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第九部・贖罪 編
彼女のためにできる事
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『香澄さんが起きて何か取り乱すような事があったら、私を呼びなさい。栄子さんは札幌にいるからすぐ来られないだろうし、クラウザー家が関わってこんな事になっただなんて、とてもじゃないけど伝えられないわ。もしかしたら女同士の方が何か役に立つかもしれない。それでも、義母になる私への遠慮や、クラウザー家への嫌悪があるかもしれない。その時は誰か専門の女性に任せるわ』
アンネが全面的に香澄の味方になってくれる事を知り、佑は内心安堵する。
『専門の女性はもう雇っているから、身の回りの事は大丈夫だ』
熊谷の事を話すと、二人は『プロがいるなら大丈夫ね』と安心した。
『香澄さんが意識を戻せば、彼女にすべての決定権があると伝えて。クラウザー家と関わりたくないと言ったなら、私も今後彼女に会うのを控える。それでも佑、私は一度あなたたちの結婚を許した。だから香澄さんがあなたを拒絶しない限り、彼女はあなたが守っていきなさい。私はお金を出す事ぐらいしかできない。資産で言えばあなたの方が上だけれど、私にファッティの遺産がいずれ回ってきたら、その大半を譲るわ。そうでもしなければ、香澄さんに申し訳が立たない』
深く溜め息をつき、アンネは眉間の皺を揉む。
澪も神妙な面持ちをしている。
『私、香澄さんともっと仲良くなりたいと思っていたけど、私もママと気持ちは同じ。オーパたちのせいで香澄さんがこんなに酷い目に遭ってしまったなんて、許されない事だわ。御劔家もろともクラウザー家を憎むなら、私も香澄さんに嫌われる覚悟をする』
沈痛な表情で言う妹に、佑は本当なら『心配ない』と伝えたかった。
香澄はとても優しい女性で、滅多な事で人を憎んだりしない。
だが彼女はまだ寝たままで、事件の事をどこまで覚えているかも分からない。
だから『香澄は澪を嫌わないから大丈夫だ』など、無責任な事は今は言えなかった。
アンネが続ける。
『佑、ファッティを訴えなさい。訴えずとも示談金でがっぽりせしめなさい。それを丸ごと香澄さんの口座に突っ込むの。アロクラからも、マティアスからも大金を巻き上げればいいわ。マティアスはエミリアから賠償金が支払われるだろうし、あの子たちも香澄さんのためにお金を払う事に抵抗しないでしょう。もし何も罪悪感がないと言うのなら、縁を切るわ。それに……、一番はメイヤー家からね。フランクさんはエミリアを大事にしていたから、孫娘の不祥事のためならどれだけでもお金を出すでしょう』
佑は思わず渋面になり、首を横に振る。
『……母さん。そんな、金だけで解決するようなやり方は駄目だ』
『じゃあ、他にどういう手があると言うの?』
ジロリと睨まれ、佑もムッとして睨み返す。
『女性の尊厳を奪われたというのに、土下座をしたら解決できるとでも思っているの? 香澄さんにはケアが必要だわ。それにはお金がかかる。働けていなかった給料分も、別の場所から持ってこればいいじゃない。お金はすべてを解決するわ。いい? 困った時は札束で殴りなさい。こういう事ができるのは、あなたみたいな立場の特権よ。愛情とかそういうものは、あなたが与えなさい。他の人じゃ意味がないんだから』
確かにアンネの言う通りだ。
佑はしばし考えたあと、素直に頷いた。
『分かった。香澄の口座にしこたま金を入れる』
受け入れた息子に頷き、アンネは脚を組む。
『あなたはまだファッティやアロクラたちに、連絡をしたくないでしょう。でもあちらはあちらで、怒られるべき人に怒られていると思うわ。特にムッティにね。ムッティはああ見えて芯が強い人だから、一度怒ったら怖いわよ。まぁ、私たちはこの歳になれば、親が離婚しようが好きにしてっていう感じだけどね。親は親で、自分の人生を生きるべきだわ』
佑は物静かで上品な祖母の顔を思い浮かべる。
そして微笑したまま仁王のごとき怒気を放ち、祖父を淡々とした言葉でなじる様子を想像した。
(やってやれ、オーマ)
思わず、心の中で祖母をけしかける。
『まぁ、少し待つよ。何もかも一気に解決しようと思っていない。いま弁護士に準備をしてもらっているところだ。相手が多いから、まずはメイヤーと決着をつける。身内は逃げないと分かっているから、あとからでも遅くはない』
淡々と言ってから、佑は天井に視線をやった。
二階ではまだ香澄が昏々と眠っている。
彼女のために何かできるのなら、それが金を吸い上げる事でも何でもいい。
派手な浪費を好まない香澄だが、自由に使っていい金が増えたらきっと喜んでくれるだろう。
そう思う傍ら、本当は「もっと他に何かあるだろう」と思ってしまう。
香澄があれだけ傷付いているのに、できる事が金を集めるだけだなんて、何て情けない。
しかし佑は一般家庭育ちとは言え、母が資産家なので裕福な子供時代を送ってきた。
金で解決するという案にあっさり頷いてしまった自分に、アドラーの血筋を感じて残念な気持ちになった。
(俺だけが香澄に与えられる……。感情的な安らぎ、癒やし……か)
佑は目を閉じ、香澄にとって何が一番いいのかを考える。
気晴らしに旅行に行くには、香澄の体調が万全ではない。
買い物を自由にしていいと言っても、「物なら溢れてる」と言われる。
アンネが全面的に香澄の味方になってくれる事を知り、佑は内心安堵する。
『専門の女性はもう雇っているから、身の回りの事は大丈夫だ』
熊谷の事を話すと、二人は『プロがいるなら大丈夫ね』と安心した。
『香澄さんが意識を戻せば、彼女にすべての決定権があると伝えて。クラウザー家と関わりたくないと言ったなら、私も今後彼女に会うのを控える。それでも佑、私は一度あなたたちの結婚を許した。だから香澄さんがあなたを拒絶しない限り、彼女はあなたが守っていきなさい。私はお金を出す事ぐらいしかできない。資産で言えばあなたの方が上だけれど、私にファッティの遺産がいずれ回ってきたら、その大半を譲るわ。そうでもしなければ、香澄さんに申し訳が立たない』
深く溜め息をつき、アンネは眉間の皺を揉む。
澪も神妙な面持ちをしている。
『私、香澄さんともっと仲良くなりたいと思っていたけど、私もママと気持ちは同じ。オーパたちのせいで香澄さんがこんなに酷い目に遭ってしまったなんて、許されない事だわ。御劔家もろともクラウザー家を憎むなら、私も香澄さんに嫌われる覚悟をする』
沈痛な表情で言う妹に、佑は本当なら『心配ない』と伝えたかった。
香澄はとても優しい女性で、滅多な事で人を憎んだりしない。
だが彼女はまだ寝たままで、事件の事をどこまで覚えているかも分からない。
だから『香澄は澪を嫌わないから大丈夫だ』など、無責任な事は今は言えなかった。
アンネが続ける。
『佑、ファッティを訴えなさい。訴えずとも示談金でがっぽりせしめなさい。それを丸ごと香澄さんの口座に突っ込むの。アロクラからも、マティアスからも大金を巻き上げればいいわ。マティアスはエミリアから賠償金が支払われるだろうし、あの子たちも香澄さんのためにお金を払う事に抵抗しないでしょう。もし何も罪悪感がないと言うのなら、縁を切るわ。それに……、一番はメイヤー家からね。フランクさんはエミリアを大事にしていたから、孫娘の不祥事のためならどれだけでもお金を出すでしょう』
佑は思わず渋面になり、首を横に振る。
『……母さん。そんな、金だけで解決するようなやり方は駄目だ』
『じゃあ、他にどういう手があると言うの?』
ジロリと睨まれ、佑もムッとして睨み返す。
『女性の尊厳を奪われたというのに、土下座をしたら解決できるとでも思っているの? 香澄さんにはケアが必要だわ。それにはお金がかかる。働けていなかった給料分も、別の場所から持ってこればいいじゃない。お金はすべてを解決するわ。いい? 困った時は札束で殴りなさい。こういう事ができるのは、あなたみたいな立場の特権よ。愛情とかそういうものは、あなたが与えなさい。他の人じゃ意味がないんだから』
確かにアンネの言う通りだ。
佑はしばし考えたあと、素直に頷いた。
『分かった。香澄の口座にしこたま金を入れる』
受け入れた息子に頷き、アンネは脚を組む。
『あなたはまだファッティやアロクラたちに、連絡をしたくないでしょう。でもあちらはあちらで、怒られるべき人に怒られていると思うわ。特にムッティにね。ムッティはああ見えて芯が強い人だから、一度怒ったら怖いわよ。まぁ、私たちはこの歳になれば、親が離婚しようが好きにしてっていう感じだけどね。親は親で、自分の人生を生きるべきだわ』
佑は物静かで上品な祖母の顔を思い浮かべる。
そして微笑したまま仁王のごとき怒気を放ち、祖父を淡々とした言葉でなじる様子を想像した。
(やってやれ、オーマ)
思わず、心の中で祖母をけしかける。
『まぁ、少し待つよ。何もかも一気に解決しようと思っていない。いま弁護士に準備をしてもらっているところだ。相手が多いから、まずはメイヤーと決着をつける。身内は逃げないと分かっているから、あとからでも遅くはない』
淡々と言ってから、佑は天井に視線をやった。
二階ではまだ香澄が昏々と眠っている。
彼女のために何かできるのなら、それが金を吸い上げる事でも何でもいい。
派手な浪費を好まない香澄だが、自由に使っていい金が増えたらきっと喜んでくれるだろう。
そう思う傍ら、本当は「もっと他に何かあるだろう」と思ってしまう。
香澄があれだけ傷付いているのに、できる事が金を集めるだけだなんて、何て情けない。
しかし佑は一般家庭育ちとは言え、母が資産家なので裕福な子供時代を送ってきた。
金で解決するという案にあっさり頷いてしまった自分に、アドラーの血筋を感じて残念な気持ちになった。
(俺だけが香澄に与えられる……。感情的な安らぎ、癒やし……か)
佑は目を閉じ、香澄にとって何が一番いいのかを考える。
気晴らしに旅行に行くには、香澄の体調が万全ではない。
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