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第八部・イギリス捜索 編

空の上で味わう絶望

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 望んで抱かれたのではなくても、レイプされて中に出されたのは事実だ。

(何があっても佑さんの側にいて、結婚して幸せになると思っていたのになぁ……)

 香澄が想像していたのは、せいぜい飯山たちとの事ぐらいの障害だ。
 それが……、とホテルでの事を思いだし、ため息をつく。

(私、酔っ払ってどんな風にマティアスさんに抱かれたんだろう。濡れてた……っていう事は、反応してたんだろうな。悦んでたのかな……。やだな。佑さん以外の人に、『気持ちいい』とか言ってたんだろうか……)

 自分で覚えていない姿を想像しただけで、胸の奥に重たい感情が宿る。

(やだな……。やだ。……やだ、……本当にやだ)

 涙が零れ、頬を伝っていく。

(私は全部、佑さんのものだもの。キスも、セックスも、名前を呼ばれるのも、髪を撫でられるのも、手を繋ぐのも、見つめ合うのも、ぜんぶ佑さんじゃないと嫌だ)

 自分の体に、マティアスの手形が沢山ついているような気がし、香澄はせわしなく太腿や腕を擦る。

「やだな……。やだよ……」

 思わず震えた声が唇から漏れ、そのまま香澄は小さく嗚咽しだした。
 もう就寝時間になり、香澄の小さな声に気付く者はいない。

「どうして……っ」

 佑には本当に恩しか感じていない。恩と好意のみだ。

 彼に良くしてもらった記憶しかないのに、香澄は何も返せないどころか手ひどく裏切ってしまった。
 自分がこんな女だと思わず、自分が自分に失望する。

 そこに己の意思があってもなくても、佑を裏切ったのは事実なのだ。

「ごめんなさい……っ、ごめ……っ、……めんなさいっ……」

 時間が経った今になり、自分が犯してしまった過ちの重きさをひしひしと感じる。

 恩を仇で返すなど、一番してはいけない事だ。

 彼の笑顔も、愛しげに「香澄」と呼ぶ声も、抱き締めてくれる腕も、頭を撫でてくれる手も、もう今の自分には求める資格がない。

(きっと怒ってるに決まってる。凄く怖い顔をしてたし、怒鳴ってたし……)

 当時の事はあまりにショックで、佑がどんな反応をしていたのか明確に覚えていない。
 しかし感覚的に、戦場のような場所に身を置いていたというのは覚えていた。

 また新たな涙が零れ、鼻水を啜る。

(やっぱり、佑さんみたいな人とは釣り合わないんだ。だから、罰が当たったんだ)

 そこまで考えて、自分が佑を幸せにすると誓った事を思い出す。
 女性運に恵まれず、香澄こそが運命の女性だと言ってくれた彼に、確かに「私が幸せにしないと」という感情を抱いた。

 ――その約束を破ってしまった。

 何度も「俺は香澄とじゃないと幸せになれない」と言ってもらったのに、香澄の方からその手を振りほどいてしまったのだ。

「もう……、……戻れない……っ」

 ――なんてバカなんだろう。
 ――あんなに優しくていい人を、裏切ってしまった。

 両家にも挨拶を済ませ、家族とも懇意になってきたと思っていたのに。
 関わった人全員を裏切るような行為をしてしまった。

「……も、……やだ……っ」

 絶望以外の言葉が見つからない。

 泣いていても、「大丈夫だよ」と慰めてくれる佑はいない。
 親友もいないし、家族もいない。

 空の上で、出会ったばかりのエミリアと二人きりだ。

 とてつもない孤独を感じ、香澄はまた涙を零した。



**



 マティアスが外出している間、佑は双子と話し合って知っている限り、エミリアやメイヤー家が所有している別荘をタブレットに書き出していった。

 ドイツ国内ではベルリンの高級住宅地グルーネヴァルトにあるセカンドハウス、他にはフランスのニース、イギリスの湖水地方、アメリカのニューヨーク、ハワイ、シンガポール。

 別荘を構えているのはこの辺りだが、パリで会った時は高級ホテルを気軽に利用している雰囲気があったし、エミリアの財力ならどこへでも行ける。
 ホテルでなくても、誰かの使っていない別荘をレンタルするシステムもある。

「今、ドイツはバカンス中でしょ。カスミに『気分転換しよう』って言って、あちこち連れ回す可能性もなきにしもあらずだ」

「しかしエミリアが香澄を憎んでいるとして、……考えたくないが〝何か〟をする時、人里から離れている場所のほうがやりやすくないか?」

 最悪、殺されるかもしれない可能性も否めない。

 佑は落ち着きなく指の関節を鳴らし、気がついては自分の手を揉む。
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