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第八部・イギリス捜索 編

マティアスの部屋で

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(取りに戻ろうかな)

 顔が赤くて恥ずかしいが、バーまでバッグを取りに戻る事にした。

「すっぴんは恥ずかしいけど、眉毛も目も鼻も口もついてるからよし」

 鏡の中の自分を見て言い聞かせ、一人頷く。

 服はクローゼットのハンガーに丁寧に掛けてあり、多少面倒な気持ちもあるがもう一度着直す。
 ストッキングは面倒だったので、素足にパンプスを履いた。

 カードキーを確認し、バッグを手にして廊下に出た時――。

「ん……? え?」

 見慣れた人が少し離れた廊下の壁にもたれ掛かっていると思えば、マティアスだ。

『マティアスさん? どうかされましたか?』

 声を掛けると、彼は相変わらず何を考えているのか分からない表情でこちらを見た。
 ちょいちょい、と手招きをされ、香澄は何も考えず彼に近付く。

『少し話したかった』

『え? 何をです? 何かお話があるんだったら、レストランででもバーででも、会話を振ってくだされば……』

『……見て分かるだろうけど、俺は饒舌じゃない。あいつらのペースで会話が進んでいて、あんたに話し掛ける余裕がなかった』

『あぁ……まぁ』

 香澄は「はは」と苦笑いした。
 確かに双子とマティアスなら、性格も何もかも対局にある。

『日本を訪れるのは二度目だが、ちょっと興味が湧いたから色々聞きたかったんだ』
『そうなんですね』

 彼が日本に興味を持ったと思うと、急に嬉しくなってマティアスへの好感も上がる。

『カイが戻る時間には部屋に帰すから、少し部屋で一緒に話さないか?』
『あー……え……と』

 マティアスから女性好きの気配は感じられない。

 多分、本当に日本の事について知りたいのだろう。

 だが曲がりなりにも男性の部屋に一人でノコノコ……というのは、少し気が引ける。
 あとで佑に知られたら〝お仕置き〟されてしまいそうな気がする。

 それを察したのか、マティアスが提案してきた。

『警戒してるなら、ドアにストッパーをかけて開けておこう』

 そう言ってマティアスは自室の部屋のドアを大きく開き、床にある突起に金具を引っかける。

『ちなみに、携帯用もある』
『携帯用!? ドアストッパーの?』

 思わず声を上げて興味を示すと、彼は荷物の中から小さな三角形の物を取りだした。

『仕事で海外出張をする時の、犯罪予防だ。大抵は彼女の希望で高級なホテルに泊まるが、国によっては治安がいいと限らない国もある。日本の治安の良さは異常だ』

『は、はい』

『だから旅先では、ドアを閉じた状態で内側からドアストッパーを差しこんでる時もある。ホテルに強盗などが入った時、ドアチェーンはほぼ役に立たない。テロなんてぶっ放されたら終わりだが、向こうは早い内に犯罪行為をしたいから、ドアが開かなかったらすぐ次に行く。その間にこっちは体勢を整えられる』

『なるほど……! 考えた事もありませんでした』

 まったく知らなかった知識に、香澄はいたく感動して何度も頷いた。

『……という事で、安心したなら少し会話に付き合ってくれるか?』

 香澄の警戒心はかなり薄れ、知らなかった事を教えてもらえた興奮もあり素直に頷く。

『はい。逆に気を遣わせてしまってすみません』
『いや、構わない。普通の反応だろ』

 マティアスの部屋もエグゼクティブスイートで、同じ造りだ。

『あの、エミリアさんとは……別の部屋……ですよね?』
『ああ。生まれた時から一緒でも、男と女だからな。その前に、あいつは俺を〝異性〟扱いしていない』

 マティアスは香澄にソファに座るよう手で示し、『飲めるか?』と赤ワインのボトルを示す。

『少しなら』
『よし』

 さっきは佑が一緒だったのと、甘いカクテルが美味しかったのとで調子に乗って飲んでしまった。
 だがここでは一、二杯でやめておこうと思っていた。

 ワイングラスの中に赤ワインが注がれ、マティアスが「Prost(乾杯)」とグラスを掲げて見つめてくる。

『か、乾杯』

 香澄も小さくグラスを掲げ、クイッとワインを飲んだ。

『……ちょっとセクシャルな話になるんだが』

 マティアスが慎重に切り出し、「セクシャル」という単語に香澄は少し緊張する。
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