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第九部・贖罪 編

現実を知る ★

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 佑との夢を見ると、香澄はたっぷり感じて下着を濡らして起きてしまう時もあった。

 だがその夢での性行為シーンは、映画でシーンAからBへパッと切り替わるように、詳細な情報がないまま終わっていた。

 夢の中で香澄は溜め息をつき、ベッドから下りる。
 その時、膣奥から精液がドロッと滴り落ちるのをリアルに感じた。
 普通ならあり得ない量の精液がドプドプと香澄の膣から漏れ、太腿を汚してゆく。

「やだ……、やだ……っ」

 これは佑の精液でないという事は、直感で分かった。

 自分がこんなに嫌がるなら、これは佑のものではない。

 ――じゃあ。

 意識が急激に引き上がり、覚醒する間際に頭に浮かんだのは――――マティアスの顔だった。





「っ…………」

 香澄は汗だくになって目を覚ます。

 荒い呼吸と、バクバクという心臓の音がやけに頭に響いた。

 視界に入ったのは、佑の寝室の天井だ。

 頭だけ動かして隣を見ると、佑の穏やかな寝顔がある。

「私…………。そうだ、…………わたし…………」

 どうしてこんな何事もなかったかのように、佑の隣で眠れていたのだろう。

〝あんな事〟をしでかした自分は、佑に愛される資格などない。

 彼を、――――手ひどく裏切ってしまった。

 香澄は首を振った。

 何度も何度も、首を振った。

 その行為の意味は「いいえ、違う」を示す。

 何度も何度も、繰り返し香澄は自分を否定した。

 ――私は、〝違う〟。

 ――こんな場所にいていい人間じゃない。

 ――私は、間違えている。

「ぁ……っ、ふ、――――う、うぅっ」

 嗚咽を殺しきれず、唇から声が漏れる。

 それでも懸命に佑を起こすまいとして、香澄はそっとベッドを出た。

 自分でもどこに行こうと思ったのか、何をしたかったのか分からない。

 寝室を出たあと、足音を忍ばせて自室に入る。

 寝間着にしていたキャミソールとタップパンツの上に、薄手のロングカーディガンを羽織る。

 そしていつも使っているバッグに、財布を突っ込んで首から掛けた。

 体がガタガタと激しく震え、どれだけさすっても収まってくれない。

「ごめんなさい……っ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 ブツブツと呟きながら急ぎ足で階段を下りていた時、「香澄!?」と佑の声がした。

 それには何も答えず、香澄は階段を駆け下りて玄関に向かった。

 が、背後からダダダダ……と追いかける足音がし、焦燥感を煽る。

 ――出ないと!

 ――ここにいたら駄目!

 ――私は、ここにいられない!

 必死の思いで玄関の鍵を捻った所で――――、バン! と後ろから大きな手がドアを叩いた。

 同時に腰に腕がまわり、グイッと引き寄せられる。

「駄目だ!!」

 強く言われ、ひどく叱られたショックと悲しみが襲う。

「いやあぁあぁっ!! 離して!! 出して!! ここにいられないの! いちゃ駄目なの!!」

 香澄は懸命にドアノブを握り、ガチャガチャと揺さぶった。

 だがそれよりも強い力で佑が手前に引いたので、ドアはビクともしない。

「香澄」

「呼ばないで! 駄目なの! 私、そんな資格ないの!!」

「香澄!!」

 一際強い声で呼ばれたかと思うと、香澄は佑の腕の中にすっぽりと収まった。

 そのまま彼は玄関の上がり框に座り、ギュッと香澄を抱き締める。

「出て行かなくていい。俺は何も怒ってないから」

「嘘! 私……っ、私、佑さんを……っ、う、裏切ったもの! 他のっ、ひ、人に……っ、マ、マティアスさんにっ、抱かれっ、た、もの!」

 ボロボロと涙が零れ、ひどく震えながら嗚咽し、それだけの言葉を言うにとても時間がかかった。

 裏切り者の自分はここにいられないと言っているのに、佑は裸の胸板に香澄の顔を押しつけ抱き締めた。

 渾身の力で抜け出そうとしても佑の力は強く、逃げられない。
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