ。
一度「熊谷さんは何の人なんですか?」と尋ねた事がある。
熊谷は微笑んで、「御劔さんから、香澄さんの話し相手になるよう言われたんです。一人だと寂しいですからね」と微笑んだ。
それを、香澄は「そうなんですね」と受け入れた。
香澄を取り巻く環境は穏やかにゆるやかに進んでゆく。
「香澄、今日は早く帰れそうだから、久しぶりにモデルやってくれないか?」
「うん、いいよ」
洗面所から戻った佑にスーツのジャケットを着せ、ネクタイが曲がっていないかチェックする。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
松井は気を利かせて先に玄関を出た。
二人きりの空間で、香澄は佑にチュッとキスをする。
佑は嬉しそうに目を細め、香澄の頭をいい子いい子と撫でて出勤した。
昼前に起きたので体感する一日は短かったが、テレビやスマホなど余計な物を挟まず、大好きなクラシックをかけて一日くっついていた。
香澄は佑に話しかけられ、自然に反応する。
だが昨晩風呂場で話した事は、頭の奥にもやが掛かったようであまり思い出せなかった。
薬の影響で軽い意識の混乱があると言われていた佑は、それも了解していた。
だが〝現実〟からどこか切り離されてしまった香澄を見ると、胸の奥が痛くて堪らない。
普通に話していたのに、急にネジが切れてしまったオルゴールのように、話すのをやめてしまう。
そしてしばしぼんやりとして、止まる。
少ししてフ……と現実に戻り、「何だっけ?」と首を傾げながら佑の反応を窺ったり、周囲の様子を見る。
そんな彼女を見ていると、「守らなくては」という思いが募ってくる。
これから先、香澄の意識がいつしっかりとするのか分からない。
何週間か先かもしれないし、一か月先かもしれない。数か月先かもしれないし、一年以上かかるかもしれない。
それでも、待つしかできない。
香澄の事は一生手放すつもりはない。
事件を知った香澄の両親に「札幌に戻せ」と言われたとしても、帰したくない。
せっかく手に入れたのだから、取り上げないでほしい。
ただただ、そう願うばかりだ。
そしてもし神様という存在がいるのなら、すべてを超越したその人にも願う。
――俺から香澄を取り上げないでくれ。
**
そのようにして、九月の上旬が過ぎた。
平日にはいつものように松井がやって来る。
「おはようございます」
香澄は松井を知っている。
佑の秘書で、自分の上司だ。
だがそこで芽生えるはずの「自分も会社に行かなければ」という意識が、香澄からスッポリと抜け落ちていた。
香澄の意識はまだ足のケガをして自宅療養をしていた時期に留まっているかもしれないし、Chief Everyで働き始める前に戻っているかも分からない。
だが松井も佑から色々説明を受けていたようで、香澄に対して「いつ復帰するんですか?」など言う事はなかった。
今の香澄がどんな状態なのかも理解しているし、松井ほど聡い人なら彼女をいたずらに混乱させる事もない。
「今日も晴れですってね。最高気温が三十六度になるって言っていましたから、松井さんも気を付けてください」
Tシャツにハーフパンツというラフな格好をした香澄は、松井に冷たいお茶を出して世間話をする。
佑は洗面所で歯磨きをしていた。
斎藤は朝に来て、「リハビリですよ」と言って香澄と一緒に朝ご飯を作り、二人でそれを食べた。
十時になったら、熊谷という女性が来る予定だ。
彼女はこのところ御劔邸に通っていて、斎藤たちのように特に何か仕事をする訳ではなく、香澄と一緒におしゃべりをする。
穏やかで一緒に過ごしていて心地いい人だ。
一度「熊谷さんは何の人なんですか?」と尋ねた事がある。
熊谷は微笑んで、「御劔さんから、香澄さんの話し相手になるよう言われたんです。一人だと寂しいですからね」と微笑んだ。
それを、香澄は「そうなんですね」と受け入れた。
香澄を取り巻く環境は穏やかにゆるやかに進んでゆく。
「香澄、今日は早く帰れそうだから、久しぶりにモデルやってくれないか?」
「うん、いいよ」
洗面所から戻った佑にスーツのジャケットを着せ、ネクタイが曲がっていないかチェックする。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
松井は気を利かせて先に玄関を出た。
二人きりの空間で、香澄は佑にチュッとキスをする。
佑は嬉しそうに目を細め、香澄の頭をいい子いい子と撫でて出勤した。
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