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第八部・イギリス捜索 編

青いドレスとアンクレット

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『マッサージ師もいるから、お腹が苦しくなければリラックスしていらっしゃい』
『はい』

 部屋に控えていたアジア系の女性は、マッサージ師だ。
 目が合うとにっこり笑い、『いつでもベッドへ』と挨拶をされた。

 そのあとは神の手かと思うマッサージを受け、香澄はいつのまにかぐっすりと寝落ちていた。
 疲労が溜まっていた足や腰、肩へのマッサージもそうなのだが、頭を揉まれると何より気持ちいい。

 佑の事を考える間もなく、香澄は深い深い眠りの淵に落ちていった。





 眠っているあいだ、エミリアは少し出掛けたようだ。

『カスミさん』と揺さぶられて起こされると、時刻は十九時過ぎになっている。

『あなたに似合いそうな服を買ってきたの。これを着て一緒にレストランに行きましょう? 食欲がないかもしれないけど、食べないと薬も飲めないわ』

『はい』

 渡されたのは青いドレスだ。ふんわりとしたAラインが可愛らしい。
 エミリアはすでにワインレッドのドレスを着ていて、香澄にストッキングや『合えばいいんだけれど』とパンプスまで用意してくれた。

『アクセサリーは私のを貸してあげるわね。着替えたら教えて』

 そう言って、彼女は寝室を出て行く。

「……はぁ。美人で優しくて、本当に何ていい人なんだろう」

 着ていた服をモソモソと脱ぎ、ストッキングを穿く。
 それから持ち合わせていた青系のブラジャーをつけてドレスを被った。

 ドレスはV字のネックラインから谷間が少し見え、可憐なシルエットなのにどこか色っぽい。
 パンプスは少しヒールが高めだったが、そう長距離を歩くでもないので許容範囲だ。

 こういう身支度をしていると、つい服を着る前にネクタリンをワンプッシュしたくなる。
 だが今は手元にコロンを持っていないので、我が儘も言っていられない。

「本店があるっていうから、買えたらいいな」

 そう思うものの思い入れの強い香りを嗅げば、佑を恋しく思うに決まっている。

「なに考えているんだろう。……別れを告げてきたのに、未練がましい」

 自分に呆れて苦笑してから、気持ちを取り直しエミリアが待つリビングに向かった。

『お待たせしました』
『まぁ、似合っているわ。アクセサリーをつけてあげる。あとメイクも軽く施してあげるわ。そこに座って』

 エミリアは香澄の後ろにまわり、先端に青い宝石がついたペンダントをつけてくれた。

『最近はアンクレットも流行なのよね』

 微笑みながら、エミリアは香澄の右足首にピンクの石がついたアンクレットをつける。

『わぁ、可愛い』
『ふふ、そうでしょう。そのアンクレットあげるわ。きっとカスミさんのお守りになってくれるはずよ』



 香澄は――知らない。

 英語圏において青という色は、性的な意味を持つもあるという事を。

 日本でピンクが性的なものを連想する色だとして、英語圏ではそれが青なのだ。
 日本で性的な映画を『ピンク映画』と言うように、英語圏では成人向けの映画を『ブルーフィルム』と言い、青と言えばそのイメージが強い。

 加えてアンクレットというアクセサリーも、普段佑がプレゼントしないため知識がほとんどない。
 香澄が認識しているのは、足首につけるアクセサリーというだけだ。

 しかし右足首につけるアンクレットには、「恋人募集中」や既婚者であれば浮気を望むサインが潜んでいる。
 おまけにピンクの石に恋愛を連想させるのはたやすい。

 青いドレスを纏う人は大勢いるし、一概に青だから性的とも言えない。
 ドレスだけなら、悪意があったとは言えないだろう。

 しかしアンクレットをプレゼントして「そんな意味があるとは知らなかったわ」と言い逃れするにはきついものがある。

 エミリアは意図的に香澄を貶めるためにそれらを用意した。

 しかし香澄はまったくその意味を知らず、無邪気に喜んでいた。



『カスミさんの髪は真っ黒で綺麗ね。アロクラも昔からアジア系の女の子が好きだったわ』

 エミリアは香澄の髪をねじってピンを挿し、まとめ髪にしていく。

『そうなんですね。お二人はやっぱり、節子さんが日本人だから、日本人が好みなんでしょうか』
『かもしれないわね』

 エミリアは機嫌良さそうに答える。
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