上 下
412 / 1,544
第八部・イギリス捜索 編

生け贄になるべき運命

しおりを挟む
 佑も息をつき、温くなったコーヒーを一口飲む。
 それから向かいに座っている双子を見た。

「お前らは、こうなる前にエミリアを引き留めようと思わなかったのか? マティアスの腹の内を知っていたとして、どこまで今回の事を知っていて、どこまで聞いていなかった?」

 アロイスとクラウスは顔を見合わせ、軽く目だけで天井を仰ぐ。

「僕らがエミにカスミの事を言ったっていうよりも、エミがタスクを気にして調べているうちに、婚約の話を拾ったんだよ。それを僕らに確かめてきた。どれぐらいタスクに執着してるかは分からなかったから、その時にどれぐらい被害が出るかは分からなかった。ただ、雲行きが怪しくなって『まずいな』とは思った」

 そう言われて思いだしたのは、二回目にマティアスを殴った時の彼の言葉だ。



『そんなに大事なら、誰にも知られないように隠しておいたら良かっただろう』



 マティアスは「自分に手を出されたくなかったら香澄を隠しておけ」という意味で言ったのではなかった。

 こうなる事を見越し、エミリアに見つからないようにしておけと言いたかったのだろう。

「まぁ、タスクなら相手ができたらメディアに取り上げられるよね。まだ婚約発表はしていなくても、二人でプライベートに出かけていれば、どんだけ注意していても誰かに写真を撮られる可能性はある。俺らもそこまで責任取れとは言わないよ。幸せにやってたんだろうし、『これから不幸が訪れるかもしれない』とも言えなかった。それに、こうならなかったら、タスクもエミが魔女だなんて思わないだろ?」

 尋ねられ、自分が今まで彼女をまったく疑っていなかった事を自覚し、反省する。

「…………確かに。俺はエミリアの本性を知らなかった。急にエミリアが悪女だと言われても、いつものお前らの冗談だと思っただろう」

 それほど、エミリアの表向きの演技は完璧だったのだ。

「カスミが帰国してから、僕らはバカンスになったらすぐ日本に行こうって思ってた。何も知らないタスクからしたら鬱陶しいかもしれないけど、一応僕らなりに二人を近くで守ろうとしてたんだ」

「――確かに、邪魔しに来たようにしか思えなかった」

 真顔で突っ込む佑に、双子が苦笑いをする。

「……俺らが日本に行くのを、エミは面白くなく思っただろう。でも俺らがいない状態でエミが日本に行ったら、タスクたちの味方はカスミには初対面のマティアスしかいなくなるだろ? だから、来日がエミへの煽りになるのを覚悟した上で、先にカスミの周りを固めた。困ったディーとダムでも、アリスを守りたかったんだよ」

『不思議の国のアリス』の双子を例えに出され、不覚にも笑いかけた。

 一方で、クラウスが溜め息混じりに言う。

「マティアスの気持ちはもう随分前から知ってた。あいつ、ずっとエミと一緒に育ってたけど、エミを憎み続けていたから」

 二人は理想の主従だと思っていた佑は、意外な言葉を耳にして軽く瞠目する。

「そこは本人から聞きなよ。俺らが話す事じゃない」

 タスクの反応を見て、アロイスは軽く首を横に振る。
 そしてクラウスが続ける。

「僕らはマティアスから、エミが日本に行って二人の邪魔をする予定だと聞いた。あいつは秘書だから、エミのスケジュールを完全に把握してる。仕事もプライベートもいつでも一緒だから、あいつの情報は信頼できる。それでエミがエグい事をするかもしれないって予想してた。……カスミをレイプしろってマティアスが命令されたのは、日本に来る飛行機の中でらしい。日本に着いたらすぐ連絡くれたよ」

 佑は深く溜め息をつく。

 香澄がこうなると、双子は前もって知っていた。
 だというのに未然に防ぐ事ができず、ただただ悔しい。

 しかし双子はエミリアを完膚なきまで叩き潰すのが目的なので、計画が駄目になる可能性があるなら、悲劇が起こると分かっていても決して言わなかっただろう。

 エミリアが日本で何も問題を起こさなければ、制裁を与える理由もなくなる。
 恐らく法的に罰せられるのとは別に、双子、アドラーまでもが彼女と祖父ごと復讐できる、個人的な罪を作らなければいけなかった。

 香澄を生贄にした問題については、後でアドラーを含め、全員に贖罪させるつもりだ。

 肝心の香澄を取り戻していないのに、順番を間違えて感情論でゴタゴタしたくない。

「ただ、マティアスが本当にヤるのか、ヤらないかまでは知らなかった。だから俺たちもあの時は本当に焦ってたんだ。奴の事だからヤらないだろうとは思っていたけど、カスミの動揺っぷりと中に出したっぽい雰囲気に、完全に騙された」

 はぁ……と溜息をつき、佑はアロイスに尋ねる。

「全部エミリアを騙して、香澄に手を出させるためか?」

「そうだよ。ごめん。もしマティアスがエミの命令に背いたなら、エミはまだこのホテルに留まって次の手を考えただろう。俺たちはエミが犯罪を犯すのを見届けて、追い詰めて証拠を掴まないとならないんだ」

「だからと言って……っ」

 怒鳴りかけ、佑は大きく息を吸い込み、溜め息と共に深く長く吐き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...