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第八部・イギリス捜索 編

天岩戸の奥は……

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「疲れた……」

 誰にともなく呟いた香澄は、加速した飛行機の後ろ向きのGを感じつつ、心の中で佑に別れを告げた。



**



 佑は朝の八時半になったのを確認して、エミリアの部屋のチャイムを鳴らした。

 そのあと三十分、彼は廊下で香澄とエミリアが出てくるのを待っていた。

 服は朝一でコンシェルジュに手配させ、メンズブランドのジーパンとTシャツに着替えていた。

 佑を見張っていたアロイスも一緒にいて、彼は廊下に座り込んでいる。

「まだ寝てるの?」
「……こんなにチャイムを鳴らしてもか?」

 待っているのに飽きた様子のアロイスが問い、佑は何度目になるか分からないチャイムを鳴らす。

 香澄に電話を掛けたくても、彼女のバッグは佑が持っていた。

 目の前で閉じているドアは、まるで天岩戸だ。
 何をしたら、自分の女神は出てきてくれるのかと、溜め息をついた時――。

「おはよ」

 マティアスの部屋からクラウスが顔を覗かせ、「何やってんの?」と近付いてくる。
 遅れて左頬を腫らしたマティアスが姿を現し、佑の表情が強張った。

「タスク、言っとくけどバトルはナシね」

 クラウスに牽制され、彼は思わず舌打ちをする。

 マティアスの顔を見るだけで、胸の奥がムカムカして堪らない。
 あの手で香澄に触り、肌を暴いたと想像するだけで、怒りで頭が爆発しそうになった。

『エミは?』

 マティアスに短く問われ、佑の代わりにアロイスが答えた。

『チャイムを何回も鳴らしても出てこない。籠城戦かねぇ? タスクったら三十分貼り付いてるんだよ?』

 その返事にマティアスは何かを考えるように視線を動かし、踵を返すと自分の部屋に向かった。

『マティアス?』

 すぐにクラウスが後を追い、佑とアロイスも続く。
 開いたドアをクラウスが押さえ、二人も室内に入った。

 マティアスはホテルの電話をプッシュしてフロントに連絡する。
 すぐにフロントが応答し、マティアスは英語で質問した。

『エグゼクティブスイートに泊まっていた、ミズ・メイヤーは? 一緒にチェックインした、俺の上司だ』

 その質問の返事があったタイミングに、マティアスは舌打ちをする。

『どこへ向かった?』

 会話内容を聞いただけで、佑も双子も、エミリアが香澄を連れて移動したのだと知った。

『女の団結力かよ』
『こうなると厄介だな。エミの財力なら、カスミ一人連れてどこへでも行ける』

 双子の会話を横に、佑はこの上なく張り詰めた顔で香澄を想った。

 彼女が自分から離れてどこか知らない場所に行ったと理解しただけで、膝から崩れ落ちそうになる。
 マティアスが「Thank you.」と言い、受話器を置いた。

『マティアス。二人はどこへ行った?』

 佑の問いに、彼は静かに首を振る。

『部屋に大きい荷物を残して、それは俺に任せると言ったようだ。これからコンシェルジュがキーを持ってきて、エミの部屋を開けると言った。だが彼女たちがどこに向かったかは、知らないそうだ』

「Scheise!(クソ!)」

 佑が怒鳴り、その場にしゃがみ込む。

「タスク、落ち着けって」
「落ち着いていられるか! 香澄がいなくなったんだぞ!?」

 悲痛な声を上げた佑に、――いや、火に油を注いだのはマティアスだった。

『そんなに大事なら、誰にも知られないように隠しておいたら良かっただろう』

「!!」

 カッとなり立ち上がった佑は、マティアスに重たい一発を喰らわせていた。

 今朝はいささか頭が冷えていたので、二発目、三発目とはいかない。
 その代わり、とても重たい一発を喰らわせた。

 マティアスがうめいて後ずさったあと、場の空気は最悪になる。
 誰かが重たい溜め息をついたのが聞こえた。

 そのあと、マティアスは洗面所へ向かう。
 ザーッと水音が聞こえたので、頬に当てるタオルでも冷やしているのだろう。

「タスク、気持ちは分かるけど、必要以上の暴力はダメだ」

 アロイスに肩を掴まれ諭された時、洗面所からマティアスが出てきて佑に何かを投げつけた。
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