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第八部・イギリス捜索 編
薬の副作用
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「……言ったよ……」
囁くような声で言った香澄は、また頻りに瞬きをした。
眠たいのだろうと察し、佑は彼女の頭を撫でる。
「無理をしなくていい。本当にどこにも行かないから、ちゃんと寝るんだ」
香澄を抱き寄せて額にキスをすると、彼女が胸板に額をつけてきた。
「……たすく、さんの……、におい……。またあのコロンつけて……。たすくさんから、あの香りするの、……すき……」
それから香澄はまたスゥ……と深い眠りに落ちてしまった。
ほんの少しの時間でも、香澄と話せたのが堪らなく嬉しい。
同時に香澄に言われて初めて、イギリスに着いてから香水をまったくつけていないのを思い出した。
しかし今までの切羽詰まった状況で、身なりに気を遣ってなどいられなかった。
無精髭すら生やしていて、アロイスに注意されたほどだ。
「……でも、やっと安心できたから、香澄が望むなら〝いつも〟に戻らないと」
ふ……とジョン・アルクールの本店がロンドンにあると思いだした。
だが今は一刻も早く香澄を日本に連れて帰りたい。
「また、一緒にイギリスに来よう。今回の件でとても嫌な思いをしたが、二人で旅行を楽しめば上書きできると思うんだ」
佑は何度も香澄の髪を撫で、額に唇を押しつけた。
「次は元気な時にきっと……。最高の思い出にしよう」
そう囁いて、佑は香澄を抱き締めそっと彼女の香りを吸い込んだ。
――生きている。
――温かい。
――呼吸をしてる。
――側にいる。
当たり前と思っていた事を、今ばかりは奇跡だと感じる。
彼女が生きてこの手に戻った事を感謝し、佑も久しぶりに心から安堵して惰眠を貪った。
**
香澄は断片的に目を覚まし、佑はそのたびに彼女と少し会話をする。
そしてまた眠りに落ちる彼女を見守った。
河野たちには「しばらく休む」と伝えて、佑は一日中香澄と一緒に寝ていた。
日本でもこんなに休む事はなく、久しぶりに何も考えずボーッとできている。
精神的に落ち着いた事で少し空腹を感じたが、自分の事よりも香澄が食べられるかどうかで悩んでいた。
日本のおかゆやうどんのような物があればいいのだが、ポリッジ――オートミールをミルクで煮た物――を出しても、食べ慣れないだろう。
日本食の店があればいいのだが、ホテルまで運んでもらえるかは疑問だ。
そもそもランカスターに、佑が望む日本食の店があるか分からない。
つらつらと考えつつも、佑は病院で医師に説明を受けた時の事を思い出していた。
香澄の処置が終わったあと、病室に医師が訪れた。
『何があったか、分かっている範囲でいいので教えてもらえませんか?』
そう尋ねられ、佑は香澄がなんらかの薬を飲まされている事、その副作用で意識がなくなり、乳汁も出ている事を話した。
『大まかに、ミズ・アカマツは高プロラクチン血症という状態になっています。妊娠していないのに乳が出るのは、抗鬱剤に見られるドーパミンを抑える薬の副作用です。簡単な対処法を言えば、薬を飲むのをやめればこれらの副作用は治まります』
医者の言葉に佑は息をつく。
『ですが聞いたところ、ミズ・アカマツはまったくの健康体だったのに、ここまで意識を混濁させるほど薬を飲まされました。他に考えられる副作用として、生理不順、不妊症の懸念、体重増加や高血糖、目眩、立ちくらみなども考えられます。肝機能・腎機能障害も心配されるでしょう。ミスター・ミツルギはすぐの帰国を望んでいるようですが、帰国後に日本の医師に相談して、薬を処方してもらう手段もあると思います』
『その薬も副作用がありますよね?』
今はもう、香澄に薬を飲ませるという言葉を聞くだけでも、嫌な気持ちになる。
『副作用のない薬はありません』
『……ですよね』
やんわりと言われ、佑は頷く。
しばし沈黙したが、決意した。
『分かりました。副作用を抑える薬を飲むかどうかは、彼女の意思を尊重したいと思います。現在のこの昏睡状態はどれぐらい続くでしょうか?』
佑の問いに、医師が答える。
囁くような声で言った香澄は、また頻りに瞬きをした。
眠たいのだろうと察し、佑は彼女の頭を撫でる。
「無理をしなくていい。本当にどこにも行かないから、ちゃんと寝るんだ」
香澄を抱き寄せて額にキスをすると、彼女が胸板に額をつけてきた。
「……たすく、さんの……、におい……。またあのコロンつけて……。たすくさんから、あの香りするの、……すき……」
それから香澄はまたスゥ……と深い眠りに落ちてしまった。
ほんの少しの時間でも、香澄と話せたのが堪らなく嬉しい。
同時に香澄に言われて初めて、イギリスに着いてから香水をまったくつけていないのを思い出した。
しかし今までの切羽詰まった状況で、身なりに気を遣ってなどいられなかった。
無精髭すら生やしていて、アロイスに注意されたほどだ。
「……でも、やっと安心できたから、香澄が望むなら〝いつも〟に戻らないと」
ふ……とジョン・アルクールの本店がロンドンにあると思いだした。
だが今は一刻も早く香澄を日本に連れて帰りたい。
「また、一緒にイギリスに来よう。今回の件でとても嫌な思いをしたが、二人で旅行を楽しめば上書きできると思うんだ」
佑は何度も香澄の髪を撫で、額に唇を押しつけた。
「次は元気な時にきっと……。最高の思い出にしよう」
そう囁いて、佑は香澄を抱き締めそっと彼女の香りを吸い込んだ。
――生きている。
――温かい。
――呼吸をしてる。
――側にいる。
当たり前と思っていた事を、今ばかりは奇跡だと感じる。
彼女が生きてこの手に戻った事を感謝し、佑も久しぶりに心から安堵して惰眠を貪った。
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香澄は断片的に目を覚まし、佑はそのたびに彼女と少し会話をする。
そしてまた眠りに落ちる彼女を見守った。
河野たちには「しばらく休む」と伝えて、佑は一日中香澄と一緒に寝ていた。
日本でもこんなに休む事はなく、久しぶりに何も考えずボーッとできている。
精神的に落ち着いた事で少し空腹を感じたが、自分の事よりも香澄が食べられるかどうかで悩んでいた。
日本のおかゆやうどんのような物があればいいのだが、ポリッジ――オートミールをミルクで煮た物――を出しても、食べ慣れないだろう。
日本食の店があればいいのだが、ホテルまで運んでもらえるかは疑問だ。
そもそもランカスターに、佑が望む日本食の店があるか分からない。
つらつらと考えつつも、佑は病院で医師に説明を受けた時の事を思い出していた。
香澄の処置が終わったあと、病室に医師が訪れた。
『何があったか、分かっている範囲でいいので教えてもらえませんか?』
そう尋ねられ、佑は香澄がなんらかの薬を飲まされている事、その副作用で意識がなくなり、乳汁も出ている事を話した。
『大まかに、ミズ・アカマツは高プロラクチン血症という状態になっています。妊娠していないのに乳が出るのは、抗鬱剤に見られるドーパミンを抑える薬の副作用です。簡単な対処法を言えば、薬を飲むのをやめればこれらの副作用は治まります』
医者の言葉に佑は息をつく。
『ですが聞いたところ、ミズ・アカマツはまったくの健康体だったのに、ここまで意識を混濁させるほど薬を飲まされました。他に考えられる副作用として、生理不順、不妊症の懸念、体重増加や高血糖、目眩、立ちくらみなども考えられます。肝機能・腎機能障害も心配されるでしょう。ミスター・ミツルギはすぐの帰国を望んでいるようですが、帰国後に日本の医師に相談して、薬を処方してもらう手段もあると思います』
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今はもう、香澄に薬を飲ませるという言葉を聞くだけでも、嫌な気持ちになる。
『副作用のない薬はありません』
『……ですよね』
やんわりと言われ、佑は頷く。
しばし沈黙したが、決意した。
『分かりました。副作用を抑える薬を飲むかどうかは、彼女の意思を尊重したいと思います。現在のこの昏睡状態はどれぐらい続くでしょうか?』
佑の問いに、医師が答える。
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