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第八部・イギリス捜索 編
事件の真実
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『香澄をあんな可哀想な目に遭わせておきながら、今さら何だ! 謝るぐらいならあんな事をするな! 香澄がお前に何かしたか? お前を傷つける事すらできない彼女に、人としての尊厳を奪うひどい事をしておいて、今さら謝るな!』
冷静になりきれない自分が嫌になる。
だがどうしても佑は、香澄が踏みにじられた事実を許す事ができなかった。
それを受け入れ、許してしまえば自分はどうなってしまうか分からない。
何より大切にしている香澄が、当たり前にひどい目に遭う世界が訪れたなら、理性の糸が切れて今までの自分を失ってしまう気がする。
今までの佑は、友人知人の女性から乱暴されたという報告を聞いていなかった。
勿論そういう事件があるのは分かっているし、犠牲になった女性をケアする事ができたらと、毎年一定額決まった金を募金している。
アドラーもドイツでそのようなNPO法人を設立していて、そちらにも金を出していた。
だが灯台もと暗しというのか、まさか香澄がこんな目に遭うとは思っていなかった。
それも、信頼していたマティアスによって。
だから佑はひどく混乱したし、傷付いて、幼馴染みで友人と思っていた彼を許す事ができないでいた。
思いの丈を吐き切って呼吸を乱す佑を、双子が気の毒そうに見てくる。
今はその気遣うような視線もうっとうしい。
だが、当のマティアスはコーヒーを一口飲んだあと、信じられない事を口にした。
『俺はフラウ・カスミを犯してない』
「は?」
思わず日本語で声を漏らした佑は、目をまん丸にして彼を凝視する。
「ふざけるな、今さら冗談など……」と言いかけた時、マティアスがいつもと変わらないクールな表情のまま、淡々と語り出した。
『クラウスには話したが、洗面所に〝道具一式〟がある。潤滑ジェルにバスルームにあったコンディショナー、それらを混ぜる道具に、ダミーの精液をを膣内に押し入れる道具。……女の生理は分からないが、タンポンと似た原理なんだろ』
列挙された道具から、佑はマティアスが擬似精液を香澄の膣内に入れた事を察した。
ドッ……と疲れが押し寄せ、体から力が抜ける。
彼は呆けた表情のまま、ソファの背もたれに体を預けて放心した。
そんな佑をクラウスは気の毒そうに見て、アロイスは『なるほどね』と頷いていた。
気の抜けた佑の脳裏に浮かんだのは、先ほど投げつけられたアメニティのボトルだ。
軽い音をさせたあれの使い道を思い、深い溜め息が出る。
『だがフラウ・カスミを勘違いさせるために、彼女を脱がせて指を入れて濡らしたのは事実だ。そこは心から謝罪する。事後だと思わせるために、マスターベーションをして精液を彼女の腹にかけた。それも謝る』
マティアスの行いの白と黒を理解した佑は、思いきり息を吸い、深く長く吐き出していった。
香澄は犯されていなかった。
その事実に一応は安堵し、喜ぶべきなのだろう。
しかし彼女が勘違いしたままショックを受けたのは変わっていない。
香澄に種明かしをしたとしても、彼女はマティアスに肌を見せてしまった事をずっと気に病むだろう。
『レイプしていないという事は理解した。……だが、香澄が可哀相だ』
その目はまた別の意味で潤んでいる。
どうして、平和主義者でささやかな日々の幸せを大切にしている彼女が、あんな可哀想な思いをしなければいけないのか。
聞いた事のない悲鳴を上げ、我を失った彼女を思い出しただけで、可哀想で涙が出てしまう。
マティアスはもう一度『すまなかった』と謝罪したあと、佑を見つめて真実を口にした。
『今回のレイプを俺に命じたのは、エミだ』
「…………なんでだよ」
佑は日本語で呟き、理解できないと頭を振る。
脳裏に浮かんだのは、品良く微笑む幼馴染みの女性だ。
ドイツではクラウザー家と並ぶ名家のお嬢様で、彼女が激昂した姿を知らないほど、温厚で平和な世界で生きていた人だと思っていた。
『タスクは親戚の中で一人日本住まいで知らないだろうけど、俺たちがこれだけエミの側にいても、あの子を異性として見ないのはそこに理由があるんだよね』
アロイスの言葉のあと、クラウスが冷めた目をして頷く。
『あの魔女のせいで、僕らはこの歳までまともな恋愛ができてないんだから』
忌々しげな双子の声を聞いて、佑は昨晩アロイスに言われた言葉を思い出した。
『その気になれば簡単に日本で彼女作れたタスクはいいよね。俺たちは本当に、これからだと思ってるんだけど』
あの時は自分の激情に押し流され、深い意味を理解しようとしなかった。
しかしその意味を考えようとして、ゾ……と寒気が走る。
冷静になりきれない自分が嫌になる。
だがどうしても佑は、香澄が踏みにじられた事実を許す事ができなかった。
それを受け入れ、許してしまえば自分はどうなってしまうか分からない。
何より大切にしている香澄が、当たり前にひどい目に遭う世界が訪れたなら、理性の糸が切れて今までの自分を失ってしまう気がする。
今までの佑は、友人知人の女性から乱暴されたという報告を聞いていなかった。
勿論そういう事件があるのは分かっているし、犠牲になった女性をケアする事ができたらと、毎年一定額決まった金を募金している。
アドラーもドイツでそのようなNPO法人を設立していて、そちらにも金を出していた。
だが灯台もと暗しというのか、まさか香澄がこんな目に遭うとは思っていなかった。
それも、信頼していたマティアスによって。
だから佑はひどく混乱したし、傷付いて、幼馴染みで友人と思っていた彼を許す事ができないでいた。
思いの丈を吐き切って呼吸を乱す佑を、双子が気の毒そうに見てくる。
今はその気遣うような視線もうっとうしい。
だが、当のマティアスはコーヒーを一口飲んだあと、信じられない事を口にした。
『俺はフラウ・カスミを犯してない』
「は?」
思わず日本語で声を漏らした佑は、目をまん丸にして彼を凝視する。
「ふざけるな、今さら冗談など……」と言いかけた時、マティアスがいつもと変わらないクールな表情のまま、淡々と語り出した。
『クラウスには話したが、洗面所に〝道具一式〟がある。潤滑ジェルにバスルームにあったコンディショナー、それらを混ぜる道具に、ダミーの精液をを膣内に押し入れる道具。……女の生理は分からないが、タンポンと似た原理なんだろ』
列挙された道具から、佑はマティアスが擬似精液を香澄の膣内に入れた事を察した。
ドッ……と疲れが押し寄せ、体から力が抜ける。
彼は呆けた表情のまま、ソファの背もたれに体を預けて放心した。
そんな佑をクラウスは気の毒そうに見て、アロイスは『なるほどね』と頷いていた。
気の抜けた佑の脳裏に浮かんだのは、先ほど投げつけられたアメニティのボトルだ。
軽い音をさせたあれの使い道を思い、深い溜め息が出る。
『だがフラウ・カスミを勘違いさせるために、彼女を脱がせて指を入れて濡らしたのは事実だ。そこは心から謝罪する。事後だと思わせるために、マスターベーションをして精液を彼女の腹にかけた。それも謝る』
マティアスの行いの白と黒を理解した佑は、思いきり息を吸い、深く長く吐き出していった。
香澄は犯されていなかった。
その事実に一応は安堵し、喜ぶべきなのだろう。
しかし彼女が勘違いしたままショックを受けたのは変わっていない。
香澄に種明かしをしたとしても、彼女はマティアスに肌を見せてしまった事をずっと気に病むだろう。
『レイプしていないという事は理解した。……だが、香澄が可哀相だ』
その目はまた別の意味で潤んでいる。
どうして、平和主義者でささやかな日々の幸せを大切にしている彼女が、あんな可哀想な思いをしなければいけないのか。
聞いた事のない悲鳴を上げ、我を失った彼女を思い出しただけで、可哀想で涙が出てしまう。
マティアスはもう一度『すまなかった』と謝罪したあと、佑を見つめて真実を口にした。
『今回のレイプを俺に命じたのは、エミだ』
「…………なんでだよ」
佑は日本語で呟き、理解できないと頭を振る。
脳裏に浮かんだのは、品良く微笑む幼馴染みの女性だ。
ドイツではクラウザー家と並ぶ名家のお嬢様で、彼女が激昂した姿を知らないほど、温厚で平和な世界で生きていた人だと思っていた。
『タスクは親戚の中で一人日本住まいで知らないだろうけど、俺たちがこれだけエミの側にいても、あの子を異性として見ないのはそこに理由があるんだよね』
アロイスの言葉のあと、クラウスが冷めた目をして頷く。
『あの魔女のせいで、僕らはこの歳までまともな恋愛ができてないんだから』
忌々しげな双子の声を聞いて、佑は昨晩アロイスに言われた言葉を思い出した。
『その気になれば簡単に日本で彼女作れたタスクはいいよね。俺たちは本当に、これからだと思ってるんだけど』
あの時は自分の激情に押し流され、深い意味を理解しようとしなかった。
しかしその意味を考えようとして、ゾ……と寒気が走る。
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