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第八部・イギリス捜索 編

河野の考察

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「それならば、闇パーティーのようなものが開かれると考えていいでしょう。ギャラリーがいなければエミリア氏の欲望は叶えられません。このままロンドンの〝表〟で人捜しをしても、赤松さんは見つかりません。〝裏〟のネットワークで闇パーティーが開かれないか情報を集める必要があります」

「分かった」

 自分たちが焦りのあまり、見当違いの努力をしていた事を自覚し、ドッと疲れが押し寄せる。

 河野は「糖分を摂取します」と言って、お茶菓子のチョコレートを口に放り込んだ。
 それを食べ終えたあと、彼はもう一つの事実を付け加える。

「医者の準備をした方がいいでしょう」
「医者?」

 ギクリとして尋ねると、やはり河野は淡々と答える。

「赤松さんはお人好しで人をすぐ信じます。美点であるか欠点であるかは置いておきましょう。エミリア氏が彼女を酷い目に遭わせようとしているとして、それに気付けないほど鈍感でもないと思うのです。彼女は社長の隣にいる女性だからこそ、特に他の女性からの悪意に敏感になっていると思います」

「確かに……」

「マティアス氏にレイプされたと思い込み、同性のエミリア氏が唯一の味方というように振る舞い、彼女を頼り縋るでしょう。いつまで動揺したままかは分かりませんが、長時間のフライトを経て、イギリスに来てからもかなりの日数が経っています。その中で冷静さを取り戻せない赤松さんではないと思うのです。初対面の相手を信じて海外まで着いてきてしまっていいのか、簡単に辞職願を書いたが良かったのか。私の知る彼女なら、深く考え悩むと思います」

「そう……、だな」

 確かに香澄は流されやすい。

 しかし自分で考える事をすぐに放棄する女性ではない。

 流されて長いものに巻かれる性格なら、今頃佑は思うままに可愛がっていただろう。
 好きに遊んで楽しく過ごし、笑顔で佑を迎え癒やす、そんな存在になっていたかもしれない。

 それをよしとしなかったのが、香澄自身の強い意志だ。

「思い直したなら、どんな手段を使ってでも社長に連絡をしたでしょう。しかししなかった。やろうと思えば、エミリア氏のスマホを借りるなり、英語を話せるので事情を話して誰かに電話を借りて、社長に連絡をして迎えに来てもらうぐらい簡単なのです」

「ああ、そう思う」

「裏を返せば、それができなかったのです。通信手段がない。または使えない状況にあった。最悪を想定すれば、エミリア氏に何らかの薬物を飲まされ、正常な思考を奪われた可能性もあります。それならば、エミリア氏が本能を出しても逃げ出せず、連れ回されても逃げられないと言われても納得できます」

 薬物と言われ、佑はぞくりと鳥肌を立てた。

「赤松さんはChief Everyの第二秘書をこなす能力のある、しっかりとした大人の女性です。機転が利き、語学力もあります。それなのに社長に連絡一つよこさず姿をくらましたままというのは、少し考えにくいのです。幾らショックを受けていても、彼女がそこまで恩知らずな女性とは思えません」

「そうだな……」

 佑も最悪は想定していたつもりだった。
 だが本心では考えたくなく、現実的な可能性を脳裏に思い浮かべる事すら拒絶していた。

「香澄は……自力でものを考えられず、身動きが取れない状況にあると思っていいだろう。最悪、それを想定して動く」

「はい」

「仮に闇パーティーが行われるとして、集まる者はヒースロー空港を使うだろう。エミリアの知り合いなら、上流階級でロンドンの高級ホテルに泊まる確率も高い。マルコの力も借りて、セレブで少し黒い噂のある者がロンドンに来ていないか聞いてみる」

「承知致しました」

 佑は立ち上がり、すぐにホテルのロビーにマルコを探しに行く事にする。

 河野という援軍を得て、かなり頭の中は冷静になった。

 松井に感謝し、佑はエレベーターのボタンを押した。





 いつも佑がロビーでマルコを見るのは、十八時を回った頃だ。

 バカンスの予定を孫娘の出産のためにとったと言っていたが、祖父という立場にもなれば、ナーバスになっている孫娘にできる事も少ないのだろう。

 彼と話していた時、『男親や祖父なんてものは、いざという時に求められないものだな』と少し寂しそうに笑っていたのを覚えている。

 それでも昼間は孫娘が入院している病院に向かい、妊婦が口にしても大丈夫な物などを届けているらしい。

 そんな彼は、暇があればホテルのロビーで世界中から訪れる客と会話を楽しんでいる。
 その中で、黒い噂のあるセレブがいてもおかしくない。
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