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第八部・イギリス捜索 編

イギリスへ行く提案

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『……苦しい、です。佑さんの事は好きですが……、今は一緒にいられない……』

 グスッと洟を啜り、香澄は緩くかぶりを振る。

『じゃあ決まりね。私が所有している別荘で過ごすのはどう? マティアスは近付かせないし、安心して』
『ありがとう……ございます』

 不器用に笑ってみせると、エミリアが頬にキスをしてきた。

『私はカスミさんの味方よ。ううん。現状、私だけがカスミさんの味方だわ。男どもは信用できないったら』

 悪戯っぽく言い、エミリアが笑ってみせた。

『ねぇ、提案があるの。知り合いのツテで都内の別のホテルをすぐ手配させるわ。シャワーを浴びて汚れた体を綺麗にしたら、私の服を貸すからそちらのホテルに移りましょう。移動がてらパスポートを取って、明日の便でイギリスに行きましょう』

『イギリスへ……?』

 まだ行った事のない国の名前を聞き、香澄は涙を纏った目でエミリアを見る。

『イギリス貴族が手放したマナーハウスを買って、そこを別荘にしてあるの。連絡をすれば管理人やヘルパーが来てくれるし、私も残ったバカンスをそこで過ごすわ』

『ですが……。会ったばかりなのにそんな……』

 優しくしてくれるから甘えてしまったが、香澄とエミリアは今日が初対面だ。

『いいの。カイの婚約者なら、私の親友も同然よ』

 女神のように微笑むエミリアを見て、香澄の目からまた新たに涙が零れ落ちた。

(私……、こんないい人を疑ってた。……なんて醜いんだろう。澪さんたちが言っていたのも、きっと何かの勘違いに決まってる)

 グスグスと洟を啜る香澄に、エミリアがティッシュボックスを差し出してくる。

『今は場所を変えて少しカイから距離を取りましょう。それから誰もいない場所でのんびりリフレッシュするの。二人でロンドンで遊んだり、湖水地方でクルーズしたり、やる事はいっぱいあるわよ』

『……はい』

『なら善は急げ。まずシャワーを浴びていらっしゃい』

 トン、と背中を撫でられ、香澄はのろのろと立ち上がった。

 バスローブの下は全裸で、腹部も秘部も汚れたままだ。
 エミリアの言う通り、まずこの汚れを洗い流して、気持ちを切り替える必要がある。

『じゃあ……。バスルームお借りします』
『ええ。私は良さそうな服を見繕っておくわ』

 重たい足取りでバスルームに向かい、ギクリと体を強張らせる。
 同じ作りの部屋だったため、ジェットバスにマティアスの後ろ姿が見えた気がしたのだ。

(……シャワーボックスだけ使わせてもらおう)

 バスローブを脱いだあと、自分の体はなるべく見ないようにしてシャワーのコックを捻った。
 ザアア……とお湯に打たれ、香澄は目を閉じて全身を濡らしてゆく。

(エミリアさんといる時は、不愉快な思いをさせたらいけないから、なるべくあの事は忘れよう。何でもない振りをして、明るく振る舞うんだ)

 ゆっくり両手を体に滑らせる。
 全身がひどく汚れている気がして、ボディソープをつけた手でやたらめったらに体を擦った。

 腹部や秘部にぬめりを感じた時は顔が引きつったが、負けないぐらいボディソープを掌に出し、両手で泡立てて全身を洗う。

 不思議な事に、佑の事をうまく考えられなかった。

 まだ頭が興奮していて、自分の事しか考えられないせいだと分かっている。

 けれど彼の優しい笑顔や、愛しげな目、艶を孕んだ声音や自分を愛撫する手。
 そのような〝婚約者の男性〟の良いところ、なぜか思い出せなかった。

(きっと、佑さんも男性だから〝同じ〟と思ってしまわないようにする、自己防衛本能かもしれない)

 それはまるで、心の傷という罠に足を引っかけ、身動きが取れなくなってしまったかのようだった。





 途中でエミリアが入ってきて、「服を置いておくわ」と言った。

 満足いくまで体を綺麗にし、アメニティで肌を整えドライヤーを掛ける。

 置かれてあったのは、ブラカップがついている紫のグラデーションのワンピースだ。
 さすがに下着は部屋に戻らなければ取ってこられない。
 エミリアと下着のサイズは違うので、こういう服を出してくれて助かった。

『下に車を呼んでおいたわ。カスミさん、カイの家まで行ってすぐパスポートを取ってこられる?』
『あの……、着替えとかをバッグに詰める時間はありますか? それに退職願も書きたくて……』

『服は私が買ってあげるわ。あなたはパスポートだけ持っていらっしゃい。でも、退職届だけは書かせてあげる』
『はい』

 エミリアは貴族の令嬢だからか、その言葉に人を従わせる力がある。

 今は彼女の言う事を聞くのがとても楽で、何でもエミリアに任せてしまいたかった。
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